第15話
空野さんは、僕よりもたくさん、神崎さんに殺されている。
だから、僕が知っているよりも多くの情報を持って、この5日間に臨んでいるのは明らかだった。
そう考えると、空野さんの言う通りに動く方が確実。彼女は少なくとも僕よりも「正解」に近い所にいる。
だけど……。
「本当に、このままで良かったのかな……」
僕はぼんやりと不安な気持ちのまま、放課後を迎えていた。
窓の外の西日はギラギラと眩しく、僕は思わず廊下の真ん中で顔をしかめた。
――ああ、だから朱莉を頼む。
湯田さんが昼休みに言った言葉が蘇る。
寄り添うったって、僕に何ができると言うんだ。
いざ神崎さんが失恋した時に、僕なんかが傍にいたって何もできやしない。
「神崎さん、やっぱり今日告白するのかな……」
廊下の窓の外で、運動部の部員たちの掛け声が響いている。
それをぼんやりと聞きながら、僕は昇降口に向かっていた。
どれだけ佐々木先輩との接点を空野さんが避けようと、今日神崎さんは告白し、佐々木先輩にフラれる。
それは、何度やり直しても変わらなかったと空野さんは言っていた。
今回違うのは、今まで以上に僕が神崎さんと接点を作ってきたこと。
だけど、それに何の効果があるのだろうか。
不遇な女子に惹かれがちな、ただの外野。
どれだけ勇気を持って行動しても、結局それが今の僕の立ち位置でしかなかった。
「……待ってたわ。早く駅まで向かいましょう」
いつの間にか、僕は問題から逃げるように早足で、待ち合わせ場所である校門の外までやってきていた。
そこで予定通り空野さんと合流した僕は、そのまま二人で駅方面へ歩み始めた。
「ひとまず買い物は、電車を降りてからにしましょう。この辺だと万一もあるから」
「そうだね。春元会長は?」
「生徒会室に残ってもらってるわ。少し書類仕事も残ってるって言ってたし、ちょうど買い物が終わった頃に合流するんじゃないかしら」
空野さんはあまり表情を変えることなく話している。まるで今日という日が特に何も起こらない日だと思っているかのようだった。
空野さんは「神崎さんに今日、殺されてしまうかもしれない」とか思わないのだろうか。
「……こうして、二人で下校するのはあまりなかったわね」
駅のホームに上がると、すぐに普通電車がやってきた。
その電車に乗り込み、ドア近くの位置に立った空野さんがそんなことを言う。
「こうして、二人で電車に乗る事も、思えば無かった」
「確かに……」
僕はぼんやりと頷いた。
不思議なもので、神崎さんのことは相変わらず気になるけど、空野さんと一緒にいると、なんだか少しだけ安心感が湧いてくる。
「こうして二人で電車に乗ってると、なんだか不思議な気分ね」
「そうだね」
少しずつ落ち着いてきた僕は、今度はしっかりと頷けたと思う。
思えば、空野さんとは最寄り駅が逆方面で、会長の家などへ向かう際も駅で待ち合わせをしていた。
唯一、空野さんと僕が一緒に電車に乗ったのは、会長を無理やり登校させた一回目のやり直しの時だろうか。
あの時は、会長も一緒だったし、一緒に遅刻の理由を考えてたら、すぐに学校の最寄り駅に着いてしまった。
「結構こっちの電車は混んでるんだね」
僕は周囲に陣取る同じ学校の学生たちを眺めながら言った。
すぐ傍には付き合っているのだろうか、楽しそうに話をしている距離の近い男女の姿がある。
「ええ、そうね。私はここから普段結構長い時間電車に乗ってるから、慣れたとはいえ結構疲れるけど……今日は気楽でいいわね」
「一駅だもんね。そろそろ着くよ」
「……そうね」
空野さんは少しだけ、微妙な表情を浮かべた後頷いた。程なくして、車内アナウンスと共に、電車が減速し始める。
「黒田君、今日はずっと……」
電車が停車する直前、空野さんが迷うような口調で切り出そうとする。
「え?」
何か、儚い雰囲気に、僕は空野さんを凝視する。
彼女の口が小さく動いた瞬間、電車のドアが開き、喧噪と共に人が流れ始めた。
「……なんでもないわ」
人の流れに押し出されながら、空野さんは元の無表情に戻ってそう言った。
「春元会長の家とは反対側の出口にスーパーがあるらしいわ。そこへ向かいましょう」
改札を潜り抜けながら指先を掲げる空野さんは、やっぱりいつも通り。
さっき、空野さんは何を言おうとしたのだろう。
僕は、再び胸がざわめくのを感じながら、空野さんの細い背中に続いた。
◇◇◇
駅近くのスーパーで買い物を終え、春元会長の家へ向かった所、制服姿の春元会長が玄関で僕たちを迎えてくれた。
「いやいや、お疲れの所すまないね。荷物も重かっただろう、さ、上がってくれ!」
春元会長も帰宅したばかりなのか、鞄を抱えたまま、二階へと上がっていく。
「リビングのテーブルで座って待っててくれ。着替えたらすぐに戻るよ!」
二階から聞こえてくる声に「お邪魔します」と応じ、僕たちは靴を脱ぐ。
