5話 練習、時々青春

 クルグスを去っておよそ3か月後に俺とセシリアは王都軍師学校に編入した。


「初めまして、クレール・シャウマンといいます。クルグスから来ました。よ、よろしくお願いします」

「初めまして、私はセシリア・プロセルと申します。同じくクルグスから来ました。まだエデルぺに来て日が浅いですが今後ともよろしくお願いします」


 編入初日に教室内での自己紹介はとても緊張するものだ。

 俺は緊張の顔を隠せずガチガチになりながらしゃべってしまったがセシリアはどうやら人前には慣れているらしく、教室の前で饒舌に自身の紹介をしてのけた。

 さすがは野菜屋娘だと思わず感心してしまう。


 しかし自己紹介を行うと俺たちを歓迎するように教室にいた生徒は温かな拍手をしてくれた。

 少しセシリアに挫折感を抱いてしまったが教室の皆が温かく迎え入れてくれたので今は良しとする。


 学校での生活は案外シンプルなものだった。

 朝はみんなで教室に集まって朝礼を行い、そのあと正午までいくつか休憩をはさみながら授業を行う。

 正午になれば小一時間ほど休みの時間が設けられるので大体の人は1階の正面玄関横にある食堂で食事を行う。たまに中庭にある園庭で食事を行う人を見かけるがそこは位の高い貴族階級を持った生徒が使うらしく、一般の人はとても使える状況ではないのだそう。

 ちなみに俺が持つシャウマンの性は武家貴族としてはそこそこ位が高いのだが貴族全体でみればそうでもないとのことらしい。シンプルにショックだ。


 正午の休憩が終わればすぐに午後の授業を行う。この時間は稀に他学年や他クラスとの模擬戦が行われるそうだ。

 夕方になれば一度教室にクラス全員が集まって終礼を行う。教師が明日の予定やお小言などをぶちまけて気が済めば無事解散となる。


 以上が学校での生活サイクルである。

 また、この学校は全寮制でいくつかの寮があり、そのどれも門限がとても厳しく少し遅れて帰ってきてしまうだけで一週間寮内の掃除をさせられることも少なくない。

 そういうわけもあってかみんな近くの木に登って窓から自分の部屋に入ったりなど多種多様な掃除回避の工夫が施されている。


 俺とセシリアはいきなり編入するものだから部屋が空いておらず2人で同じ部屋を使っている。よく門限遅れがバレないようにうまく連携していることは言うまでもない。


   †


「なぁシャウマン、これ教えてくれよぉ……。頼むよ……。今度の昼飯おごるからさぁ」


 今日最後の授業が終わると同時に後ろから赤い髪でエリナスと同じ紫水晶の瞳をウルウルさせた大男が話しかけてきた。

 こいつはファマス・カルバン。去年貴族の入試とは異なる一般の入試過程で入学したらしく、貴族の生徒ではない。一般の市民の奴でその中でも特に貧しい家庭で育ってきたらしく、従軍して親を楽させてやりたいという理由で軍師学校に入学したとのことだ。

 そのためまともな教育を受けずに育ってきたから勉学にはとても苦労しているそうだ。


「わかった。終礼が終わったらやろう。

どこでやる? このまま教室に残ってやるか?」

「マジで助かる! 悪いないつもいつも」


こうして残って勉強するという意識は大変よろしいのだが……。


「っで、お前はどの飯が好きなんだよ? 一回の食堂はマジでうめぇんだからお前もなんか勝負飯でも決めておいたほうがいいぞ?」


 こいつはなんでいつもいつも脱線して余計な会話が始まるんだよ。俺が毎回勉強の話に戻してるのに気が付いたら、あれだこれだと意味の分からない方向へ話が飛ばされてしまう。

 もはや才能だろと思わず思ってしまうがここはグッとこらえるべき時だ。


「いや俺は食堂を使ったことがない。いつも弁当持って行ってるからそもそも行く必要がないんだ」

「そういやお前セシリアって子と同じ部屋に住んでんだっけ? いいよなぁあんな美人に弁当作ってもらえるとか。お前幸せ者だな」

「うるさい」


 俺は少し照れてしまったがうまくごまかせたはずだ。大丈夫。

 実際弁当はセシリアが作ってくれるから本当に食堂に行く必要がない。というよりも彼女の作る料理はエリナスの作る味に似ているから今は食堂に行きたくない。

 なによりこの味を忘れたくない。


「ていうかなんでお前はいつも勉強から話が脱線するんだよ。ここわからないんだろ? もういいのなら俺は帰るぞ」


 俺はもう我慢の限界だった。


「ちょちょちょ悪かったって、俺が悪かったよもう……。ほんとはここはわかっているから大丈夫だ。

 ほんとはお前のことが知りたかったんだ。

なんであんな美人と同室なのか。なんでこんな時に編入してきたのか、編入の理由は学園内で噂されていたから多少は知ってる。だから聞かないでおくよ。

 あとはなんでお前は陰を使ってもそこまで正気を保っていられるのかってことだ。こいつに関してはすごい気になる。

 だってさ、陰を使ったやつで正気を保ってたやつなんか見たことないって言われてるんだぜ。実際見たことないし」


 正直すごい痛い部分を突いてきたなと感じた。そのせいで少しイラついていた感情が一気に静寂になってしまった。

 そりゃ魔術の訓練でみんなとかけ離れた種類の魔術を使ってるんだからいずれは聞かれると覚悟していたのだが……

 正直どう説明すればわからない。


「ここに来る前に実は何度か陰に飲まれたことがあるんだ。でも編入前にある人からこの首巻きをもらってさ、この首巻きには魔術使うときに出る力を抑えてくれる機能があるんだ。

