6話 湖北百合、刃の絹

 もうすぐ剣術の授業が始まるのになぜか剣術担当の先生が来ない。

 クラスのみんなは先生を呼びに行こうか行かないかの議論を交わしながらあたふたしている。

 正直呼ばなくてもいいだろと心底ため息をつきながらカルバンとストレッチをしていたらそいつは急いできた。それはもう大慌てで。


「遅れて申し訳ありません! 本日よりこのクラスの剣術担当となりました、エリナス・フォストルと申します。

 他クラスや他学年でも主に剣術の担当をしておりますので、剣術関係でわからないことがあれば何でも聞いてくださいね」


 見覚えがあると思ったらまさかのエリナスだった。

 クラスのみんなは美人が来たとかこの学校に聖母が降臨なさったとか理解し難い言葉が飛び交っており、なぜか俺の横にいたカルバンも似たようなことをしていたので思わず頭を抱えてしまった。

 なんでこんなに騒いでいるのかを自身の後ろにいた人に聞いてみると、この都市では銀髪はとても珍しく貴重な人種だかららしい。まさかそんなとんでもない人だとは俺は思いもしなかった。


 みんなが盛り上がっている最中、俺はなんであんたが学校の教師を務めているんだと疑問を本人にぶちまけたい気分に陥っていたが、俺の前に突っ立っているセシリアも同様のようだった。なにせセシリアは顎が外れそうなくらい口を開いて状況を理解しようと努力を試みていたのだから。


「突然脅かせてしまい申し訳ありません。実は少し事情があってこちらで教師をさせていただくことになりました」


 授業後、俺たちを誰も使っていないであろう応接室に呼び出して事の経緯を説明してくれた。


「実は王都の方で情報の捜査を行っていたのですが、学校の方が魔術や例の襲撃事件などの情報を得やすかったのでこちらの方で調査をしようと思って就任した次第です。

 表向きは教師なのですが裏では王都対策本部として動くことになります。」


 俺たちはてっきり一人寂しくてついてきたのかと思ったが、そんな理由ではなく彼女はあくまで情報収取のために教師に就いたとのことだ。

 

「それにこちらにいれば何か情報を得た時にあなたたちにすぐに伝えやすいですし、何かと都合がよかったのです」

 

 たしかに、エリナスが学校に入れば情報を掴んだ時はすぐに俺たちを呼び出して共有することができる。4年後には卒業して従軍することになるし、それまでに情報が多ければ色々対策もできる。

 きっと彼女なりに考えたのだろう。


「エリナス、向こうで何か掴んだのか?」

「いえ、あの事件は未だ何もつかめておらず事態は難航しているようです。

 ですがひとつわかったことがありまして……」


 エリナスは顔をしかめながら続けた。


「2週間ほど前に偵察部隊と救援部隊がクルグスに赴いたのですが、残っていた住民の死体があまりに少なすぎました。どう考えても家の数と死体の数が合わなかったのです。

 おそらくは巨人は何らかの目的を持って住民を連れ去ったと考えられますが、タイタン以外の巨人はクレール様がすべて倒してしまったのでその可能性は低いかもしれません。

 ただタイタンが一人で生き残りを連れ帰ったということも考えられますしまだ真実は定かではありません」

「パパとママの死体はあったの?」


 セシリアは自身の中で一番知りたいと思われることを恐れながら、けれど立ち向かうように問うた。

 

