第12話
そんなこんなで、神崎さんと約束をしている日曜日がやってきた。
奇遇なことに、神崎さんは待ち合わせ場所に「前回」空野さんと日曜日に会ったファミレス「デスス」を指定してきた。
神崎さんは自宅がこの辺りだと言っていたから、ひょっとしたら空野さんと家が近いのかもしれない。
「神崎さんも学校の近くだと、佐々木先輩に見られて変な誤解をされるかもしれないからって言ってたけど……」
僕は待ち合わせとしていたファミレス『デスス』の前で、神崎さんを待ちつつ、彼女のことを考えていた。奇しくもこれも「前回」の空野さんと同じ言い分だ。
さすがに今日、殺されることはないだろうと思ってるけど、考えてみれば前回は僕がいらないことを言ったせいで、神崎さんが佐々木先輩への告白を決行する前に、僕は殺されている。
そういや「前回」の神崎さんは、佐々木先輩への告白を結局したのだろうか。
もしも、そうだとしたら僕を殺した翌日に、神崎さんは想い人への気持ちをぶつけたことになる。すごいメンタルだ。
「あ、黒田君! ごめんね、待った?」
そんなことを考えていると、神崎さんが手を振りながら近づいてきた。
紅色のキャミソールの上に、白いカーディガンを羽織っており、ホットパンツから伸びるしなやかな脚が眩しい。
後ろ髪をポニーテールでくくっているのは、いつも通りだけど、ぱっちりとした目鼻立ちと小動物めいた愛嬌を備えた神崎さんは、間違いなく人目を引くレベルの美人さんだった。
「あれ、黒田君? どうしたの?」
「な、なんでもないよ! うん、僕も今来た所!」
「そう? ふふっ、なんか黒田君ってよくボーっとしてるね」
いかんいかん、神崎さんには好きな人がいるんだ。
そんな彼女に僕なんかが見とれてしまっては、迷惑だ。
それにしても、神崎さんに殺される時は彼女の容姿なんて気にならなかったけど、彼女のことを知ろうとすればするほど、佐々木先輩が彼女になびかない理由が分からなくなる。
まあ、神崎さんが一番輝くのは、フラれて絶望しているその表情なんだけど。
「立ち話もアレだし、早く中に入ろうよ」
「う、うん、そうだね」
僕が失礼極まりない事を考えていると、神崎さんにツンツンと背中を突かれる。
入り口付近にいた店員さんに声をかけると、すぐにテーブル席に案内してもらえた。
「良かったね、すぐに座れて」
「うん、日曜日だからどうかなって思ったけど、このお店、そこまで混んでるの見た事ないから」
「え? でも今日は結構人がいるけど……」
「何だろ、キャンペーンでもやってるのかな?」
確か「前回」空野さんとこのお店に来た時も、結構店内は活気に満ちていた。
だから人気店なんだと思ってたけど、地元民の神崎さんがそういうのなら、普段は空いているのだろう。
だとしたらこの盛況ぶりは一体……。
「あ、見て見て、黒田君!」
その答えは、すぐに神崎さんが見つけた。
彼女はグランドメニューの冊子に挟まれた、ラミネートされたA4の告知を示していた。
「なんと現在、パンケーキのサイズとホイップが2倍なんだって!」
「に、2倍!?」
なんだそのやけくそ気味な頭の悪いキャンペーンは!
っていうか「前回」の空野さんが食べてたのがその「2倍」になった
「せっかくだから、私も乗っかっちゃおうかな」
僕がそんな甘ったるい「前回」の記憶を引きずっていると、あろうことか神崎さんがそんな不穏なことを言い出した。
「黒田君は何にする?」
「ぼ、僕は適当なサンドイッチとかでいいよ」
「あれ、甘いものは好きじゃない?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
さすがに「前回」空野さんが食べていたアレを自分が食べたいとは思わない。
結局、呼び出した店員さんに神崎さんが「パンケーキホイップトッピング」、僕が「タマゴサンド」のオーダーを済ませる。
流石に神崎さんも空野さんほどの甘党ではないのか、オーダーはおとなしめだった。
「えっと……神崎さんはファミレスとかよく来るの?」
「うーん、なっちゃん……ああ、同じクラスの湯田撫子ね。と、時々駄弁るくらいかなぁ」
「へ、へぇ、そうなんだ。神崎さん、友達多そうだし意外……」
「部活やってるとどうしてもね。さすがに陸上部でファミレスってのもあまり良くないかなって。みんな食事とか気にする人も多いし」
「た、大変だね……」
うーん、共通の話題が無さ過ぎて何を話したらいいのか分からない。
「世間話」とはいうけど「世間」の人はどんな「世間」の話をしてるんだろう……。
「……実はさ、佐々木先輩の話は抜きにしても、黒田君とは私、一度話してみたかったんだ」
僕が、何とか話題をひり出そうと苦悩していると、明るい口調で神崎さんが切り出した。
「僕と? 神崎さんが?」
明るく友達の多い神崎さんと、普段一人ぼっちで生徒会にしか居場所がないような僕。
正直、二人の接点の無さは平行線どころかねじれの位置にあると思うけど。
「前にさ、友達から黒田君の話、聞いてたんだ。だから、同じ高校になって、同じクラスになって、ちゃんとお話ししたかったんだ」
「え? 友達?」
