次の日。

 アルシェ達は筋肉痛に悩まされながらも起床する。点呼も終わり、決しておいしいとは言い難いレーションを無理矢理胃に流し込む。そして昨日のように塹壕の整備をしようとしたら上官に止められる。

 どうやら今日の仕事は違うらしい。何をさせられるのかと思ったらアルシェ達はここに並べと言われる。並んでいると続々と他の兵士たちも塹壕内に並び始める。塹壕内では私たちのような急募で徴兵された新兵たちが多く見受けられる。後方の味方陣地から砲撃が始まり砲声がなるたびに身をすくめてしまう。

「着剣!」

 士官服を着た上官がそう指示を出す。戸惑っているとまた殴られるので戸惑いながらも短剣を銃につける。

「これより我々は敵の塹壕に向けて突撃を敢行する。敵に撃ち殺されたくなかったら止まるな。進み続けろ!」

 そう上官が言う。


 え、突撃ってどう言うことですか?


 理解する前に笛の音がする。突撃の合図だ。兵士たちは雄叫びを上げながら梯子を登っていく。アルシェの視界の端で突撃するのを拒んでいた兵が上官によって射殺されているのが映る。


 早く上らなくては自分もあんなふうに射殺されるのでしょうか?

 嫌です、死にたくないです。死にたくなんてないです。


 必死の思いでアルシェは塹壕から地上に這い出る。硝煙と血霧、土煙で視界は悪く前方もぼやけている。しかしそれでも進まなければならない。止まっていては射殺されてしまうだろう。

 震える足に力を入れ、アルシェは兵士たちと共に走る。重い銃を両手にしっかりと握り締めながら走る。

 隣で走っていた兵士が機関銃によって吹き飛んだがその時のアルシェリカの視界は非常に狭く脳内ではドーパミンによって興奮状態にあるためその足は止まらなかった。

 敵の陣地まであと200メートル。そんな時アルシェの隣に砲弾が着弾し、アルシェは横に弾き飛ばされる。視界は揺らぎ耳鳴りによって自身が今どのような状態となっているのか分からない。

「アルシェ! アルシェ、大丈夫? 立てる?」

 そんなアルシェに手を差し伸べるリリカ。彼女はヨハンと同じくアルシェの学友の1人である。さらに今回徴兵された学友の中で女性は、アルシェとリリカだけなのでリリカがまだ生きていたことに安堵する。アルシェはリリカが差し伸べた手をなんとかつかむ。

「リリカさん、ありがとうございます」

「別にいいのよ。学友のなk——」

「へ?」

 アルシェの手を引っ張っていたリリカの頭が吹き飛び、リリカさんの体がアルシェに倒れ込む。何が起こったのか理解ができないという表情でアルシェはリリカの動かなくなった体を抱き止めながら地面に座り込む。


 え、何が起こったのですか?

 私が倒れてて、リリカが座って?

 いや立ってた?

 それでリリカさんが眠くなって?

 え、いや違う?


 アルシェの頭は意味のないことをひたすら考えていた。周りを見ると1人また1人と兵士が死んでいっているのが分かる。

「衛生兵! 衛生兵はいない」

「ヒィ、くそ、クソがぁぁ」

「助けて、いてぇよ……いてぇよ……」

「あ、足がぁ……俺の足がぁ……」

 周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 あるものは自身の足を探し、あるものは腹からはみ出ている腑の一部を必死に押さえ助けを呼んでいる。

 その光景を見ていくうちにアルシェは少しずつ冷静さを取り戻していく。


 リリカさんは死んだんです。

 私を手助けするために。


 今はとにかく敵の塹壕を制圧しなくては。アルシェは抱えていたリリカの体を地面にそっと置き、銃を手に取り起き上がる。ちょうど誰かが機関銃手を殺したらしい。

 アルシェには比較的弾幕が張られておらず、敵の塹壕に向けて走る。なんとか転がり込むように敵の塹壕に入ったアルシェだがそこはすでに友軍によって制圧されていたらしく塹壕内は敵の死体がそこら中に転がっていた。

 内地では死体など見る機会がなかったため思わず顔を顰めてしまう。

 普通であれば吐いていたが先程までの経験でアルシェは少しずつだがこの地獄の戦場に適応し始めていた。

 塹壕の一部を制圧された敵はすぐにその塹壕を放棄、後方の塹壕へと撤退を開始した。これにより祖国は数百メートル、国境を動かすことに成功し本日の戦闘は祖国の大勝利となった。


「よう、アルシェ。生きていたか」

 戦闘が終わったアルシェは1人塹壕の壁にもたれ掛かり夜食のレーションを食べていた。そんなアルシェに話しかけてきたのはヨハンだった。

「ええ、生き残りました。しかし……リリカが……」

「そうか……。あいつも死んだか」

 あいつ”も”。

 つまり他にも死んだ人間がいると言うことを意味する。

「誰か死んだのですか?」

「……俺とお前だけだ」

「それはどう言う……?」

「生き残ったのは俺とお前だけだ。他はみんな逝っちまった」

「ッ! ……そうですか」


 みんな死んでしまいました。

 あまりにあっけなさすぎます。


 ここでは命がそこら辺の石ころと同じ価値。”死”が日常的である。ヨハンとアルシェはその後は会話をせず就寝した。

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