第32話

 紫咲とのデートは、土曜日に決まった。

 僕は金曜日に監査を終えて帰ってから、自宅で色々デートプランをネットで調べて考えた。

 彼女とは色々話したい。

 その気持ちはあるのだけど……。

 それ以上に、まずは今回のデートで「普通の女子高校生」として、今の紫咲には僕との時間を楽しんでもらいたい。

 その気持ちが、佐々木先輩の話を聞いて、強くなっていた。

 そして……。

「おはよう、待ったかしら」

 僕が待ち合わせに指定した学校の最寄り駅から電車で二十分ほどの駅の改札に、紫咲は十一時五分前にやってきた。

「うーん、僕も今来たところだよ」

 本当は紫咲を待たせたくなくて三十分前に着いてたんだけど、僕は笑顔でそう答えた。

 僕が昨日見た「初デートの際に男性が気を付けるべき事十選」というサイトにもそう答えるように、と書いていた。

「そう。それは良かったわ」

 控えめな笑顔を浮かべて、紫咲が近づいてくる。

「前回」の会長宅にお邪魔した際に来ていたベージュのワンピースを、今日も紫咲は着ている。

 あの時同様に清楚な印象のベージュのワンピースは、とても紫咲の雰囲気に合っていて、僕は思わず胸が温かくなるのを感じると同時に、昨日の佐々木先輩との会話を再び思い出していた。

 小学生の頃、失恋した紫咲と、彼女に声をかけた僕。

 紫咲は、やっぱり今でもあの頃のことを鮮明に覚えているのだろうか。

 そう考えると、胸の内のどこかで、僕はそれを長らく忘れたまま彼女に接していた自分に対して、何となくもやっとしたものを感じずにはいられなかった。

「……陽平君? 何か私、変かしら?」

 気付いたら、不安そうな表情で紫咲が僕を覗き込んでいた。

「いや、そんなことないよ。私服姿の紫咲を見るの、今日が初めてだからさ」

 本当はそうでもないのだけど。

 僕はまたも、自分の口からサラッと出た嘘に、違和感を感じていた。

「……そうね」

 一瞬の間の後、紫咲は頷いた。

「変に思われたらどうしようって、ずっと心配だったけど……。陽平君がそう言ってくれたのは嬉しいわ。陽平君、あまりそういう私の印象、ちゃんと口にしてくれないし」

「え、そ、そうかな?」

「そうよ。女心が分かってないんだから……」

 わざとらしく拗ねたような口調の紫咲にどうしようかと思っていると、彼女は「冗談よ」と笑った。

「それより今日はどんな予定を組んでくれたのかしら」

「うん、色々と調べたんだけどね……。まず、駅直結のショッピングモールに、有名なパン屋さんがあってね。紫咲の好きな粒あんパンも評価高いみたいだよ」

「あら、そうなの。ふふっ、流石私の彼氏ね。私の事、ちゃんと考えてお店選んでくれたんだ」

「うん、ちょっと早いけど、イートインもできるみたいだから、そこで昼を食べていこうか」

「ええ、そうしましょう」

 僕は自分のプラン通りに紫咲が喜んでくれていることにホッとしながら、彼女を率いて歩いていく。

「……さっきの話だけど、そういやこうして学校以外で待ち合わせして出かけるのも、今日が初めてだね。なんか新鮮な気持ちだよ」

「……えぇ、そうね」

「ま、これからいくらでもこうして二人で過ごす時間はあるよ、きっと」

 紫咲……空野さんは、今まで何度も、ループを経験し、その度神崎さんに殺されてきたという。

 だからこそ……僕は彼女に「普通の女子高校生」として幸せに過ごす時間を与えたかった。

 相手が僕では役者不足かもしれないけど……。

 今日は僕自身もループのことを考えずに、夕方まで過ごそうと思っていた。

「わっ、もしかしてこのパン屋?」

 やがてたどり着いた、ショッピングモール内のパン屋。

 そこには「時間内菓子パン食べ放題!」と書かれたランチの看板が立てかけられており、入り口には数人の列ができていた。

「見て、陽平君! 菓子パン食べ放題だって!」

「本当に紫咲は甘いものが好きだなぁ」

「ええ、だって甘いものは別腹っていうでしょう? あんぱんもそうだけど、私は菓子パンなら世界が滅亡するまで食べ続けられるわ」

「そんな大げさな……」

 僕が他愛もない会話をしていると、幸いな事にすぐに列は進み、僕たちもテーブルに通された。

「ふふっ、沢山食べるわよ……!」

 会計を済ませ、早速用意された皿の上に山とパンを積み上げる紫咲の姿が、いつかファミレスで巨大なホイップを乗せたパンケーキを貪っていた空野さんの姿と被る。

「陽平君も早く食べましょう!」

 でも。

 こうして「普通の女子高校生」として、無邪気に過ごしている紫咲を見ていると、僕も救われた気分になってくる。

 僕は粒あんパンを二つ、皿に乗せて、紫咲が待つテーブルに向かった。

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