13話 隣の日常、隣の地獄
「クレール、そこの荷物は外に出しておけ。あとそこのレーションは避難民用だ。いつでも配布できるように固めておけ」
「わかった、でもお前も手伝えよ。これ、なかなかにしんどいぞ」
従軍してからおよそ半年が経とうとしている。俺たちが今居るのは帝国の外、隣国、もといかつての戦争相手であったエリシアンの領土だ。
戦争は10年ほど前に一応は決着がついている。ところが原因のわからない正気を失くしたエリシアンが、同胞であるエリシアンに対し無差別に被害を与えているそうだ。
俺が所属する特異打撃軍は今回、その真相の調査とエリシアンの保護と救出をすることが任務となっている。
「荷物運びの方がどれだけ楽なことか・・・・・・
お前、部隊長の過酷さを侮るなよ」
今回のエリシアン集落の名簿と被害件数、死傷者のリストを片手間にかき集めて精査しながら、部隊の連中にさまざまな指示を出すギーディアスはどうやら疲労困憊のようだ。
彼は先月にこの集落、俺たち帝国からすれば前線と呼べる地域に来て以来、書類と睨めっこ状態だ。戦闘が重なるかと思ったが実はそうでもなく、救出や保護活動がメインとなっているのが現状である。
しかし状況はあまり良くはなく、ここの集落はほとんど崩壊状態だ。建物は損壊し、少し歩けば死体がゴロゴロと転がっている。
一通りレーションの整理が終わったため、いつも通り街の中の生存者捜索を行った。
この街はかなり広いためあまり捜索が進んでいない現状だ。もしかすれば敵が潜んでいる可能性もあるため、無闇やたらに進めない。
「うぇ・・・・・・、シャウマンは平気なのか?——」
「別に平気ってわけじゃないです。あそこの死体とか腹から腸が出ていますでしょ? 俺、ああいうのは流石にきついです」
隊員の1人が嗚咽を堪えながらも弱音を吐いていたため、つい正気に戻りかけてしまった。
死体を退けながら歩み、生存者を探す。これが俺たちの1ヶ月の仕事である。
もしかすればどこかで生きながらえているかもしれないという、生き延びた狼人族の言葉を受け入れてずっと捜索しているが、これまでで見つけた生存者は両手で数えるほどしかいない。
「——、まぁなるべく見ないように進みましょう」
下半身のない腸の爛れた死体を目の前にしながらも、俺たちは見ないふりをしてこの瓦礫と化した集落の最奥に行くことに決めた。
†
終わり際を見極め撤退した後、仮設本部にてブリーフィングを行っていた。
「シャウマン上等兵、本日の状況を報告しろ」
「はっ、本日の捜索範囲は街の西側全域と中央あたりを主にしていました。東側全域にはまだ到達しておらず未だ西側を回るので精一杯の状況であります。
ただ、中央地域につながる大通りにこのようなものが落ちていました」
そう言って俺は拾った金属片を打撃軍全体を束ねている隊長の前にある机の上に差し出した。
その金属片は先端が尖っており、この世界ではまず見られないであろう形状をしていた。
「なんだこれは」
「投擲・・・・・・物、だと思います。形状からして高度な技術が用いられていることがわかります。でも、一体どのように使っているのかが——・・・」
この形状の物を俺は何度も見た記憶があると思う。前世でよく使っていた物によく似ている。
そう、かつて俺が使っていた弾丸に酷似しているのだ。
だが、この世界には金属片を飛ばすための器が存在しない。存在しないのなら説明する手段がまるでない。
きっと何かの勘違いのはずだ。別に黙っていても問題はないだろう。
「投擲物か。だが、この木の実みたいな物をどうやって使うのだろうか」
隊長は眼前にある金色の木の実を眺めながら深い思考に陥っていた。
思えば当然だ。この世界は魔術という概念によって成り立っているといっても過言ではない。
そんな世界にまず使わないであろう物を目の前にしてしまえば誰だって困惑する。そして困惑した人間は・・・・・・。
「これは俺が預かっておく。まあ大丈夫だろう、明らかに爆発物には見えないしな」
