第29話
「黒田君と空野さんの関係がどう見えるかだって?」
先に席を取ってくれていた春元会長の向かいにお盆を持って腰かけた僕は、料理に箸をつけるより前に、そんな質問をした。
「うーん……」
春元会長は短く唸った後、うどんを啜ると、なおも少し考えた後答えた。
「息の合ったパートナーって感じかな。阿吽の呼吸というか、例えば私が何か仕事を振ると、いちいち指示しなくてもいつの間にかイイカンジに分担して、それを消化する、みたいな」
「あ、いや、そういうのではなくて……」
僕は何と説明したらいいものか、言葉を選びながらゆっくりと話す。
「一人の男子高校生と女子高校生としての距離感っていいますか……」
「ふむ……」
春元会長は短く頷いた後、やはりうどんを啜る。
またしばらく咀嚼するかと思いきや、ニヤリと笑って僕の顔を覗き込むようにして言った。
「つまり、君は空野さんのことが女の子として気になるって言うのかい?」
「えっ……?」
あまりにも直球な表現に、僕は思わず目の前が真っ白になるくらいに衝撃を受けた。
僕にとって空野さんはあのループを生き延びるための相棒だ。
そういう意味では春元会長の最初の見立ては何一つ間違っていない。
でも、最近はそれだけじゃなくて、空野さんは何としてでも助けたいと感じる「負けヒロイン」でもあるのだ。
それでも「前回」の神崎さんとそうだったみたいに、僕が空野さんを彼女にしたいか、と言われたら……どうなのだろう。
「今回」の世界では彼女になった「紫咲」を本当に好きなのか。
「前回」の神崎さんに対しても、今回の「紫咲」に対しても、自分の気持ちが追い付いていないような気がした。
「……やっぱり僕って、不誠実なんですかね」
「ふむ……」
二人の女の子の顔を交互に思い浮かべていたら、思わずそんな感想が口をついて出た。
春元会長は、やっぱりうどんをずるる、と啜っていたけど、やがて咀嚼を終えて口を開いた。
「君はいつも難しく物事を考えすぎだよ。これもまったく難しい話じゃないはずだ」
あれは「前回」のことだったか。
監査の方法を尋ねに家へお邪魔した時と同じ調子で、春元会長は微笑んだ。
「君にとっての『好き』ってのはどんな要素なんだい? その要素に空野さんが少しでも含まれているのなら、君は空野さんを女の子として意識しているってことだ」
「要素、ですか……?」
「ああ。もっとも、これは君と空野さんの関係に限らず、数多の惹かれ合う男女が無意識化で通る道なんだがね」
僕にとっての「好き」……。
それは……。
――どうして。どうして私じゃダメなのよ……。
一番に浮かんできたのは、やっぱり何度も夢に見たあの少女の記憶だった。
涙にぬれた瞳。まるで天を恨み、地を憎むような哀れな少女の慟哭。
僕にとっての「負けヒロイン」のオリジナルの姿だった。
佐々木先輩にフラれて壊れてしまった神崎さんの姿は、あの女の子の姿と被るものがあった。
だから……僕は彼女にも惹かれたというのだろう。
じゃあ、空野さんは?
「前回」の最後に、彼女は確かに僕を求めていた。
そして、あの時の僕の隣には神崎さんがいて、空野さんの恋は絶対に実を結ぶことがない悲恋だったはずだ。
包丁を振りかざす空野さんの姿が、一瞬、あのオリジナルの負けヒロインの姿と被る。
だけど、もしも彼女が壊れてしまったのが僕と神崎さんのせいだとしたら。
一体、いつから空野さんは僕のことを好きでいてくれたのだろう。
「……本当に、君たちの関係は、いつになったら前進するんだろうね」
ずるる、とうどんをいつの間にか食べ終えた春元会長は、歯痒そうに溜息を吐きだした。
僕はそれ以上なんて答えたらいいか分からなくて、手元の唐揚げを口に運ぶ。
油を吸った唐揚げは少し冷めていて、ぶよぶよとした感触がした。
「その意味では君はやはり不誠実だと言わざるを得ないな。うん、女の敵だ」
「……その割に楽しそうですね」
「いやいや、後輩が青春してるのを見て、面白くない先輩はダメな先輩さ。私はよくできた先輩なのでな」
明るく笑う春元会長とは対照的に、僕は沈んだ気持ちになってきた。
「今回」の僕は、本当に「紫咲」と付き合っているのだろうか。
春元会長の話を聞いていると、それすらも不安になってくる。
もしも、僕が「前回」の神崎さんにしたように、中途半端な気持ちで「紫咲」の彼氏になったのだとしたら……。
今度こそ、僕は自分を許せなくなる気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます