7話 流麗剣舞は剛を劈く

 試合が始まる刹那、互いの剣が火花を散らさんと猛攻を繰り広げる。

 片方は黒く禍々しい妖気、もう片方は煌びやかに輝く翠の妖気。どちらも怖気を知らず歯向かう。

 

「シャウマン家の分際でなぜ私に立ち向かうことができる? 王家の末端とはいえ私と対等に戦おうとするなど甚だしいにもほどがある。だが今のお前は噂ほど恐ろしい奴ではないようだ。

 すぐに楽にしてやるから安心しろ」


 正面から立ち向かっていては無理だと自覚したのか途端に俺から距離を離しながら告げた。


 噂とはきっとクルグスでのことだろう。

 俺はあの時自分に飲まれ、自分を見失って化け物になろうとした。すべてを捨てて戦いにだけ意識を向けることは楽なことだ。

 だが今の俺にそんな真似はできないし許されない。死なせたくない奴がいる、死ぬところなんて見たくないし倒さなければいけない奴がいる。倒さなければ次に進むことができない。

 だから俺は飲まれないし失わない。


 しかし失わないのなら失わないなりの代償がある。それは己の力が制限されることだ。

 自分を保ったまま戦うとなると陰の力が薄くなってしまう。首巻きの恩恵があるとはいえ人より魔術が使いこなせないことに変わりはない。

 それがこのありさまである。


「お前の方こそたいしたことない。なんで俺に恨みを持ってるのか知らないけど迷惑だ。はやく負けてくれ」


 余裕ぶって言葉を返してみたが正直余裕なんてとっくの昔に消え失せてしまった。


 また翠の煌光が眼前に近づき俺を仕留めようとする。動きはほかの生徒より速いがセシリアに比べたらそうでもない。あいつは目で追うのが難しいが、こいつは目だけでも十分に追うことができるし対応もできる。

 ならば己が剣で防いで隙を探るまで。


 そう考えていた矢先、切り結んだ剣が雷に打たれたかの如くはじき返された。力負けしたのかとさえ感じるほどに圧倒的な威力で返された。


「神器使いならこれくらいできて当たり前だ。なのにお前はそれすらできない。

 神器は他とは違い属性による妖気を纏うことができる、自身の魔術回路を剣とつなぎ自身の力を剣に流すことでそれは可能になる。だがお前はそれすらできていない、なぜだ?

 なめてるのか? 私のことを」

「あいにく、俺は魔術回路が使えない、お前みたいに器用な奴じゃないんだよ」


 俺は図星を突かれた腹いせに奴に斬撃を加えようとするが、案の定防がれる。それどころか俺の方が吹き飛ばされる。

 まるで大人と子供の差、それは圧倒的ともいえる領域に達している。

 きっと力では勝てないだろう。そう、力では。


 神器の恩恵で奴の力は果てしない程に脅威だが、同時に技術も卓越している。さすがは王家の人間といったところだ。

 だがあいつは人間だ。人間である以上、必然的に隙は生まれる。


 俺もそれなりに剣の技術は磨いてきたつもりだ。これだけは負けたくない、負けてたまるか。


 いつの日かセシリアと剣を交えた頃のように心を凍らせ神経を研ぎ澄ます。

 履き違えるな。あくまで目的は勝つことであって殺すことではない、その一線を越えてしまうと今度こそ人間に帰れなくなってしまう。

 そう何度も自分に言い聞かせ一呼吸する。

 

 魔術回路は依然として拒否したまま。ならば直接身体に流し込むのみ。

 冷えた身体に禍々しいほどの妖気をありったけ流し込む。

 安心しろ、魔術の制御はこの首巻きが担ってくれる。この鎖がある限り俺の理性は保たれる。


「……ッ」

 

 狙いは一瞬、いつ現れるかわからぬ一瞬の隙を逃さぬべく、獣の如く鋭い眼光で奴の動きを捕らえようと身構える。

 

 侮るな。奴の剣は重くのしかかる。それは自身の力では受け止めることはできない、受けようとした時点で俺の敗北が確定する。

 だが幸いなことに、向こうの剣技は卓越したものであるが洗練されたものではない。時折、雑な動きや綻びが垣間見える。それは圧倒的な力を持っていながら酷く拙いものだ。


「さっさと堕ちろ――――!」


 再び距離を縮め剣を突き出し仕留めに来る。おそらく今度は本当に殺す気なのだろう。

 一撃、二撃、三撃。

 死角から死角へと流れてくる剣は鈍器のように標的を叩き伏せやんとする。

 前提としてその剣を受け止めることは不可能。不可能であるなら流せばよいだけの話。

 だが流すことは妖気を身体に染み込ませた状態であれど厳しい。

 おそらく長くは維持できない、せいぜい耐えて30秒ほど。それ以上長引くのならば俺は間違いなく死に絶えるであろう。


 翠の剣筋は俺を生かすことを許さずひたすら襲ってくる、熊みたくしぶとく執拗に。

 だがそれは可憐に、それでいて華やかな舞のように剣で流されることになる。

 それは己の技量によって編み出されし究極の秘術、長年の稽古で生み出された唯一の技術。それは極限まで鍛え抜かれた者しか扱うことが許されず、誰も到達できないであろう。

 あいつと俺の違いはここにある。

 あいつは力も強い上に卓越した剣術を有しているが粗雑な戦い方をしているせいで自身の強さを活かしきれていない。

 そんな半端者は洗練された剣術を持つ者にすぐに出し抜かれてしまう。


 そう、例えば俺のような、魂に数多の死闘経験を宿し、幼少のころから戦女神にしごかれ磨き上げられた者によってそれは簡単に攻略されてしまうのだ。

 奴の敗因はただ一つ、それは自身の技術に慢心し他者の技術を見誤るだけでなく侮ったこと。このいい加減なフライドはいずれ超越者によって簡単に打ち砕かれる。

 例外はない。必ず打ち砕かれる。


 脇が開くのが見える、剣を高く上げ渾身の一打を叩き落そうとしているのだろう。

 その姿には既に自身に満ちた表情はなかった。何かに怯えるように焦りを隠せていない表情だ。

 

 俺は待っていた、この時を。

 もう訪れないであろうこの好機を逃すわけにいかない。


 研ぎ澄まされた神経は相手の隙を感知し、即座に迫りくる剣の軌道をそらし次点の攻撃を予測しながら反撃の準備をこなす。それはもはや装填に近い。

 いなした直後に奴の側面に迂回し、左手に持っていた剣で奴の振り下ろしきった翠剣をさらに叩き伏せる。

 その刹那、自身の漆黒色の剣を奴の首に持っていき反撃を与えぬようにする。もう攻撃の余地など与えない。


「――—――――っ?!」


 すでに身動きを封印された体躯でこちらを見つめる。


「お前の方こそ、俺のことをなめるな。神器に頼ってしまったお前の負けだ。」


 勝敗は決した。

 次元を逸脱するような剣撃の5分も満たない戦いは終わりを迎えた。

 一部始終を見た群衆は中央に聳え立つ赤い首巻の少年をただずっと目に焼き付けていた。

 その姿はどこか英雄でありながら悪魔になりえるようだった。

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