「いえ、セシリア様のご両親のご遺体は確認されませんでした。おそらく連れ去られたのではないかと、なので生きている可能性もあるかと思います」


 エリナスの返答を聞いてほっとしたのか、セシリアは大きく肩を落とした。

 少女は今はこれでいい、このままでいいといわんばかりに心を落ち着かせる様子を見せた。

 まだ両親が生きている可能性がある。可能性がある限り彼女は前に進み続けるだろう。


「他に何か情報はあるのか?」

「いえ、今持ち合わせている情報はこれだけです」

「わかった」


 エリナスは捜査に難航しているといったが次に繋がるかもしれない大きな情報を掴んできてくれた。

 セシリアの両親の遺体がクルグスに存在しないと分かっただけでも大きな進歩だ。たとえ生きて連れていかれたとしてもその時は戦って連れ戻せばいい。

 そのために今やるべきことは強くなることだ。はやく陰を使いこなさなければいけない。きっとセシリアの両親にタイタンは関わっているだろう。

 俺があいつを討たなければ彼女は自身の両親を探すことができない、先に進むことができない。

 だから俺が強くなってあいつを倒す。

 俺は決して自分を見失わないようにと再び己の目的を思い起こし拳を握りしめ、心の中でその目的を必ず果たすと強く誓った。

 

「話が変わってしまうのですが、この後の午後の授業について少しよろしいでしょうか?」

「ん?なに」

 

 まるで思い出したかのように発せられたエリナスの質問に対し、俺は思わず小首をかしげてしまった。


「実はこの後、あなたのクラスと他クラスの代表者同士で模擬戦をしてもらう予定なのですが……。 クレール様、出てもらえませんか?」


 エリナスは問題児を抱えた教師の如く困った表情で俺にお願いを申し出た。顔色から察するに相当困っているのだろう。


「どうして俺なんだ? 他にも出れそうなやつはいないのか?」

「今回の相手の代表者についてなのですが、おそらく神器持ちであると思われます。もし神器を持っているのならば、一般の生徒を代表にしてしまうとそもそも試合になりませんし最悪の場合死者を出しかねません。

 そしてあなたのクラスで現在神器を所持しているのは……、クレール様だけなのです。

 申し訳ないのですが出ていただけませんか?」


 おろらくエリナスが困惑していたのは相手が神器持ちだったからなのだろう。もしそんな奴に普通の剣で立ち向かうとなれば生きて帰れるかわからない。

 そのことを危惧して俺にお願いを申し出たのだろう。


 でも……。


「別にいいけど今日は神器持ってきてないぞ。魔術の授業ないから必要ないと思って寮に置いてきた」


 そう、今日は神器を持ってきていない。神器がないのならおそらく神器持ちの相手にまともに戦えないのではないか?

 そんなふうに疑問を持っていたのだが。


「そうおっしゃると思ったので私が学校に来る前にあなたたちの寮に寄って持ってきました。なので安心してください」

「え……」


 さすがはエリナスである。伊達に10年近くシャウマン家の執事をしていたわけではない。きっと俺がどのような学園生活をしているのかもきっと把握されているのだろう。

 考えるだけで少し寒気がしてきた。


   †


 修練場の周りを見渡すと大勢の生徒が見に来ており、おそらく俺のクラスや相手クラスの他に午後の授業を受けていない生徒が混じっているのだろう。

 セシリアは群衆に紛れずにフィールドの入り口で観戦していた。彼女曰く、間近で戦いを見たいとのことらしい。

 

 人が見ている前に立つのは少し苦手だと緊張しながら俺がフィールドの真ん中に立つと、眼前に今回の相手となる生徒らしき男が立っていた。

 

「シャウマン……。醜い有り様だな、どうして今もなお生きながらえているのだ?」

「なんで俺の名前を知っているんだ? お前と会った覚えはない」

「お前らシャウマン家は我がエデルぺ家の前に立つことは決して許されない。ここで息の根を止めてやる」


 向こうの殺意が一方的に俺を包み込む。奴は恨み言を言いながら翠玉色の剣を抜いた。どうやらただの模擬戦にはならないらしい。

 なんでそんなに殺意を俺に向けているのか意味が分からないが、おとなしく血塗られた漆黒色の剣を抜く。


「戦闘継続が困難になった者、また戦闘意思の失った者は敗者とみなし、その逆は勝者とする。ルールは以上だ。それでは両者、名乗りを申せ」


「ギーディアス・エデルぺ」

「クレール・シャウマン」


「それでは、はじめろ」


 両者の視線が交わり、剣撃の嵐が幕を開ける。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る