遭遇(エンカウント)


 僕はリルの小さな手を引きながら、洞内の通路をひたすら奥へ進んだ。


 ひとくちに獣人族といっても、多種多様な種族が存在する。

 魔族の側につく種族もあれば、人族に与する獣人族も存在する。

 中立を保つ者達や、双方の間で上手く立ち回ろうとする種族も。


 兎人族は、かつて人族に味方した過去がある。

 そのせいで、魔族の中には未だ兎人達に対して不信感を抱く者も少なくない。

 遠い昔の話だし、そもそもリルは生粋の兎人族ではない。長い耳と薄い朱色の瞳を除けは、兎人の要素は希薄である。


 けど、種族間の過去のしがらみが、子供たちの関係にも影を落としてしまう場合がある。


 洞窟のかなり深い領域までやって来ると、地図にも載っていないような細い道が縦横無数に存在していた。

 魔石灯の設置数も疎らで、辛うじて足元が確認できる程度の明るさしかない。

 もはや、自分達が何処にいるのかも曖昧になってくる。


 勘を頼りに進むしかない。

 どうか勇者達に遭遇しません様にと祈りながら。


 唐突に広大な空間に出た。

 先程まで僕らがいた、避難壕よりもずっと広い。

 その上、地面の半分以上は水面で占められていた。


 地底湖だ。

 大きな帆船が停泊出来そうなくらい広く、湖面は清らかなブルーに染まっていた。


「お水がいっぱいなの」


 リルは目を輝かせ、湖に近寄り水面を覗き込む。


「おさかな、いるかな」


 ただ、僕らにはこの明媚な風景を堪能している余裕などなかった。


 空洞内には他へ続く通路は見当たらず、この場所は完全に行き止まりである。

 勇者達に追い詰められたら逃げ場がない。


「引き返そう、リル」


 振り向いたリルは素直に頷き、こちらへ戻って来る。

 再び彼女の手を取り、来た道を引き返した。


 十数メートル進んだ所でリルが立ち止まった。


「誰かくるの」


 リルの長い両耳が、反応を示す様にぴくぴくと動いている。

 僕には何も聞こえてはこない。

 兎人の血を引くリルは、僕よりもずっと鋭敏な耳の持ち主なのだ。


「他の子たちかな?」


 僕の問いに、リルは耳を折って俯く。


「……たくさんなの」


 だとすれば、他の子供達ではない可能性が高い。


「こっちへくるのッ」


 僕はリルの手を強く握りしめ、地底湖へと引き返す。


 程なく、僕の耳にも通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。

 リルの言う通り数か多い。最低でも五人……いや、それ以上いる。


 暗闇の中からまず姿を見せたのは、若い女だった。……人族?

 身体の線が露な、黒ずくめの衣類で全身を覆っている。髪は濃い青色のショートカット。


 低い姿勢を保ちつつ音もなく動き、僕らを一瞥だけすると洞内に素早く視線を走らせた。

 僕は、生まれてはじめて人族を目にした。


 女が合図を送る様に、掌で地面を数回叩く。


 次いで通路の暗がりの中から現れたのは、重厚そうな金属の鎧兜に見を包んだやはり人族の男だ。熊の様な巨躯の持ち主である。

 身にまとう鎧はもはや傷だらけで、腕や顔にも負傷の痕が夥しい。


 そのすぐ後ろから、今度は軽鎧姿のスマートな体型の黒髪の青年が姿を現す。

 背中に、当人の身長程はありそうなロングソードを背負っていた。


 さらに続々と、様々な風貌の男女がゾロゾロと入って来る。

 全部で、七名。

 勇者パーティーの人数と重なる。


 湖面を背にした僕には、為す術もなかった。


「こ、こわいよ。ルードぉ」


 リルは今にも泣きそうな声を発する。

 僕は握っている手に、ぎゅっと力を込めた。


「二匹だけか。まだガキじゃねえか」


 重装備の巨躯の男が、僕らを見下ろして眉根を寄せた。


 人族は僕ら魔族と共通の言語を用いる。

 なので、彼らの会話の内容が理解出来てしまう。それが幸か、不幸なのかは判断しかねるが。


「侮るな。子供でも、魔族だ」


 忠告する様な口ぶりで言うのは、白銀色の鎧に身体を包み槍を携えた銀髪の男である。


「どうするの? リオン」


 濃紺のローブを纏う赤い髪の若い女が、黒髪の青年に問い掛けた。


 ……リオン。

 僕は、その名前を知っている。


 リオンと呼ばれた黒髪の青年は、僕達の方へ一歩踏み出して来る。


「子供でもボクらの敵だ。それにEXエキスは多めなんだろう?」


 その問いに、白銀色の鎧の男が応じる。


「ああ、それは大人と変わらない。魔族を倒せば押し並べて高いEXエキスが獲得できる」


 彼らが一体何を話しているのか、僕にはさっぱり理解出来なかった。


 リオンは眉一つ動かさずに、背中からロングソードを抜く。

 無駄のない流れる様な所作。思わず、見惚れそうになるくらいだ。

 リオンはその巨大な剣を、片手で軽々と振ってみせた。

 空気が悲鳴を上げる。


 僕の無邪気な願望が叶えられてしまったらしい。


 今、目の前にいる彼が、勇者だ。


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