勇者はレベル1のうちに殴れ
鈴木土日
勇者上陸
勇者が、上陸した。
僕が九つの頃である。
それまでも、勇者が僕らの島へ接近しているという噂や報道は幾度か耳にした事はある。
けど、実際の「勇者上陸」は僕にとって生まれて初めての経験だった。
勿論、怖かった。
色々な意味でそわそわさせられた。
それまで、本などでしか知る機会のなかった勇者が、この島へやってくる。
……見てみたい。
子供心にそんな風にも思った。
大人たちから不謹慎だと叱られるだろうから、けして口にはしなかったけれど。
僕の両親は第一報に接した時点では、まだそれ程の強い危機感は抱いていない様子だった。
「きっと、すぐに討伐されるわよ」
夕食の席で、ママはそう言って余裕すら見せていた。
「フリーダも戦うのかな?」
僕がそう問いかけると、ママは不安そうに眉を顰めた。
「そうなるかもしれないわねえ……」
「心配しなくて大丈夫だよ。フリーダはすっごく強いんだから」
きっと、勇者なんて容易に退治してくれる。
ただ僕の期待とは裏腹に、数日が経っても勇者討伐の吉報がもたらされる事はなかった。
『勇者パーティー、依然北上止めず』
新聞の一面にはそんな大見出しが踊った。
記載されたこの島の地図上に、勇者達の上陸地点や、予測される今後の進撃ルートが解説付きで図示されていた。
「このままだと、うちの村へ来るかもしれんね」
近所の人々の口からも、そんな不安が聞こえてくるようになった。
さらに数日が経過すると、勇者らについて判明した情報も伝えられた。
勇者リオン
パーティー人数︰七名(勇者、
推定平均レベル︰65
脅威度:黄
「強いの?」
僕の質問に、居間で新聞を読んでいたパパは神妙そうな顔で答えた。
「非常に危険だ」
脅威度『黄』は、上から三番目に該当する。
前回、十数年前に島へ上陸した勇者パーティーのレベルは50代後半で、脅威度も『黃』より一つ下の『緑』だったらしい。
それでも、勇者達は島内各地にかなりの被害の爪痕を残していった。
今回の勇者の危険性は、それをさらに上回る。
現段階で、魔王陛下にまで危害が及ぶ可能性は極めて低いとだろうとパパは言った。
けど、彼らがこの島でさらに強くなるかもしれないという懸念も示した。魔獣や、僕ら魔族の命を犠牲とする事で。
フリーダの身を案じずにはいられなかった。
僕より四つ歳上の彼女は、魔王軍に今年入隊したばかりだ。
それなのに、いきなり勇者達と相対させられるかもしれないなんて……。
勇者パーティーの進撃は、その後も留まる事はなかった。
様々な噂も飛び交い始めた。
どうやら魔王軍の第一陣は敗走したらしいぞ。
益々、フリーダの事が心配になる。
けど、もはや他人の心配をしている余裕すらなくなってきていた。
「そろそろ、子供たちに避難の準備を始めさせた方がいい」
ある夜、うちにやってきた村長さんがママにそう告げるのを耳にした時は、そこはかとなく抱いていた恐怖心がリアルなそれに変質した。
勇者がすぐそばまでやって来ている。
それを、強く実感せずにはいられなかった。
この目で勇者を見てみたいなどという無邪気な願望は、僕の中からとっくに霧消していた。
その後も、事態の好転を伝える報に接する機会はついぞなく、僕ら村の子供たちは避難を余儀なくされた。
着替えの衣類など、最低限の私物だけをリュックサックに詰め込んだ。
大人たちは、残って勇者たちから村を守るために戦わなければならない。
勿論、僕のパパとママも。
魔族にとってそれは当然の義務なのだ。
「ルード、身体に気をつけるのよ」
村を発つ朝、パパとママはいつも通りの態度で僕を送り出してくれた。
ふたりが無理をしている事くらいは、子供の僕にもわかった。
笑顔はどこかぎこちなく、仕草や話しぶりにも違和感を禁じえない。
僕は自宅から十メートルくらい歩いた所で、一度立ち止まり、ふたりを振り返ろうとした。
けど、今パパとママの姿を目にしたら、泣いてしまうかもしれないと思った。
だから僕は振り向かずに、みんなが集合する村の入口へ向けて走った。
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