10話 血気喰らうは怪訝の礎 part1
唸る剣戟と沈黙を貫く中庭。かつて上流貴族によって賑わっていた面影は、もはやもうない。
なにせここで剣をぶつけ合っている者は神器を持つ化け物達なのだから。皆恐れて慄き近づく付くこともままならない。
観る事さえ許されない。
「おいどうした、お前が神器を使いこなせるようにとわざわざ手加減しているんだぞ」
片手でヒョヒョイと剣を振るいながら、けれど決して手を抜かずにかの王子はいう。
確かに力は抜いてくれているが、それでもその剣戟はそこそこ速い故に慣れる必要がある。
「っ――!、やってるさ。でも妖気が剣に伝わらない」
一度戦ったことがあるはずだが何故かどうしても慣れない。神器に身体の妖気を流し込もうとしているせいなのか。
こちらに繰り出される剣を丁寧に跳ね返しながら俺は自身の奥深くにある魂と呼べる箇所への集中を試みる。
されど魂は己の意思には答えず、一向に攻め続けられるまま。
「いちいち技術に頼っていればいずれ限界が来るぞ。ゆっくり魔術回路を開くイメージをしていれば勝手にできる」
「できないんだって」
俺の状況なんぞ知ったことかと言わんばかりに、ありとあらゆる方角から剣がこちらを射止めやんと襲ってくる。
まるで正反対の戦い方をしてくる。俺の戦い方は敵の攻撃を完璧に近いほど正確に防ぎながら一瞬の隙を見抜き急所を穿つ、いわば一撃必殺。
対しギーディアス・エデルぺがおこなうは力に頼りながら、けれど自身の運動能力と頭脳を利用し数で押し切る、多撃滅殺。
もしも向こうの体力のが上だったのならば、防ぎ続けている俺にはもはや勝機はないだろう。
だから嫌いだ。
どうにもできずひたすら受けに専念している俺を見兼ねたのか、激しい剣の雷雨は突如として止むことになる。
「お前、まさか回路が使えない代わりに妖気を直接身体に流しているのか——?」
はっと動揺した様子で恐る恐る彼は聞いてきた。
「ああ、前は魔術回路に通す練習をしていた。でも俺の魔術回路は自分の魔術、妖気を拒絶してたからいつの間にか身体に流して凌いできた。
それに妖気を流せばそれ自体を拒んでくる。だから魔術回路は使えない」
「――っは、聞いたことないなそんな荒技は。おそらく人間の中でそんなふざけたことをしてる奴はお前だけであろう
お前よく今までそれでやってこれたよな」
剣を杖替わりにして地面に突き刺しながらこちらの答えに対し軽蔑を込めた返答を返してきたが、その様子には賞賛を送っているようにも見えた。
「なあクレール、なんでお前が魔術回路を使えないのか教えてやろうか?」
「――――――。」
何やら彼は原因を知ったような口ぶりをしていた。
だがその原因がわからない、しかしおそらく生まれた時から使えないでいたであろう自身の魔術回路が動かせるのかもしれない。
ならば期待を馳せながらその原因とやらを黙って聞くことにしよう。
「それはお前が恐れているからだ。恐れているといっても様々ある。
例えば過去のトラウマや培ってきた経験、あとは悪夢に苛まれるとかがそれに値するだろう。
もし該当するものがあるのならば一刻も早く克服する必要がある」
怪訝の顔を浮かべながら淡々と説明をしてきた、ところが。
彼がいった該当事項のすべてに当てはまっている気がした。
忘れていた、前進こそすれども立ち向かうことを忘れてしまっていた。怖いと思ったことに対して俺は逃げていたんだ。
前世のようにはなりたくない、あの夢で見た自身の姿にはなりたくないことに変わりはないが逃げ道を作っていた気がする。どれだけ前向きな考えになろうがその事実はきっと変わらない。
きっと俺は物や誰かに頼りながら現実から目をそらしていたのかもしれない。
俺は確定された事実から目を背けていたのかもしれない。
希望に縋りつくような考えをしているようではいつか足元を掬われてしまう。
現実は希望に満ち溢れているわけではない。
だってあの時見ただろう、クルグスで見た血と炎の海を。そう、世界は残酷で満ちている。今いるこの都市はそんな世界から皆を遠ざけているだけで一歩外に出てしまえば地獄が広まっている。
いずれここを卒業すればそこに行かなくてはいけないのだから希望を持っていては目的を成せずに死んでいってしまう。
「ギーディアス、目が覚めた。もう一度剣を構えろ。
今度こそこの神器を使いこなしてやる」
両手で自身の頬をぶん殴り俺は再び剣を構える。
「もう何か掴んだのかよ……、まあいいさ。
今のお前のその目、その冷徹な目が唯一の取柄なのかもしれないな。
来いよ、何を考えているのか知らないが最後まで付きやってやる」
自分でも気づけなかったが、気持ちを切り替えたことによりどうやら顔つきも変わったらしい。人はやりようによってはすぐに変わることができる、その才覚が俺にはあるかもしれない。
こちらの敵意を感知したのか、向こうも同じく剣を構える。両手で構えていることから察するに、おそらく一切の妥協も許されぬであろう。一歩間違えれば死ぬ、これから始まるはもう稽古ではない。稽古を模した殺し合いに他ならない。
もう一度深く集中する。今度はもっと胸中の深く、自身が感じ取れる魂よりも奥深くを目指す。外野など気にせず自身の感じ取れぬ未知の領域まで精神の手を伸ばす。
手で邪魔なものを搔い潜りながらひたすら進み続ける。
さすれば今まで到達したことのない、形のない世界が広がる領域まで到達することができた。
やがて空っぽの空間にあるはずのない、黒く禍々しい結晶を捕らえることに成功する。おそらくそれは自身が探し求めてきた到達点であろう。
眼前の結晶にありったけの妖気を流し込む。通常の量では流れないため莫大な量をただ流し込む。
瞬間。
自分が見ていた世界に黒い霧が出現し、世界が閉ざされた。
剣を掲げ身体と一体化させるイメージを作り、一気に妖気をぶち込む。
「クレール――? お前、――――――――まさか」
込められた禍つように剣に纏わりつく妖気は、持ち主の一連の動作によって標的をめがけて一直線に飛んでくる。
「――っ! 受けきれねぇ……!」
それは迷いもなく獲物を喰らいつかんと一方的に襲った。
ギーディアスは向かってるものに対しとっさの反応で防ぐことに成功するが、自身の力を以ってしても完全に受け流すことに失敗し左肩をかすめてしまう。
ところが、かすめたはずなのにその肩には酷い裂傷が滲み出る。傷は深く、動かすこともままならないだろうと自覚する。
「お前、本当にクレールなのか?――。
…………おい、変な冗談はやめろお!」
ついさっきまでの様相とはまるで違っていた。その力は自身よりも圧倒的に強くなっている。
赤い首巻きが剥がれ落ち、その相貌はついに姿を現した。
願いは虚しく、これは冗談ではなかった。今目の前にいるのはもはや人ではない。血を貪り死を謳歌する魔物の頂点、生物としての完全体ともいえるその姿。
「こんなもの、ブラッド・メアみたいじゃないか……。私は一体なんて奴を目の前にしているんだ――……」
古い書物に出てくるようなその姿は恐ろしいなんて言葉では言い表せない。
自身の行いを後悔した。あの日女教師の頼みを聞かなければよかった。今日、こいつに稽古をしなければよかった。
ギーディアスは絶望の化身を前にしながら、ただ後悔を並べていた。
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