11話 血気喰らうは怪訝の礎 part2

 轟轟と猛る刃が獲物を弄ぶように迫り来る。もうその姿に人間であった頃の面影はない。今目の前にいるのは人の姿をした化け物そのものだ。

 異変に気付いたのか、今いる中庭を通った生徒や教師が状況を理解し応援を呼びに行ったように見えた。


「――はっ。もう遅いっての……」


 もう動かない、えぐれた左肩を手で押さえながら諦めをつぶやく。私の神器を技量を以ってしても敵う相手ではなかった。

 敵の状態なんかどうでもいいと、はじめから興味なんぞ持っていないと言わんばかりに眼前の化け物は遠慮なく私の首を執拗に狙ってくる。

 なるほど。ただの化け物ではなかったようだ。奴は暴力を愉しんでいるわけではなく、ただ的確に殺そうとしているのだとようやく気付いた。

 しかし、気付いたところで何ができる。力の差は明白、動きも技術も。今の私と比べたところで勝算はない。こうなった以上私ができることは救援が来るまでこの場に押さえつけることのみ。

 舌打ちしながら、かの女教師の頼みを聞かなければよかったと後悔をした。なんであんな頼みを私は引き受けたんだ。


「おいクレール。お前は何のために戦う。お前は何を果たすために今ここにいる。

 目的があるのなら早く戻って来い」

「――――――――」


 叶わないと知りながら彼本人が眠っているであろう魂の最奥に呼びかけを試みたが、案の定返答はない。返答の代わりに凄まじい剣戟が私を突っぱねる。

 もはやこいつを止める術はもうないのか。何かあるはずだ、たしか学校に来る前も何度か正気をどこかに飛ばしていたらしい。いつかは忘れてたが裏で情報に詳しい上の人間同士で話していたのを小耳にはさんだ。

 しかし己を失なった経験があるというのに今ここにいるということは帰ってこれたということ。

 ならば連れて帰る手段があるはずだ。


 私は有り余る知識と経験を探りながら必死の狂いで攻撃を防ぎ続ける。ところが確信に至るものが何一つない。思い浮かんだと思えばその思考はすぐ現実によって打ちひしがれる。

 さらに自身の身体は長持ちするはずがなく徐々に力が失ってゆく。そこに漬け込んだのか、目の前の奴は俺の死角へ一気に回り込みこちらに向かって蹴りを入れてきた。

 たまらず衝撃を抑えようと攻撃が来た反対方向に身体を叩きつける。致命傷は避けたものの左肩が地面を擦ったことにより体全身に激痛が走る。


「——もはやここまで・・・・・・か

 もうすぐ剣術教師とかが来てくればいいが・・・・・・」


 もう体が限界だ。本来この傷なら動かなければ死ぬことはないが、状況が状況だ。動かなければいずれ討たれて死んでしまう。少しでも動かそうものなら全身が悲鳴を上げ、傷は痛み血は滲む。ほんの一瞬の出来事のはずなのにこうも形勢が変わってしまうのか。

 本当の殺し合いを私はしたことがない。だから今、殺される恐ろしさを初めて知る。決して揺るがない力の差に絶望し、もうすぐ死ぬのだと理解しそれを享受する。不思議と死ぬことに不安はないし覚悟もなぜかとっくにできていた。

 

 じりじりとこちらに歩み寄り、ついにはとどめを刺そうと急所を探りこんできた。

 様子から察するに、どうやら一撃で仕留めてしまおうとしているそうだ。


「――っは、やるならとっととやれ……

 私はエデルぺ家の人間。王家の人間である以上、無様に死ぬわけにはいかん。最期くらい華々しく散ってやろう……――」


 赫黒色の剣が黒き稲妻を纏いながら上がるのが見える。軌道から考察するに、左首元から入って右脇腹へと流れる、すなわち即死だ。

 死を待つように重い瞼を下して瞳を閉ざす、そして剣が首元を刎ねるのを待っていた。

 ――――――――――が。

 どれだけ待てど留めの一撃は来ることがなかった。

 なぜだと疑問を自身に投げつけながら再び開眼すると目の前には剣をはじき返し五体満足で立つ者の姿があった。


「息があるのなら下がりなさい。今のあなたではなにも役に立たないでしょう」


「あ――――。なんだ、あんただったのか。来るのが遅いですよ”戦女神”先生」


 目の前にいたのは私にネチッこくクレールに稽古をしろとお願いを申し出ていたフォストル先生だ。この名を知っているのはおそらく他にいないだろうが、なぜか先生はものすごく不機嫌な顔をしていた。今にでも噴火しそうな顔だ。


