勇者北上中、避難開始


 村長さんに先導され、僕ら村の子供たちは草原の細い道を歩き続けていた。

 総勢、約三十名。


「ルード、もう魔法はおぼえたのか?」


 先頭付近を歩いていた僕は、村長さんからそう問われる。


「ううん、まだ」


 僕らノワ族は、九歳ともなれば魔法の一つや二つが使える様になっても良いはずだった。

 魔術の基礎こそ習得したものの、僕はまだ何の魔法も会得できていない。

 ちなみに、村長さんもノワ族だ。


「僕、才能ないのかな」

「大器晩成というやつじゃ」


 僕の憂いを村長さんは笑い飛ばす。


 どんな魔法が獲得出来るかは、血筋や生育環境、本人の資質により左右されるときく。

 ただ村長さんいわく、一番重要な要素はもっと別であるという。


「念、じゃよ」

「ねん?」

「こんな魔法が必要だと、強く心に想い続ける事が肝要なんじゃ」


 正直、僕にはピンと来ない。

 使ってみたい魔法ならば色々とある。

 けれど、そこまで強く特定の魔法を欲した事が僕にはない様な気がする。

 僕が未だに魔法を会得出来ずにいるのは、そのせいなのかなあ……。


 途中、幾度かの休憩を挟みつつ、半日程を費やして僕らは森の奥にある洞窟へたどり着いた。


 魔獣もほとんど棲息しておらず、価値ある素材が入手できる訳でもない。まさしく無用な洞窟。

 勇者たちが態々訪れるはずのない場所だ。


 村長さんだけは、ひとり村へと引き返した。

 老齢とはいえ、彼もまた魔族の戦士として村を護る使命を帯びている。


 子供たちだけで、洞窟内へ踏み入った。


 先頭を進む役目は自然とブラウに託された。

 褐色の肌と白い髪、ぴんと長く尖った耳を持つ彼はダークエルフの末裔である。

 僕らの中では最も年長者で、賢くていつも冷静な彼を皆が頼りにしていた。


 入り組んでいる通路を、僕らは地図を確認しながら慎重に奥へと進んだ。

 天井に等間隔で設置された魔導灯が、通路を淡く照らしてくれていた。


 三十分ほどかけて、僕らは広々とした空間へたどり着く。今いる全員が、悠々と寝転がれるくらいの広さがあった。

 避難壕シェルターだ。

 数年前にも一度、僕はここへ来た事がある。その時はあくまで避難訓練の一環としてだけど。

 まさか、本当にこの場所へ避難しなければならない日が来るとは思ってもみなかった。


 壕の片隅には木箱がいくつか積まれており、中には毛布や寝袋シュラフなどの生活必需品が収められている。

 箱の一つは魔導収納庫マジックボックスであり、数日分の飲料水や食料が保管されていた。


 もう、皆お腹がペコペコのようだ。


 各自が、それぞれ好きな食べ物を収納庫から取り出して食べ始める。

 僕はノワ族の伝統料理である、「カリーご飯」を選んだ。


「なんだか、えんそくみたいなの」


 無邪気な感想を口にしたのは、リルだ。

 薄いピンク色の髪から伸びた二本の長い耳をぴょこぴょこ動かしながら、サラダのキャーロットに齧り付いている。


 彼女とは家が隣同士で、リルが赤ん坊の頃から知っているから、僕にとっては妹みたいなものだ。


 リルと同じく幼い子供たちは、まだ事態の深刻さを理解していないのか、どこか楽しそうにすら見える。

 一方である程度上の年齢の子供たちは、表情が暗く口数も少なかった。あまり箸が進んでいない子もいる。


 食後は、移動の疲れもあったのか大半がすぐに寝てしまった。

 お皿を手にしたまま寝落ちしている子も。


 僕も寝袋シュラフにくるまったてみが、どうも寝付けず一度外へ這い出た。

 他の子たちは、もう全員夢の中のようだ。する事もない。

 洞窟の探索でもしてみようかなあ……。


「ねられないの?」


 小声で問いかけてきたのは、リルだった。


 僕とリルは、隅っこに並んで腰を下ろして小さな声で話し始めた。


「ゆうしゃ、早くおうちに帰ってくれないかな」


 リルはそんな事を口にする。

 普通ならば、『早く討伐されてほしい』と願う所だろう。

 いかにも、リルらしいなと僕は思った。


 突然、寝ていた子の一人が飛び起きた。

 キポである。

 灰色の肌に、毛髪のない頭。頭頂部から伸びる一本の長い角が特徴的なネトワ族の少年だ。

 彼らは戦闘能力は高くないが、探査や通信の魔法に秀でている。


 キポは顔を思い切り強張らせながら言う。


「だ、誰かがここへ来る」


 キポは子供ながら、既に【索敵】の魔法が使える。

 正体不明の侵入者は複数おり、こちらへ向かって来ているという。


 僕らは三人で手分けして、急いで寝ている子たちを起こして周り、事情を説明した。


「すごく、強いと思う。それに……魔族じゃない」


 キポの【索敵】の魔法は、まだそれ程精度が高いとは言えない。けど、侵入者についてその二点だけは断言できるという。


 恐らく、皆が同じ想像をしていただろう。

 魔族ではなく、強い力の持ち主達……。

 けど、なぜ?

 ここへは来るはずがないのに。


「どんどん、近づいてきてるよッ!」


 僕達は、急いで荷物をまとめてその場から移動を始めた。


 複雑に入り組んだ洞窟内を、とにかく奥へと進んだ。

 だいぶ深い所までやって来た時点で、キポが再び【索敵】を試みる。


「駄目だよ。向こうも奥へ入って来ているッ!」


 恐らく侵入者達も、索敵系の魔法を所有している可能性が高い。たぶん、キポのそれよりも性能の優れた。

 僕達の位置を正確に把握した上で、あえて接近してきていると考えられた。


「みんな、バラバラに行動しよう」


 ブラウがそう提案する。


 もし侵入者が勇者一行であるならば、僕ら全員が束になり戦った所で到底敵うはずもない。

 彼の意見に従った方が、賢明だろう。


 子供たちは仲の良い者同士で、自然と三、四人ずつのグループを形成していく。


 その中にあって、一人だけぽつんと取り残されている子がいた。リルである。

 隅の方で、長い耳を垂れ下げしょんぼり俯いている彼女に、僕は近寄り声を掛けた。


「リル、僕と一緒に行こう」

「うんッ」


 こちらを見上げ、リルは嬉しそうに微笑んだ。


「みんな、外で必ず全員無事に再会しよう」


 ブラウが、力強く皆へ向けて言い放つ。僕らは一斉に頷いた。

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