ひとまず、空野さんと共に言われた通りリビングに入ると、リビングのテーブルには3つのグラスと、見たことも無い大小さまざまな箱のゲームが用意されていた。
「ふふっ、春元会長も楽しみにしてたみたいね」
空野さんがわずかに表情を緩めて言った。
すべてアナログゲームのようだったが、どう考えても一日で遊びきる量ではないように見えた。
「待たせたね」
やがて、二階からジャージ姿の春元会長が降りてきた。
その手には新たなアナログゲームが抱えられている。どれだけゲームを遊ぶつもりなんだろう……。
「今日、生徒会の仕事は何かありましたか?」
「ああ、陸上部の副部長が来たよ。何でも、こないだの監査で伝え忘れた要望がいくつかあるって」
「そうでしたか、おつかれさまです」
頷きながら、空野さんが僕へ「ほらね」とばかりに視線を送ってくる。
陸上部の副部長……つまり佐々木先輩は、やっぱり惹きよせられたかのように、生徒会室にやってきた。
空野さんは予め危機回避をしていたのだけど、もしも春元会長と空野さんの今日の動きが逆だったら、と考えると……。
「そうだね、こないだやったウイングスパンもいいが、まずは軽いのから……」
そんな僕たちの気持ちを知る由もなく、春元会長はのんきにゲームを物色している。
「ゲームもいいですけど、まずはジュースやお菓子、いりません? せっかく黒田君も運んでくれた訳ですし」
「それもそうだね。すまない、久しぶりに遊べると思って前のめりになり過ぎたようだ」
空野さんに突っ込まれて、春元会長が恥ずかしそうに髪を掻いた。
「……実はね。薄々気付いているかもしれないが、私の家は少し寂しい家でね」
テーブルに腰掛けた春元会長が、室内をゆっくりと見渡しながら切り出した。
今回の春元会長が僕たちにこの話をするのは、初めてだった。
「私の両親はほとんど家にいなくて、私もこの一か月ほど、会話をしていないくらいなんだ」
「仕事が忙しい、とかですか?」
買ってきたオレンジジュースを空いたグラスに注ぎながら、空野さんがあたかも初めて聞いたかのような口調で問う。
「もちろん、前提としてお互いに仕事が忙しいってのはあるだろうね。でも、それを差し引いてもうちの両親は、私含めて家族に興味がないようでな。休みの日すら、朝早くに家を出て、何かをしているようなんだが、何をしているのかすら、お互いに知ろうとしないくらいでね。まあ、それは私も同罪な訳だが……」
自嘲気味に締めくくった後、春元会長は注がれたオレンジジュースを飲み干した。
「だからね。こうしてこの部屋に君たちが来てくれたのは、とても嬉しいんだ。もちろん、ゲームの対戦相手として以上の意味で、ね」
それでも、そう言い切った春元会長の表情は、言葉通り満ち足りたものだった。
その表情を見て、僕はこうして春元会長の家に来たことを良かったと思う反面、どうしてももう一人の女の子のことが気になった。
「今日は3人いるからね。3人だとどのゲームにしようかな……」
「もう、春元会長ったら結局ゲームじゃないですか」
「あはは、それもそうか。お、チーズおかきを買ってるじゃないか。チーズおかきといえば私が小学生の時に遠足で……」
空野さんと春元会長が盛り上がり、笑い声が室内に響く。僕は室内に掛けられた時計へ目線をやる。午後4時35分。神崎さんが告白するまで、まだ時間はある。今、どんな気持ちで彼女は走っているのだろうか。ノイズのように思考が途切れ、二人の会話が入ってこない。
「……黒田君? 大丈夫かい?」
「あ……」
気付けば、春元会長が心配そうな表情で、僕を見つめていた。
きっと、春元会長は春元会長で、今日という日を楽しみにしてくれていたはずだ。
「すみません、ボーっとしちゃって!」
そんな彼女の期待を、僕がぶち壊してしまった罪悪感に駆られつつ、僕は頭を下げる。これじゃ約束を反故にした前回と何も変わらない。
「せっかく用意してくれてるんだし、何か遊びましょう! これとか遊んでみたいです!」
気持ちを切り替えて、僕は努めて明るい声で近くにある箱を指さした。
『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』と書かれたその箱は、名前の通り宇宙を思わせるイラストが描かれている。
「お、レースフォーを選ぶとは君もなかなか通だね! そうだね、このゲームは宇宙で国家を発展させることをテーマにしたカードゲームでね……」
嬉しそうに『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』の箱を開けて中身を取り出し始める春元会長を見ていると、今日ここに来てよかったな、と心から思う。
それでも……。
僕はどうしても、今日これから想い人に気持ちをぶつけて、玉砕する神崎さんのことを、忘れられないまま、春元会長のルール説明をぼんやりと聞いていた。
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