第19話
結局、木曜日も金曜日も、空野さんは生徒会室に現れなかった。
「困ったね。ひとまず週末の懇親会は延期としようか……」
金曜日の放課後。
生徒会室にやってきた春元会長が、残念そうに言う。
人手が足りなくても仕事は待ってくれない。
引退間際の春元会長と僕。
二人で書類仕事を黙々と続けていると、知らない間に時間は過ぎていった。
十一月の学園祭。
それが終われば、僕か空野さんが生徒会長になって、春元会長は正式に生徒会長を退くことになるだろう。
もちろんその前に形だけの生徒会選挙があるし、それまでに僕か空野さん、どちらが立候補するかを決めなくちゃいけないのだけれど。
こうして今のメンバー三人で、この部屋に集まる機会はそう多くは残されていない。
そう考えると……やはり空野さんの不在はとても寂しいものに感じられた。
「それにしても、空野さんはどうしたんだろうね。黒田君は何か聞いてないのかい?」
「いえ、何も……」
あれからも、何度か僕は空野さんに連絡をしてみたのだけれど、既読がつくだけで、彼女からは何も返信がなかった。
火曜日の事があるだけに、本当にただの体調不良とはどうにも考えにくい。
僕は、ここ数日空野さんの事を考えては、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
「ねえ、黒田君。いっそ私にやったみたいに、空野さんの家に押し掛けたらどうだい?」
「うーん。偶然、会長の家は知ってましたが、空野さんの家は……」
知らない、と言いかけて僕は言葉を止めた。
今回の神崎さんがカミングアウトしてくれた過去の関係からして、神崎さんは空野さんの家を知っていた可能性がある。
そして、空野さんが二周目に指定したデススを、神崎さんも家の近所だと言っていたから、空野さんは神崎さんと仲が良かった頃の家を引っ越していない可能性も高い。
だとすれば……今の神崎さんに尋ねれば、空野さんの家を教えてくれるのでは……?
「おい、黒田君?」
希望に縋るような表情の春元会長を見て、逆に僕は冷静になった。
神崎さんと空野さんには恋愛がらみの深い因縁があるみたいだった。
だとしたら、僕が突然空野さんの家を神崎さんに聞いても、いい顔はされないだろう。
「もしかして本当に空野さんの家を知っているのかい?」
「あ、いや……」
結局、僕は曖昧に首を振る事しかできなかった。
そもそも、今の僕が空野さんの家に押し掛けた所で、何かを解決することができるとも思えない。
「そうだよな……。空野さん、ほとんど自分の事は話さないもんなぁ……」
「……え?」
意外な言葉が聞こえてきて、僕は思わず声を上げる。
「空野さん、確かに口数が多いタイプじゃないけど、二人になると色々話してくれますよ」
僕はこの一週間二回分で得た空野さんの情報を思い返す。
かなりのスイーツ狂い。春元会長に密かな憧れを持っていたこと。あんぱんはつぶあん派。案外想像力というか妄想力が豊かなこと。
確かに空野さんの家は知らないけど、この短い間で僕は空野さんの事を少しずつ知り始めている。
「……それは、空野さんが本当に君を信頼しているから、話してくれるんじゃないかい?」
ふと前を見ると、真剣な表情の春元会長が僕を見つめていた。
「空野さんが、僕を?」
確かにいつも、空野さんは僕をリードしてくれた。
いきなり巻き込まれたこのループ。
ループの「先輩」である空野さんが、僕をいつも助けてくれる。
そう思っていた。
でも……。
「春元会長」
本当は、一人でループを続ける空野さんは心細くて。
本当は僕以上に助けを求めていたのではないだろうか。
「空野さんの家、知ってる人がいるかもしれません」
「お、ようやくまともな顔になったね」
僕の言葉に、春元会長がようやく笑みを浮かべる。
「少し時間を下さい。空野さんを安心させて見せます」
「ふふっ、任せたよ」
空野さんは何度も痛い目、苦しい目を見てきたんだ。
今度こそ、僕の力で彼女を安心させなければ。
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