9話 英雄の片隅、躊躇を射殺す

「セシリー、次の剣術の授業一緒に組んで欲しいです!」


 自身の背後から気さくに話しかけてきたのは、編入以来初めてできた友人のエリュシオン・カーマ。

 彼女は私が編入してからすぐに話しかけてくれた子であり、この学校についてよく教えてくれた。

 この子は少し珍しく、蒼玉色と黒瑪瑙色の瞳を持ったオッドアイである。しかし髪の色はごく普通の黒髪で首元までしか伸ばしていないそうだ。

 正直彼女のおかげでかなり充実した学生生活のスタートをうまくできたと思う。一人のままだったらきっと私は耐えることができなかったかもしれない。

 クレールはいつも無愛想だから友人作りにはすごい苦労してそうだけど、この前に友人らしき人ができたとかなんとか言っていたし、きっと大丈夫だろう。

 ていうか彼は一人でもなんとかするだろう。


「いいよ。今日はちょっと本気で行くかもだから覚悟しといてよね。

 よそ見してたらすぐに一本取るからね」

「セシリーが本気出したら目で追えなくなっちゃうです。お願いだから手加減して欲しいです」


 よほど私の剣が怖いのか、メガネの浮かせる勢いでこちらに近づき懇願してきた。

 そんなに怖がらなくてもいいのに。


 いつもの他愛のないやり取りをしているうちに剣術の授業になった。

 剣術の授業といっても普段は2人1組で剣を交え合い、教師は巡回しながら生徒たちに指導するという形式だ。


 自慢ではないが速度には大変自信がある。誰も自分の速度には着いてこれないだろうと確信している。いや、していた。

 クレールと初めて対戦した時に私の動きを看破され、打ち負かされたことがある。あの時は本当に驚いた。

 だって私のこの速度はパパ仕込みなのだから。パパは武家貴族でもないのに魔術の技術がやたらと高く、私はその血も技術も引き継いだ。だから驚いた。


 それでも通じなかった。クレールだけではない、目の前で対峙しているエリュシオン、もといエリューにも私の戦い方を見破られてしまっている。

 彼女は私の動きを目で追えなくなると言った。だがそれは目で追えなくなるだけで戦えないというわけではない。

 ただ己の直感のみで私の剣撃を避けては受け、時にはいなして見せた。

 

「もうさすがに慣れてきたです。今度は私が反撃する番なのです――!」


次点の攻撃を予測したのか、彼女は避けの姿勢も取らずに剣をこちらに向けた。その構えは模範的でありながら同時に芸術的で気を抜くと魅入られてしまいそうだ。


「――⁈」


 自身の間合いであると確信していたが打ち勝つイメージが付かず身体の軌道をずらそうと試みる。しかし時すでに遅し、私の身体は一直線に彼女の方へ向かってゆく。


「もらったのです!」


 どうすることもできないままこのまま負けを確信していた刹那、驚くことにエリューは私を身体で抱きしめるように受け止めた。


「――、今の勝機だったのに――。なんで剣を振り下ろさなかったのよ?」

「大事な友達に剣を振り降ろすことなんてできないのです。たとえ授業であろうと稽古であろうとセシリーを痛めつけるようなことしたくないのです」


 目の前の少女は優しかった。相手を傷つけるため、殺すためにに学ぶに等しい剣術の授業で友人を傷つけることはできないと言った。

 きっとその心は穏やかだ澄みきった空間が広がっているのだろう。

 

「……ったくエリューはとんだお人良しよね。そんなことが許されるの私だけなんだからね。

 他の人にそんなこと絶対したらだめだよ?」

「わかってるのです」


 試合を放棄するような真似は本来相手への冒涜に値する。それは対戦相手の剣にかけた誇りを蝕む行為であると皆考えているからだ。

 しかし私は私の剣に誇りはない。誇りはないが自信ならあった。

 でもそれはもう過去のことだ。私は弱く単純であった。

 そんなわけで私は剣に特別な思いも持ってないないので彼女にこんなことされても別に怒る必要もない。それに彼女は私を傷つけたくないと言ってくれた。それはすごくうれしく思う。


   †


「セシリー何かあったのです? なんか最近ずっと暗いように見えるのです」 


 放課後、私がうつむいていると下から様子を窺うようにエリューがこちらを覗いてきた。


「ん――、ちょっとね。編入してからいろいろ見てきたけど、私実はあんまり強くないって最近感じちゃってさ。だってだんだんエリューに抜かされそうになってきてるし」

 

我慢せずに、うつむいたまま私はこぼれそうな気持ちを少しずつ吐き出す。


「しかもこの前の模擬戦見たでしょ? クレールってあんな戦い方しないんだよ?