当然、僕が神崎さんと出会ったのは、今の高校に上がって今年クラスメイトになったのが初めてのはずだった。
「あれ、何も聞いてない? まあ最近は色々あって、疎遠になっちゃったしなぁ」
「ごめん、話が見えてこないんだけど……」
「まあ、本人が話す気ないなら、私も話さない方がいいのかな。まあとにかくね。中学時代に知り合った友達が、引っ越す前は黒田君と同じ小学校だったってことでさ。よく、黒田君の話をしてたんだ」
「そ、そうなんだ……。誰の事だろう……」
中学時代に神崎さんの中学校がある地域に引っ越した、ということは、少なくとも小学校を卒業する時点では僕と知り合っていた生徒ということになる。
そんな仲の良い友達なんて当時、いたっけ……。
――どうして。どうして私じゃダメなのよ……。
その瞬間、昔の記憶……夢で何度も見た光景がフラッシュバックした。
泣きじゃくる少女は、子供だった僕より大人びている気がした。
そして、そんな少女の姿に僕は、とてつもない魅力と興奮を覚えて――
「お待たせしました、パンケーキのホイップトッピングとタマゴサンドです!」
僕はいつの間にかやってきたウェイトレスさんの声で、我に返った。
神崎さんが「うわっ、すごいホイップ……」と引き気味に苦笑してる。だけど「前回」見た空野さんのオーダーは、もっとすごかった。
「……本当はさ、その友達とは複雑な関係でさ」
ゆっくりとパンケーキを切り分けながら、神崎さんが切り出した。
「中学の時に私ね、一度、一つ上の先輩に告白して、断られてるんだ」
「先輩って、やっぱり陸上部の?」
急にデリケートな話になったから、そんなどうでもいい質問を返すしかできなかった。
だけど神崎さんは、そんな僕の質問にも首を振って答えてくれる。
「意外かもしれないけど、私は中学の時は陸上部じゃなくってさ。文芸部だったんだ。その先輩は陸上部だったんだけど、完全に一目惚れ。大会とかでも成績残してた生徒会長の先輩でね、当時の私から見たらとにかくメラメラと輝いてるように見えてね」
「前回」僕が殺される直前に話した時とは違って、淡々とした口調の神崎さんは、そこで少し沈黙を挟んで、うつむいた。
「その先輩が好きだった女の子。それがさっきの、黒田君のことをよく話してた友達だったの」
「おおう……」
それはなかなかのドロドロ具合だ。
さっき、神崎さんはその友達と「疎遠」になったって言ってたけど、それが原因なのかもしれない。
「しかもね。その先輩はあろうことか、私と同じ文芸部のその友達を、私に紹介してほしいとか言ってきたんだ。ひどくない? 私を振った口がそう言うんだよ。ぶっ殺してやろうかと思ったもんね」
「ぶ、物騒だね……」
「その時はそれくらいに先輩のことが好きだったし、憎かったんだよ」
あはは、と力なく笑う神崎さんだけど、彼女の失恋が原因で二度も殺された僕としては、とても笑う気になれなかった。
「それでさ……。高校入ってあの先輩みたいにメラメラしたら私も、魅力的になれるかなって思って陸上部に入ったんだけどさ。そこには佐々木先輩がいて。佐々木先輩って本当にカッコいいと思わない? リーダーシップもあるし、優しいし、陸上の成績もいいし学業も優秀らしいしいいにおいするし!」
佐々木先輩のことを語る神崎さんは、うっとりしている。まさしく絵に描いたような「恋する乙女」の顔だ。
「だけど……」
そこで神崎さんの表情が翳る。
「今回も、佐々木先輩には別に好きな人がいる。何となくさ、私に興味がないんだなって分かるんだ」
「陸上に専念したい、とかそういうのじゃなくて?」
「うーん、前に他の男の先輩と話してるのを聞いちゃったんだよ。なんか昔の恋愛に未練があるとか何とか……」
神崎さんは寂しそうに笑みを浮かべた。
「今、目の前にいる私じゃ、代わりになれないんだろうね」
「……そんなこと、ないよ」
無責任で無意味な励ましだとは分かっていた。
それでも、僕はそう口にせずにはいられなかった。
「神崎さんの気持ちは本物だよ。それに、陸上してる神崎さんはその中学の先輩みたいにメラメラ燃えて輝いてる」
何より、歪んでしまった結果とはいえ、人を殺してしまうような大きく激しい恋心が、そんな過去の思い出なんかに負けていいはずがない。
「もっと自信を持ってよ。神崎さんは、佐々木先輩にもその友達にも負けない、人として魅力的な女の子なんだから!」
「……なんか、私が負けるみたいな前提になってない?」
「い、いや、そんなことは……!」
「前回」までの記憶が蘇り、僕の背筋が冷たくなる。
「ふふっ、そっか。私も輝いてる、か……」
だけど、再び口を開いた神崎さんは、そう言って柔和な笑みを浮かべた。
「ありがと、黒田君。君と話せて少し気が楽になった。私、ちょっと焦り過ぎてたのかもしれないね」
その柔らかな表情は、とても僕を絞め殺したあの女の子のものとは思えない。
その後、僕たちはそれ以上佐々木先輩の話をすることなく、食事に終始した。
僕が頼んだタマゴサンドは「前回」空野さんと食べた時と、同じ味だったけど。
目の前でそびえるホイップの山は「前回」よりも控えめだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます