6
数日後。
物資集積所の警備任務は終わり再び前線に復帰しろとの指示が出る。どうやら前線線で大規模攻勢を仕掛けるようでその人員補充のため私たちも参加させられるようだ。早朝ヨハンとアルシェはお互いに無言でレーションを食べる。
「……」
「アルシェ、そんな暗い顔をしなくても大丈夫だぜ」
アルシェが押し黙っているのを見たヨハンはこの場を少しでも明るくするべく話しかけてくれる。
「大丈夫って、死ぬかもしれないんですよ⁈そんな明るい気持ちでいられるわけ……」
「……なぁアルシェ」
そんな弱音を吐いていたアルシェにいつになく真剣な口調で話しかけてくるヨハン。思わずアルシェは下げていた顔を上げる。上げた頭にヨハンは手を被せ撫でてくる。
一瞬アルシェはビクッとしたがそれも一瞬だけである。その手がヨハンの手だと分かると拒むことなく受け入れる。むしろ少し自身の頭を少し押し付けていた。
「安心しろ。俺たちは運のいい。先の突撃でも生き残れた。今回も生き残れるさ」
「……あ」
そういうとヨハンは撫でていた手をアルシェの頭から離す。
アルシェは少し名残惜しげに声を上げたがすぐに冷静になる。
なぜ自分が名残惜しいと感じたのか疑問に思うアルシェ。
その疑問が晴れることなく突撃のために他の兵士たちと共に塹壕に整列する。
合図を待っている間アルシェが少し怯えているとヨハンが声をかけてくる。
やはりヨハンはすごいです。
私が緊張しているのを分かってくれます。
そして安心させてくれます。
「お、そろそろ始まるな。それじゃあお互い生き残ろうぜ!」
「……はい。この地獄から共に……」
そんな会話をしたのを覚えています。
だというのになんで……。
今日も祖国は優勢であった。
圧倒的な砲撃により敵はまともな反撃を取れずにあっさりと塹壕内へと敵の侵入を許してしまう。
アルシェとヨハンも他の兵士たちに続き塹壕内部へと滑り込む。全てが順調に思えた。勝利は目前。だからこそアルシェは油断した。
「サルディーナ共和国万歳!」
爆薬を両手に持った男がいきなり現れたかと思うと鈍い音と共に爆風が体に押し寄せる。まるで砲撃の至近弾を喰らったような衝撃に視界が揺らぐ。
一体何が起こったんですか?
右腕が痛いです。
あたりは地獄であった。爆心地にいた兵士数めいは文字通り吹き飛び少し離れたアルシェたちにも塹壕内の木片が飛び散り体の節々に刺さっている。
アルシェは自身の右腕に突き刺さった木片を引き抜き応急手当てを済ませる。
「はぁ……はぁ……。ヨハンは……?」
ヨハンを探すとすぐ近くにヨハンが倒れ込んでいるのを発見する。
「ヨハン! ヨハン、大丈夫?」
ヨハンが倒れているのを見るやいなや自身の怪我など忘れヨハンの元へと駆けつける。
「ア、ルシェ……」
ヨハンの容態を確認したアルシェだが思わず顔を顰めてしまう。腹に大きめの木片が数本突き刺さっており、何より出血が酷い。傷口を抑えても血が溢れてくる。
「喋らないでください! 今手当をしますから!」
「ぁ……あぁ……」
「ヨハン! 気を強く持ってください! だめ、目を閉じないでください!」
しかしヨハンの目からはだんだんと生気が失われているのが分かる。
「――ッ!」
認めたくなかった。昨日まで笑い合っていたというのになぜこんなことになっているのか、と。
ヨハンが死ぬ。
そう考えただけで目の前が真っ暗になる。ヨハンとは学生時代からの友人だ。一緒にいる日々はとても楽しかったしこの地獄の戦場での唯一の安らぎだった。きっとこの関係は一生続くのだろうと思っていた。信じて疑わなかった。
だがそんな甘い妄想はあっさりと運命によって裏切られる。
「なんで……なんで。どうして!」
その時ヨハンが応急手当てをしていた私の腕を掴み私の目を見たかと思うと一言
「————。」
それだけ言うとヨハンは脱力し二度とその口を開くことは無くなってしまった。
「え、うそ。うそです。」
しかしいくら揺さぶっても何をしてもヨハンは何も言ってくれない。
何も話してくれない。
あの優しい笑顔を浮かべてくれない。
『愛している』
それだけ言いヨハンは死んだ。
いやです。いやです。そんな……。
私も気持ちを伝えたいです。
伝えたかったのに。
しかしヨハンは死んだ。
アルシェは嫌でもそんな現実を突きつけられる。
その時あちこちから叫び声が聞こえる。
「停戦だー! 両者武器を降ろせ! 停戦命令だ!」
停戦?
戦争は終わってしまったんですか?
なぜ今?
もう少し早く終わっていればヨハンは。
「なんで、なんで今なんですかッ! どうしてッ!」
思わずアルシェは叫んでしまう。
色々な感情が入り混じり自分はヨハンが死んだことに悲しめば良いのか、殺した敵に怒れば良いのか、戦争が一時的に終わったことに喜べば良いのか分からなくなっていた。
「一体何のための戦争だったんですか……。」
もはや何をすれば良いのか分からなくなったアルシェにこれ以上考える気力も湧かず、ただ呆然と黒い大地を見つめるのだった。
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