12話 戦場に向かう霧の息吹

「クレール・シャウマン、君に退学処分を言い渡す。

 理由はわかっているね? 学校側でいくら君の事情を知っているとはいえ、さすがに今回の件は隠しきれぬのだよ、すまなかった」


 豪華な装飾で彩られている学園長室で、ここ軍師学校を束ねる学園長が机に腕を乗せ、重々しい顔を俺に向けながら退学処分を下す。

 思えば当然だ。己の力をコントロールできず、その挙句学園に怪我人を生み出してしまったのだから。自己管理ができない奴がこの学校にいる資格はない、そんな愚か者はここから出ていけとあの方は申しているのだろう。


「――はい。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

 私の退学を以って償わせていただきます」


 暗い顔をどうにかして隠しながら深く頭を下げた。

 不思議と後悔はなかった。もしかすればこうなることを覚悟していたのかもしれない。

 

 一通りの説教と処分を受けたので速やかに退室しようとした刹那――――、


「あ――待ってくれぬか、君に伝えなければならないことがある」


 学園長は焦り気味で追いかけ、こちらの腕をつかみ行く手を阻んできた。

 少し想定外のことなので身体が硬直してしまい、声のする方向へ身体を向けることができなかった。

 校長は手を離し、一度深呼吸してから告げる。


「え――、クレール・シャウマン。退学したのちに君を我らノエレン帝国の軍に所属してもらう」

「―――――――――――は?」


 いや待て。軍に入るための学校を辞めるはずだ。なのになぜ俺は軍に入れさせられるんだ。


「尚、この命令には拒否権が存在しない。

 君にとっても理にかなってるんじゃないかな? 成さなければならぬことがあるのだろ? ならこの命令は受諾するべきだ、否は無い」


 こちらの疑問に負い目もかけず目の前の初老は淡々と続けた。


「軍隊に所属するためにはどこかしらの軍師学校を卒業しなければいけないでしょ。ならここで退学する俺は軍人になる資格はありません。

 なのにどうして俺を入れようとするのですか?」


 そうだ。なぜ俺を軍人にしようとするのだ。退学するということは軍人になるにふさわしい能力が備わっていないということだ。だから尚更わからない。


「シャウマン君、別に軍師学校に入らなくても軍に入隊することができるのだよ。ただ学校にいかないと尉官以上の階級に上がりにくく、指揮権を握ることが難しくなる。

 もしそうなれば学園で1位2位の強さを持つ君は自由に動けなくなると、きっとフォストル先生はそうお思いになって君をここに行かせたんじゃないかな、退学になってしまったけど。

 でも君ならきっと1年あれば中尉くらいまでならいけると思うよ。私は君が戦場に立つにふさわしい実力と知識を持ち合わせていると判断した、だから君にはこれから軍人になってもらいたい」

「――――――――――わかりました」


 俺は覚悟を決め、申し出に対し承諾を下す。迷いや不安はまだ残るが再び戦場に立つ機会が得られるのなら願ったり叶ったりだ。


「これより命ずる。シャウマン上等兵、末学期が終わり次第荷物をまとめて寮から退寮しろ。その後はエデルぺ暫定少尉が所属予定の特異打撃軍に所属し、彼の率いる一個部隊で成果を上げろ」

「了解」


 声音を切り替え緊張感のこもった雰囲気を瞬時に周囲にまき散らしながら学園長が命令を下す。

 命令に対しとっさに身体が反応し、ほぼ本能に駆られて敬礼をした。記憶は薄れど身体が覚えているというのは様にこのことなのかもしれない。


「まぁ学期末が終わるまでもう少しあるからいろいろ見て、それからみんなに最後何か言い残してからいきなさい。仲間が学友なりなんなりいるのだろ?

 みんな入ってきて構わんよ」


 ドアがガシャンと音を立てながら勢いよく開き、見慣れた者やあまり面識のない者までもが入ってきた。


「ギーディアス? セシリア? あとお前らまで……、」


 他にファマスやエリナス、エリュシオン・カーマといったか、あまり面識のない人まで入ってきた。


「クレール、そ……卒業おめでとう……――!」


 気まずいのか、セシリアが突拍子もない発言をかましてきた。


「違う、俺は退学するんだってさ。でも軍人になれるみたいだから別に構わない。

 タイタンといつか戦えるのなら階級なんかどうだっていい。

 今度は絶対逃げない――、会ったらぶち殺してやるよ――……」


 俺は答えて見せた。静謐に、残酷に現実を突きつけるような声音で。あの後悔はもう繰り返したくない。死ななくてもいい人間を死なせてしまったことは、己に課せられた罪に等しいのだから。

