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「おはようございます」
「おう、おはよう。ほらよ、今日の分だ」
そう言いながらヨハンは手に持っているレーションをアルシェに投げ渡す。
アルシェは顔を顰めながら受け取る。
「私、これ嫌いなんですよね」
「俺も嫌いだよ。だがこれ以外食うもんないからな。食わなきゃ死ぬ」
そう言いながら自身の分を口に運び飲み込むヨハン。
「はぁ、それくらい分かっていますよ。ただの愚痴です。と言うよりもう少し丁寧に食べてください」
「いや、なんか朝から当たり強くね?もしかして月経生」
とてつもなく失礼なことを口走ろうとしたヨハンの顔面に拳を入れた後アルシェは自身の分のレーションをはむっと食べる。
やはり美味しくないです。
硬くネバネバしていながらパサついており、味は化学物質!というような味に仕上がっています。
これにはなんでも食べるバクテリアたちもびっくりの食べ物ですね。
「いてて……いきなり殴るとかゴリラかよ」
「はぁ、若き乙女である私に向かってゴリラですか。いい度胸してますね」
「ま、待て! 悪かった! 悪かったから!」
アルシェが立ち上がる素振りを見せると必死になって謝り始めるヨハン。
はぁ……。
昨晩までのヨハンは一体どこにいったんですか……。
リリカの件から一週間。アルシェは前ほどではないにしろ夜になるとどうしても戦場のことを思い出し、発作のような症状が出る。
その度にヨハンに頭を撫でてもらい落ち着かせているんです。
その時のヨハンはとても頼もしいヨハンなのですが朝になると少し頼りなく見えてしまいます。
本当に残念でなりません。
「まぁいいです。さて今日も塹壕整備でしょうか?」
「それが後方に移動だとよ。補給物資の移送の警備だとさ」
それは楽で良いですね。
立っているだけで終わるんです。
突撃してミンチになるよりは何百倍もマシでしょう。
食事とはいえないものを終わらせた後、アルシェたちは後方の物資集積所へと赴く。この後方には物資集積所の他に簡易的に作られた野戦病院が設置されている。なので衛生兵が走っていたり、至る所で死体を埋めている兵士たちが見受けられる。呻き声が辺りに響いているため、さながらここは地獄のように感じることだろう。
警備小隊と合流した後、交代でこの物資集積所を警備することに。物資集積所はすぐ近くに列車が通っているためそこそこ賑わってはいる。ただ賑わっている兵士たちの顔に笑顔はなく皆、死んだような顔つきで物資を搬入していた。
私たちの役目はここでコソ泥を働く人間を捕縛すること。
そしてもし万が一敵が侵入している場合敵を排除することになります。
ここまで人が多いと、どれも怪しく見えてしまうのは私だけでしょうか?
警備の交代時間となり私とヨハネスは簡易テントで夜を過ごします。
あと4時間後に交代なので早めに寝なければなりません。
はぁ。
私が寝ようとしている今でもきっと前線のどこかでは、命がいくつも消えているのでしょうね。
いつまでこの戦争が続くのでしょうか。
内地では後もう少しで敵は降伏する! 祖国の勝利は目前だ! などというプロパガンダが流され半年以上経ちます。
明らかにおかしいと普通の人間ならば気がつくはずなのですが、私を含めた内地の人間はそれに気がつくことはありませんでした。
いや、気がつきたくなかったのかもしれません。
そして前線に到着して現実を知らされました。
ここは本当に地獄です。
みんな死に物狂いで人を殺してものを壊して勝利を叫びながら死んでいきます。
初めはそれをこなす周りの兵士たちが恐ろしく見えたましたが今となっては、それを受け入れていしまっている私がいます。
きっとこの狂気が渦巻く戦場に慣れてしまったのでしょう。
私自身が少しずつ狂っていくのが分かります。
砲撃の音。
叫び声。
雄叫び。
怒声。
悲鳴。
銃撃音。
衛生兵を呼ぶ声。
息絶える音。
肉が弾け飛ぶ音。
次第に弱くなっていく心音。
それが当たり前。
必ずどこかしらで毎日聞く音。
こんな生活を送っていて狂わない方がおかしいです。
狂わずにいられないんです。
狂わず正気でいたら、きっと私は耐えられないでしょう。
ただ心配なのが戦争が終わった時私は一体どうなってしまうんでしょうか?
内地に戻り本当に通常の生活に戻れるのでしょうか?
リリカさんを、敵兵を、仲間を殺しておいて戦後の平和を過ごして良いのでしょうか?
途端に胸が苦しくなり自分自身が汚物のように思えてきます。
私が、こんな両手が心が血で汚れた私が今生きていて良いのでしょうか?
仲間を見捨てて仲間を殺して敵を殺して。
敵にも仲間にもリリカさんにも家族はいます。
きっと内地では娘だったり母親だったり妹だったりが家で帰りを今か今かと待っているでしょう。
それを私は殺してしまったのです。
私が殺してしまっのです。
私のせいで……。
生きることが許されるのでしょうか?
アルシェは自身の短剣を荷物の中から探し出し自身の喉をつこうとし——
——その刃は止められる。
「アルシェ、お前、また発作か?」
「ッ! ……ヨハン。止めないでください。私は死ななくてはいけないんです。死なせてください。お願いです」
「やめろ。死にたいだなんて言うな」
「けどッ! 私は死ななければッ!」
そこまで言いかけた私をヨハンは抱きしめる。
「落ち着け。落ち着け。大丈夫だ。大丈夫」
ヨハンがゆっくりと優しく髪を撫でてくれるます。
その手はとても大きく暖かくアルシェは少し落ち着きを取り戻す。
「ヨハン……私は……」
「大丈夫だ。お前は悪くない。お前が背負うべきことは何もない。俺がその全てを背負いお前を赦す。だからもう寝ろ」
赦す。
そう言われた途端私の心は軽くなりじんわりと心が温まっていきます。
あぁ……私は赦されるんですね。
私は生きてて良いんですね。
よかった……。
しばらくするとアルシェは寝息を立て始める。
そんなアルシェを横にしつつヨハンも横になるのだった。
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