多分訓練で陰を使っても平気なのはこの首巻きのおかげだと思う。

 あとはもともと陰と親和性が高いってことかな?」


 うまく説明できただろうか? 自分の中ではできるだけ丁寧に説明した部類になるのだが。


「へぇ――。いっつも首になんか巻いてるなって思ってたらそんな理由があったのかよ。でもそれどうやって作ったんだ? そんな効果がある布なんか聞いたことないぞ?

 あ、やっべぇ……。もう門限じゃねぇかおい!」


 しまった。完全に時間を忘れてしまっていた。

 教室の前にある時計を見ると門限の時刻に針がチクタクと一定のリズムを奏でながら近づいていた。

 俺と大男は大慌てで荷物をまとめて教室を飛び出し学校の正門を突破した。


   †


 無事に門限内で部屋に帰ってくるとテーブルに気絶しているのかと錯覚してしまうほどに寝込んでいるセシリアの姿があった。


「ただいま。セシリア、お前そんなところで寝ていたら風邪ひくぞ」

「……あ、おかえり――クレールぅ。ごめんなさい、あなたの帰りを待ちながら情報の整理をしていたらいつの間にか寝てたみたい」


 セシリアは入学してから父と母の情報を探るために学校内にある資料を片っ端からかき集めて手ががりを探っていた。

 しかし、その手がかりは一向に見つからず非常に難航しているそうだ。


「嘘⁈ もうそんな時間なの⁈

ちょっと待ってて、今急いで夕食作るから」

「いいよ。今日は俺が作るからセシリアはゆっくりしててくれ。すごい疲れてるそうだし少しくらい休んだほうがいい」

「いやよ。だってクレールの作るご飯はなんか変な味がするし。

だから少し待ってて。簡単なものだけど作ってくる」

「……はい」

 

 俺は彼女の放った一言で心に小さな傷を負ってしまう。

 そんなこと言わないでくれよ。俺だって精一杯作ったんだからさ、少しくらい褒めてくれてもいいのではないだろうか。

 心の中でぼそぼそ情けない小言を吐きながらも、俺は彼女が作ったスープと野菜炒めを食べた。

 そして彼女の作るおいしい味を噛み締めるのであった。


「ねえクレール、あなた最近友達でもできたの? この頃はよく遅くに帰ってくるし」


 夕食後、セシリアがソファに寝転がりながら問うてきた。一方で俺は夕食を作ってくれた彼女に対してのせめてもの感謝の印として食器洗いに励んでいたのであった。


「友達かどうかはよくわからない。でも最近よく話をするようになったやつがいる。

 ほら、俺の席の後ろでいつも頭抱えてるやたらと身体がでかいやつ」


 俺には友達がどういうものかがよくわかっていない。なにせ俺はここにくる前はほとんど屋敷から出たことがなかったんだから。

 でも友達というには気を使わずにいろんな話ができる相手なのならあいつはきっと友達だろう。だって俺はあいつに気を使った覚えがない。


「よかったじゃん。私少し心配していたんだ。せっかく学校に通ったのに一人で過ごすのは寂しいんじゃないかってね。

 っで、その人はどんな人なの? 教えてよ」


「すごくいい奴だと思う。どうも俺たちの事情を少し知っているみたいだった。噂から聞いたみたいだったけど、それでもいつも通りに話しかけてくれる」

「ふーん・・・・・・。噂・・・・・・ねぇ」

 

 そう、俺たちにはある噂が立てられおり、滅びたクルグスで巨人どもを駆逐した化け物だと学校内では広まっているそうだ。

 事実にはあまり変わりはないが一体誰が噂したんだ? あそこにいたのは俺たちとエリナスだけだったし、他にこの襲撃の情報を知っているのは王都の対策本部くらいだ。


「ほんと、怖いよねぇ」

「まったくだ」


 一体誰が噂を広めたのやら。

 その噂もあってか学校では少し浮いてしまい、なかなか馴染めないのである。

 しかしセシリアはよくメガネをかけた少女を楽しく会話しているところを見かけるので、噂はそれほど負担にはなってないそうだ。

 俺も近頃はカルバンと話をするようになったし今は気にしないようにしよう。


 互いの自身の手に持つコーヒーを飲みながら俺たちは嫌なことを忘れることにした。


 

 

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