そう、困惑した人間は大概、思考を放棄して後回しにする。この行為は後に良くも悪くも響いてくるものだ。今回の事がどのように関わってくるのか、それは誰もがわからずにいる。
それがいい方向に響いてくれることを切に願い、俺は隊長に一礼し、隊員が並ぶ列の1番後ろに回った。
「他に何か変わったことはないか?」
他に見つけたものや変わった事がないため、周囲の人間は沈黙を続ける。
その状況を見た隊長はこれ以上情報はもうないだろうと判断し、この日のブリーフィングを終わらせようとする。
「みんな、しばらくの調査、及び救助活動で疲労がたまっているようだな。
――今日は早めに切り上げるとする。たまにはぐっすり睡眠に励むといい。以上! 解散!」
本日最後の職務を終えた刹那、皆が勢いよく肩をなでおろす。様子から察するによほど疲れていたのだろう。
ギーディアスも完全に疲れ切っていたせいか、そそくさとどこかに飛んで行った。
無論俺も今は非常に死にそうな状況である。
「俺ぇ、今日死ねる自信あるわ」
「馬鹿言うなよ、俺のが死ねるぞ」
などと完全にオフモードに入った連中が疲労自慢大会を開いている傍ら、俺はそのまま椅子に座りこみ完全に意気消沈状態である。
――ほんとにもう動けない、明日中に治るかな、この疲労。
駄目だ。このままぐったり座り込んでいたらますます身体に流されて気分まで悪くなってしまう。
少しでもリフレッシュできるように場所を変えようと思い至り、俺は腰かけていた身体を無理やり再起動させて、風通しの良い場所へ移動しようとする。
不謹慎ではあるが、幸いこの街は壊れ切っているのでどこをほっつき歩こうが風通しがいい場所しかない。
どこかいい場所はないかなと心の淵でひそかに思い至りながら仮設本部の外に出た。
外に出た瞬間に見える道をまっすぐ街の中心方向に向けて少し歩き、少し歩いた先で道から外れた建物であったであろう建造物が見えた。
この建物はほとんど崩れていたが崩れた穴が大きかったため風が気持ちよく入ってきたため、俺はこの建物でゆっくりしようと決めた。
「ん、なんだお前か、クレール」
どうやら先客が居たみたいだ。彼は優雅に崩れた壁に顔を向けて気持ちよさそうにしていた。
「お前ここにいたのか。いいのか? まだ仕事残ってるんじゃないのか?」
「さすがにあの量は今日できそうにない。それに隊長は今日はぐっすり休めって言ってただろ。命令には逆らえんさ」
などと言い訳しているように聞こえたが、実際本当にきついのだろう。さすが入隊数週間で小規模とはいえ部隊を授かった身だ、その責任はきっと重いはずに違いない。
「ところでさっきのブリーフィング。クレールお前、あの金属について知ってるんっじゃないのか?」
いきなり鋭い洞察力を自身に向けられた。やはり首席であの軍師学校を卒業した優等生は伊達じゃない。
きっと話しておいた方がいいのだろうがどう話せばいいのかがわからない。俺が前世の記憶があるって言っても信じてくれはしないだろう。
――――ならば。
「知っているというか、昔おとぎ話で読んだ本に出てきたやつに似ているんだ。でもそのおとぎ話の世界は現実からかけ離れすぎている。
だから関係ないだろと思ってさっきは知らないってことにした。問題はないだろうし、笑いものにされるだろ」
前世の記憶をおとぎ話という前提で話した。この方が都合がいいだろうし。
「関係のない話でも構わん。俺に話してくれ、万全に越したことはないからな」
ギーディアスは真剣な眼差しでこちらを見やり、そのおとぎ話の詳細を教えろと食いついてきた。
きっと万が一にでも、と考えているのだろう。
「わかった。内容はともかく、あの金属片のことなら幾分詳しい自身がある」
そう言いながら俺たちはちょうどいい高さで倒れていた部屋の柱であっただろう瓦礫に腰かけ、崩れた屋根から夜闇に広がる夜空を見上げた。
どうやら今日の夜は長く続きそうだ。
ブラッド・メア まるちん @maruchin0730
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