4話 溢溺の情
「―――ル様?」
声がする。普段聞きなれたはずなのにその声が誰のものなのか思い出せないため、必死に目を開けようとする。
ところがなかなか目を開けることができず、俺は必死の思いで石のように重いまぶたをこじ開けて声の主を探す。
「クレール様! おはようございます…… ようやく目が覚めたのですね……!」
その声はエリナスのものだった。エリナスはまるで魂が抜けたのかというくらい脱力し、倒れるように椅子に腰かけ安心した様子をしていた。その隣にいたセシリアも心配そうで今にも心が壊れそうな表情で腰を浮かしながら俺の顔を見ていた。
表情から察するに俺の状態はあまり良くなかったのだろうと理解に至る。
実際身体がうまく機能せず身体の中は焼けるように熱く感じるせいか、呼吸が安定せず苦しく感じる。
「ここはどこだ……? あれからどうなったんだ……?」
「ここは王都エデルぺにある病院です。あなたは4日も寝たまま起きないので私たちは本当に心配しましたよ。特にセシリア様は私以上にあなたのことが心配だったようで毎晩看病していたんですよ」
自分が4日間寝ていたことに多少の驚きはあったがその感情を表には出さないように努力した。
たしか俺たちは街から逃げたはずだが、あのあとどうなったのかわからず自分の頭をくしゃくしゃしながら理由を探したが何もわからなかった。
考えたのち自身の記憶とエリナス、セシリアの持つ情報からいくつか理解していたことがあった。それはセシリアの両親が生死不明であること、俺の父が死んだこと。前者はまだ希望があるかもしれないがエリナス曰く、生存の可能性は厳しいとのこと。だがわずかな希望に委ねてエリナスは自身の知人に調査を依頼したそうだ。
正直受け入れたくない現実ではあるが、受け入れないままいればこの先には進めない。だから受け入れるしかない。
きっとあの時に父があそこに残っていなければ俺たちはあの黒い巨人に潰されていたに違いない。3人が生きているのは己の命を犠牲にしてでも繋いでくれた父のおかげ、だから俺たちは今生きていられるのだ。
「私、街のみんないなくなっちゃった…… もうだれもいない。私はこれからどうやって生きていけばいいのかな……」
セシリアは絶望に打ちひしがれるあまり空虚な笑みをこぼしながらこの先の不安をつぶやく。
確かに今回の出来事はセシリアにとっては負担が大きかったはずだ。何せ彼女は両親の行方が分からなくなってしまっただけでなく自身の街が目の前で滅んでしまったのだから。
「大丈夫です、クレール様、セシリア様。私は必ずあなたたちを守って見せますし私自身も死ぬ気はありません」
「本当に死なない……?」
「ええ。私はあなたたちの行く末を見届けるのが自身に課せられた使命でありますし、それは私が成したいことでもありますから」
エリナスは励ますように静かに俺とセシリアの身体を自身の胸によせて、強く優しくひたすら抱きしめる。まるで母であるかのように。
胸の中、ようやく心に閉じ込めていた感情が吐き出せたのだろうか、セシリアは生きているかすらわかっていない両親、滅んでしまった自身の街を思いながらひたすらむせび泣いていた。
しかし、父の死を目の当たりしたはずなのに俺は泣くことができなかった。いや、泣いてはいけない気がする。俺にはやるべきことがある、やらなければならないことがある。それを成さない限りはきっと泣くことが許されない。
なぜか形のない決意が自身の中で駆け回る。
†
3人とも気持ちの整理はまだついていないが、このまま立ち止まってはいられないと思ったのか徐々に冷静さを取り戻す。
「今回発生した襲撃は、どうも私たちの街クルグスだけではないようでした。情報によるとクルグスのほか、王都から北西に位置するゲレーラ、西に位置するビレム、そして南西に位置するグラムの3つの街でも同様の襲撃があったようです。
しかしその3つの街では防衛部隊が配備されていたため壊滅する程の事態には陥らず、比較的軽微な被害にとどまったようです」
エリナスは俺が眠っている間にかき集めた情報を包み隠さずありのままに説明をし始める。
「ただ…… ゲレーラとビレムの間を潜り抜けたエリシアン部隊が存在していたようです。おそらくそれが私たちの街を攻めたのだと思われます。」
嫌な思考が頭をよぎる。
「もしかしてその3つの街を攻めていたのは俺たちの街を襲撃するためだったのか?
