第30話

 昼休みの春元会長との会話で、自分に嫌気がさしたのはあるけど、収穫がない訳ではなかった。

 少なくとも、春元会長から見て僕たちの仲はそこまで進展しているように見えていない、ということは分かったからだ。

「え? 春元会長に関係を伝えるのは待ってほしい?」

 放課後、生徒会室に向かう前に、僕は空野さん……紫咲に頼む。

「ええ……。陽平君がそう言うならいいけど……」

 少し残念そうに俯く紫咲には悪いけど。

 このまま自分の気持ちに向き合えないまま、外堀だけが埋まっていく感覚を想像すると、僕は耐えられそうになかった。

「ごめん。今は生徒会も忙しいしさ。いきなりそんな話が出ても春元会長だって驚くだろうしさ。少しずつアピールするとか、またもう少し落ち着いたタイミングで改めてとか……」

 その上、それっぽい言い訳までして自分がとても格好悪い。

「……分かったわ。私もなんか焦ってたみたいね。ごめんなさい」

 だけど、紫咲はそんな僕に愛想をつかすこともなく、あっさりと謝って、笑ってくれた。

「そういえば、明日は運動部の監査に行かなくちゃいけなかったわね」

 どこかぎこちなくなりかけた空気を変えるように、紫咲が言った。

「今回の監査は……私がやろうかしら」

「そ、それはダメだ!」

 思わず、大声が出た。

 空野さんはきょとんとした様子で首を傾げる。

「でも、春元会長もそろそろ引退よ?」

「そ、それはそうだけど……」

 今回の紫咲はループのことを知らない。

 だけど、明日紫咲……空野さんが監査を行うとなると、佐々木先輩との関係がまたどう転ぶか分かったものじゃない。

 そしてそうなると、巡り巡って神崎さんが空野さんを殺してしまう。

 今までの空野さんと目の前にいる紫咲は違うけど……。いや、だからこそ、か。

 これ以上、空野さんが死ぬのも、神崎さんが苦しむのも、僕は見たくなかった。

「何かしら、私が監査をしちゃマズい理由でもあるの?」

 案の定、紫咲は僕の反応を怪しがっている。

 僕は何とか彼女を納得させようと言葉を探して言った。

「ほら、紫咲が監査をやっちゃうと春元会長拗ねちゃうかもしれないし……」

「何それ。春元会長はそんな子供じゃないわよ」

「で、でも……」

 ……ダメだ。

 事情を知らない無防備な空野さんに監査を止めさせる方法がない。

「……そうね。そこまでいうなら、私たち二人で監査を終わらせる。これでどうかしら?」

「二人で、監査を?」

「ええ。分担は陽平君に任せるわ。後は今日の内に二人で春元会長に監査のマニュアルを聞いておくことね」

「そ、そうだね!」

 それなら、陸上部の監査を僕が担当することで、佐々木先輩との接点を無くすことができる。

 僕は安堵の気持ちで何度も頷いた。

「……ところで陽平君。今週末なんだけど……」

 生徒会室まであと少しというところで。

 紫咲が足を止めて、少し言いにくそうに切り出した。

「もし、嫌じゃなければ、なんだけど。どこかに遊びに行かないかしら?」

「え? 生徒会のメンバーでってこと?」

 咄嗟に僕は「前回」果たせなかった約束を思い出したけど、紫咲は大きく首を振った。

「……じゃなくて、二人で」

 消え入りそうな声で、紫咲は言った。

「私たちが付き合い始めて、初めての週末だから」

「そっか……」

 思わぬところから情報を得た僕は、思わず頷いた。

「今回」の僕が紫咲と付き合い始めたのは、今週かららしい。

僕が知る由もなかった想い出が明らかになっていく事に、何となく違和感を抱いたけど。

同時にそれを知る事ができて嬉しい気持ちもあった。

「もちろんだよ。週末、頑張ってプランを立てるから」

「ありがとう……!」

「そんな、大げさだよ、期待し過ぎず待ってて」

 長年の悲願を叶えたかのような表情を一瞬浮かべた紫咲は、「そ、そうね」と言って苦笑を浮かべた。

 いつの間にか恋人になっていた僕たちだけど。

 こうして普通の恋人みたいなことをしていたら、そのうち普通の恋人になれるのだろうか。

 僕は目の前の女の子とそんな未来を歩むことを想像したけど、それは幸せでありつつも、どこか物足りない結末に思えた。

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