次の日からは比較的平穏であった。やらされる仕事としては主に敵から奪った塹壕の整備や物資の搬入である。

 あれから一週間経った今日も、アルシェは内地から届いた物資の搬入作業に従事していた。

 その時アルシェはふと隣に人が立っているのに気がつく。

「……こんにちはリリカさん」


 どうやら今日も私のところに来たらしいです。

 リリカさんの表情はよく見えないが雰囲気で恨めしそうな顔で私のことを見ているのは分かります。


「私のせいで死んだんですもんね。申し訳ないとは思っています」


 リリカさんはさらに雰囲気を険しました。


「リリカさんは私に何を望んであるのですか?この会話は何度目ですか?もういい加減消えてください」


 それでもリリカさんは消えてくれません。

 リリカさんはここ最近ずっと私の元にやってきます。

 夜でも昼でも朝でもやってきます。

 私が1人になると必ずやってきます。


「なんですかッ! 私はあの時どうすれば良かったんですかッ!」


 ついつい叫んでしまいました。けど仕方がないんです。

 相変わらず雰囲気の変わらないリリカさんに私は体を向けました。


「私のせいと言われても無理なんですッ! 私が悪い訳ではないッ! 私が……」


 私は次第に声を小さくしていきます。わかっているんです。誰が悪いのかを。


「私が悪かったんです……私が転けなければ……ごめんないさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「おい! アルシェ、どうした!」


 声のする方を向くとそこにはヨハンがいました。


「怒鳴り声が聞こえたと思ってきてみれば……何に謝ってたんだ?」

「リリカさんです。私のせいでリリカさんは死にました。だから……」

「アルシェ、それは違う。お前のせいでリリカは死んだ訳ではない!」

「いいえ、私のせいです。現にリリカさんは毎日毎日毎日毎日毎日毎日私を見てくるんです」

「……リリカは死んだ。それは誰のせいでもない。ただ戦場で戦って死んだんだ」

「違います! リリカさんは私のせいでッ」


 その瞬間、ヨハンが私を抱きしめてくれました。

 必死に私はもがきましたが強く抱きしめるヨハンの手を振り払うことはできませんでした。


「いいんだ。お前は優しい。優しすぎるが故にその全てを背負おうとしている」

「ッ!」

「お前はお前の出来ることをやった。だがリリカは死んだ。これは誰のせいでもない。お前が背負う必要はない」

「しかし……」

「それなら俺も同罪だ。俺は学友が目の前で何人も死んでいった。だが俺は彼らを救うことができなかった。リリカの件だってもし俺がその場にいたら敵はリリカではなく俺を狙いリリカは助かったかもしれねえ」

「それはッ」

「あぁ。それは違う。だからよ。お前もリリカを許してやれ。笑顔でリリカを見送ってやれよ」


 そう言われて気がつきます。

 今まで雰囲気でしか分からなかったリリカの顔は今でははっきりと見えます。

 その顔は泣いていました。


「リリカ、ごめんなさい。気がついてあげれませんでした。……今までありがとう」


 そう言うとリリカは目から涙をこぼしながら笑顔になり消えていきました。

 消える瞬間リリカは何かを呟いたようにも見えます。

 声は聞こえませんでしたが私には何を伝えたのかなんとなく分かりました。


「”じゃあね”……と言われました。」

「そうか。良かったな。」


 そう言いながらヨハンは私の金色の髪をゆっくりと撫でてくれます。

 ゆっくりとゆっくりと。

 とっても暖かいです。

 この戦場に来て初めて感じた暖かさ……。

 撫でられるとすごく安心します。

 ヨハンが強く抱きしめてくれて少し凍えていた体はじんわりと暖かくなってきたような気がします。


「あと少しだけ。あと少しだけこのままでいさせてください……」

「あぁ……」


ヨハンたちはしばらくそのままお互いの体を預けあったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る