 彼は技術よりも勢いで戦ってきたのよ、それを私は一度見てるし実際体験したことある。

 でもこの前の彼は違っていた。自身の弱点を理解し補うように技巧に意識を向けていたように見えた。

 私どんどん彼に置いて行かれそうな気がするの、もしかしたら必要ないのかな」


 しまった。思わず秘めていた感情が漏れてしまった。

 

 そう、私はクレールに置いて行かれるのは怖い。学校に編入してから私と彼の距離はずいぶんと離れてしまった気がする。

 彼はどんどん自身の足りない部分を把握し、弱点を補える部分を拾い上げて磨き上げながら着実に成長している。陰も徐々に使いこなせつつあるように思われる。

 それに対し私は編入してから何も変わっていない。何一つとして成せていないのだ。剣術も魔術も、あの事件に関する情報さえ何もつかめていない。


「一体なんのためにここに来たのよ私は! 強くなって――、情報を集めて――、そしてパパやママを助け出すって決めたのに私は何もしていない!

 これじゃただ自分に甘えて学校を楽しんでるだけじゃないの――!」


 これは自身に対する怒りだ。誰に向けているでもなく、ただ自身に己の怒れる感情をぶつけているだけ。それは何も意味を成さない行為だ。

 私は机を何度も殴りながら、気に入らない自分に対して怒鳴り続けていた。だってそれしかできないのだから。誰かに置いて行かれるというのはあまりに辛すぎる。

 おそらく誰であろうと皆同じように感じるのだろう。


「セシリーは強い――、とは思うのです。でも、あまりにまっすぐすぎるのです。剣も考え方も一直線なのです。

 だからあまり成長できていないのかもしれないのです。もっと他のことに目を向けてみるのもいいのかもしれませんです。きっとそのせいでセシリーの成長は現状止まりなのだと思うのです」

「――まっすぐすぎる?」

「そうです。君はきっと自身の速度に頼りすぎていているのだと思います。クレールの動きを見れば、もしかすると何か得られるかもしれないのです」


 そうだった。私は自身の無力さに怒りを投げるばかりで何も考えていなかった。自分とは何なのか、自分には何ができて何ができないのかを思考するという単純なことさえしなかった。

 おそらくそれがきっと私の足りない部分なのかもしれない。


「情報を集めてると言っていたけど、たぶん君は書物ばっかり漁っていたのではないのです?

 もしかすれば学校の中に情報捜索を専門に取り扱っている先生がいるかもしれないですよ。人に聞いてみるっていうのも一つの手だと僕は思うです」


 彼女はそっと私の手を握り上げて、優しく、けれど無邪気な声音で私に助言をしてくれた。

 そうだったんだ。私は一直線過ぎたんだ。

 だから何も掴むことも身に着けることも、成長することもなかったんだ。


 今更であるがようやく自身に足りない部分を理解することができたのかもしれない。

 きっと一人だと何も変わらないままだったと思う。彼女、エリューがいたからこそ自身の弱点に気が付くことができたのだ。


「セシリー。君の足りない部分は僕が満たすのです。君が自分をわからないのなら僕が君を見つけてくるのです。

 だから、一人で抱え込まないで僕にぶつけてください。僕はセシリーの友達なのですから」

 

 彼女は止まることを知らず、私が言ってほしいことをまっすぐぶつけてくれた。

 

 友人が私のことを想ってぶつけてくれたんだ。このまま立ち止まるわけにはいかない。私は彼女の期待に応える必要がある。友人が背中を押すのならそれは同然だろう。

 それに今のままじゃクレールに置いて行かれてしまうだけでなく、彼は一人で戦いに行ってしまうであろう。

 私は彼にそんな悲しいことをしてほしくない、誰かと共に戦って生き抜いてほしい。

 そしてその隣には私が立ちたい、私が彼のそばで共に生き抜きたい。

 しかしそのためには今の自分を変える必要がある。

 

 エリューが言った。もっと他のことに目を向けたほうがいいと、人に聞いてみるのもいいかもしれないと。

 

 ならばまずは彼女の助言を参考にして動いてみよう。今はいわれるがまましかできないが、続けていけば自分で新しい発見が見つかるかもしれない。


「ねぇエリュー」

「はいです」


 彼女は雲なき優しい笑みを見せてくれる。


「私は今はまだ何もできない軟弱者だけど――、これからも一緒にいてくれる?」

「もちろんなのです!」


 彼女は迷いなく答えて見せた。


 瞬間、私の中に渦巻いていた靄が薄くなり視界が開けたような気がした。

 このままではいられない、このまま彼を一人で戦わせたくない。隣に立ちたい。

 なぜか変な気持ちが心の底からあふれ出してきたが気にしないようにした。気にすればきっと立ち止まりそうだったから。


「行こう!」


 私はエリューの手を握り返し、繋いだまま勢いよく教室から出ることにした。

 この瞬間が私のスタート時点であると勝手に確信し、ただ進むことにする。きっとこの歩みは止まることを知らぬことであろう。

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