「ふざけたことを言えるのなら大丈夫ですね。そこの二人、担架はもう必要ありませんのでそこに置いておいてください。その代わり私に加勢していただけると助かります」


「はっ……、はいです――!」


 その後ろに控えていた二人が担架を勢いよく下し、それぞれ距離をとりながら剣を抜いていた。おそらく彼女らは先生の援護が容易な位置に移動したのだろう。

 いわば陣形だ。この陣形は戦場でしか基本使わないためこの学校ではまず教えられない。おそらく先生がこの土壇場で教え込んだのだろう、結果として所々が粗雑になっている。


「ギーディアス様、彼があの状態になってからどれほど経ちましたか? 時間がたつにつれて彼を戻すのは難しくなります」


「――5分も経ってない……。先生、一体何をするつもりですか? あいつに近づくのは危険すぎます……――」


「クレール様を戻して参ります。私なら何も問題ありませんよ。神器などなくともあなたたちよりは強いですから。」


 自信に満ちた声音で彼女はそう言う。おそらく彼女にとってはこれは想定内の出来事なのだ。様々な可能性を思慮し、それに対抗するべく数多の対策を用意していたのだろう。

 さすがは元軍人で在り戦女神だ。


「エリナス、私たちはこの人を守るから大丈夫。だからそっちはクレールに専念していいよ」


 距離をとり私の斜め背後にいた彼女は言った。

 どうやらこの陣形は先生を守るためではないらしい。私を守るための陣形となっていた、であればこれは粗雑なんかではない。ある意味洗練された陣形といえる。

 学生もどきがたいしたものだと、すでに死に体となりながら深く関心を抱く。


「あなたたちはそのままの状態でいてください。むしろ動かれると困りますので」


 剣を抜かずに眼前のクレールに詰め寄ろうとするが、気迫が強く近づこうにもできないことが見て取れる。しかしながら剣を持たずに近づくのは野暮ではないかと思ってしまったが、実戦経験の豊富な彼女ならきっとこんなことは朝飯前なのだろう。

 

 気のせいか自身の負傷した部分の痛みが引いているような感じがする。いや、身体全体の疲労や苦痛が癒えていくような感じがする。なぜだと疑問に感じながら私は辺りを見渡し状況を確認した。


「あっ! 動かないでほしいです! 動かれるとうまく医療できなくなってしまうです……! だからあなたはじっとしててくださいですぅ!」


 治療? 斜め後方にいたオッドアイの少女が慌てぶりながら言葉によって私を静止させた。

 なるほど、彼女は陽の属性を有しているのか。現在では陰に並ぶ希少属性なもので理解するのに数秒ほどかかってしまった。まさかこの学校に陽と陰の両方が揃うとは思いもしなかった。

 疲労困憊すぎて声は出せないが、自身を助けるだけでなく治療までしてくれたことに私は心の声で深く感謝をした。

 ――きっとこの恩はどこかで返そう。


 詰め寄る刹那、―――

 攻撃の一手は向こうから始まった。豪快で大胆であるが人の急所を射抜いたきわめて正確な一撃だ。どんな人間であろうとあれをまともに受ければまず死ぬ。

 しかしその一撃は何のこともなく悠々と流されることになる。

 驚くことに彼女は当たり前のように流るる渓流の如く剣をいなして見せたのだ。この瞬間、私はクレールがどうしてあの繊細な剣術を持っているのかということに納得がいった。彼は師に恵まれていた。

 理解できる。あの人は魔術を行使したのだ、水と風の。魔術かどうか見分けがつかないほどの小さな妖気であったがあれは誰もができるような代物ではない。戦場を生き抜いてきた彼女だからこそできる究極に等しい業だ。

 先生は攻撃の合間を潜り抜けながら地面に落ちていた彼の赤布を拾い上げ、間髪を入れずに一気に距離を詰める。それも一瞬の間に。


「――クレール様。そろそろ帰ってきてください」


 勢いを留めることを知らず後ろに回り、先ほど拾った布を少年に巻いて締める。

――――刹那、

 先ほどまで辺りに満ちていたグロい妖気はすぐに晴れ、荒れ狂っていた少年は先生の前に倒れこんだ。

 そう、この永遠にも感じる一瞬の出来事は終わりを告げたのだ。

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