 

 その場にいた者はこの違和感を察したのだろう。さっきまでのヘラヘラした様子が、一気に緊張を張り詰めた面に変貌した。

 昨日までの不愛想なクレール・シャウマンという人間はもういない。その場にいるのは、これから戦場に立つ11の年の小さな少年兵、クレール・シャウマン上等兵だ。

 俺はきっと多くの者を殺す。この現実から目を背けてはいけない、多分この罪悪感を感じることができるのはまだ人であることの証だ。それだけは失いたくない。死なせたくない奴がいるのと同様に。


「クレール、私はあなたに必ず追いつく、だから向こうで先に死なないで。死なれると私の目標が果たせない。それにあなたがいないと・・・・・・、きっと、――前に進めないと思う」


 セシリアは重く引き攣った相貌をうつ伏せながら、でも決して引き下がらないであろう眼光をかすかに見せながら言った。彼女なりの覚悟だ、ならそれを受け止める必要がある。

 ――故に。


「死なないから大丈夫。でもなるべく早く来てくれると助かる、きっと勝手に進んでいってしまうから……」

 

 これは自分なりの答えだ。これは彼女の不安に寄り添えたのだろうか、それはまだわからない。


「安心しろ女、こいつはもうすぐ私の部下になる。私の部下になるからには勝手な真似はさせない。だから気兼ねなく強くなって、そして戦場に来い」


 ギーディアスが腕を組んでドアに身体を寄せながら、俺と彼女の合間を拭うようにフォローを入れてくれた。

 さすがは王家と言ったところか、自然に彼女の不安を取り払うだけでなく俺が言葉にできなかったところまで補填してくれた。

 これは彼が上流貴族との交流で培った繊細な技術なのだろう。


「っまあ、お前がいなくなるのはちょっと寂しいかもな。なんだかんだ一番関わってきたし……尚更な」

「何なら一緒に退学して特異打撃軍に来るか? 地獄続きで楽しいかもな」

「よしてくれよ、今の俺たちじゃ何にも役に立たねぇよ。それにそこは精鋭部隊だろ?」


 らしくない様子で、ファマスは少し寂しげな様子だったが冗談をぶつけてやるとそんな様子は蚊帳の外に散っていった。

 エリナスは何も言わずただじっと立っていた。俺がいずれ戦いに身を投じることはきっとわかっていたことなのだろう。


 もういいだろう、十分やるべきことはやった気がする。ならもうここに思い残すことなんて何もない。ないのならはやく次に進もう。


「学園長、気遣いありがとうございました。最後に友人の顔が見れてよかったです。それでは、ここで失礼させていただきます。今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました」

「ああ、休暇の時にはたまに顔を見せておくれ。

 それとプロセル君、あとで君に話があるから残っておくれ」

「え? あ、はい」


 再び姿勢と正し、身体を学園長の方に向けながら最後の挨拶をした。挨拶をしたのちに反対側にある廊下に出るためのドアへ一直線に進んだ、何の迷いもなく進んで見せた。――――が。

 行く手を遮るように、オッドアイの少女が阻んできた。


「お前は……、確かセシリアの」

「さっきセシリーが追いつくって言ったです。だから待っててほしいです。私たちは必ずクレール君のところに行くのです。

 だからその時は……、その時は一緒にみんなで戦いましょう――です」

「――わかった。でも一人ものすごい嫌そうな顔をしてる奴がいるけど、――大丈夫そうか?」

「任せてくださいです」


 こう返事は返ってきたものの、ファマスは青ざめながら身体全身で拒否をしていた。見た目のわりに一応は平和主義な奴だ、よほど戦うのが嫌なのだろう。

 ていうかいつ仲良くなったんだ?


「じゃ、」


 今度こそ俺はドアを開けて次なる舞台への一歩を歩みだした。

 

 今俺を突き動かしているのは憎しみか、使命感かはまだわからない。そんな差異はもしかすれば何ともないのかもしれない。だが関係ない、今やるべきことは確定された未来を掴むために進むことのみ、ならばこの身を焦がして見せよう。

 ――たとえそれが望まぬ結果になろうとも。


   †


 数か月後、


「もういいのか?」

「ああ」


 寮の前にはついこの前卒業して、晴れて少尉の位を授かることができたギーディアスの姿があった。俺の準備を待ちすぎて暇を持て余しすぎたのか、うとうとと壁に頭を何度もぶつけながら睡魔と戦っていた。


「なら行くぞ」


 そうして俺たち2人は足並みをそろえて戦地に赴いた。

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