3つの街に部隊を集中させるように陽動して進路を作った? もしそうならどうしてそんなことをしたんだ?」
俺たちの街を襲うために陽動を張っていた? いやそれよりも、なぜ襲ったのか全く理解ができない。
いや、今俺たちが考えたところで何も答えは出ない。考えるだけで時間の無駄だ。今は一刻も早く今起こっている状況を把握することが先決なんだ。
俺とセシリアは動揺を隠しながら俺が使用しているはずのベッドになぜか並べられた資料を見ながらエリナスの話を聞く。
「クルグスを襲撃した意図については現在調査中です。ただいくつか考えられることがあります。
それはクルグスを襲った部隊はエリシアンの本陣であったということ。目的はクルグスではなく王都であったということ。
こちらは真相は定かではありませんが可能性として十分にあり得るかと思います。そしてもう一つはエリシアンには特異個体が存在していたことです。」
「あの黒い巨人のことか?」
「そうです。その情報は王都対策本部に直接私が伝えさせていただきました。伝えたところ、あの巨人には『タイタン』と呼称され巨人族の中の特異種として扱われるそうです」
タイタン……。確かにあんな化け物がいるのなら俺たちの街を襲撃したエリシアンが本陣であるという考察にも納得がいく。
ただ少しに気なった。
「なんでエリシアンの襲撃目標が王都だって考察がでてきたんだ? 襲われたのはクルグスだろ?」
「私たちが住んでた街は今回襲撃にあった街の中で一番王都に近い都市でね、しかも直接王都に繋がっている道路があるのはそこだけなんだよ」
セシリアが付け足すように補足説明をしてくれた。
「そうです。おそらくその理由によりエリシアンはクルグスを制圧して拠点を設置し直接王都を襲撃するんじゃないかと本部では予想されています」
なるほど。それならなぜ王都が今回の襲撃にここまで本気で取り掛かっているのかに納得がいく。
「それで…… タイタンみたいなとんでもなく強い奴はほかにもいたのか?」
聞いておきたい。
もしほかにこんなのがいれば間違いなく国が滅ぶ。そうなれば俺たちの生きる場所がなくなってしまう。
「いえ、タイタン以外の特異種は現在確認されておりません。ですが今後現れる可能性は十分にあるかと……」
よかった……。
でも、あいつをこのまま生かしておきたくない。生かしておけばいずれまた同じようなことが起こってしまう。もしかすれば襲撃どころじゃなくなるかもしれない。
「俺はあいつを倒したい…… いや、殺したい。
どのみちあいつは生かしておけない存在だ。いずれ殺す必要がある。
もしその時が来れば俺が殺したい」
憎悪に近い感情が俺を取り繕うように纏わりついてくる。
きっと今やるべきことはあの巨人を殺すこと、それが俺に課せられた使命なのではないだろうか。
ようやく形のない決意が形を成してくれた。
「そういうと思いまして、実は軍師学校の推薦書をもらってきました。今回の事件においてタイタンを目撃したことがあるのは現状私たち3人だけだったこともありタイタンの情報を話したところ、報酬としてこの推薦状を授かりました。
もし戦うのであれば陰を制御できるようにする必要があります。軍師学校にはもしかしたら陰についての情報があるかもしれませんので通ってみるのも悪い話ではありません」
たしかに…… 確かに俺は陰の制御ができていないしわからないことも多い。
陰についての情報が学校にあるのなら行ってみるのも悪い話じゃないかもしれない。
いこう。通って自身に必要な技術を身に着けて、いつか必ず……
「通いたい、学校に行っていつか陰を制御できるようになって強くなりたい」
俺はエリナスに向かって強くうなずき頼み込んだ。
「わかりました。では、学園長の方にそのようにお伝えさせていただきます。
あ、そうでした。通うにあたってあなたにはこれを身に着けておいてほしいのです。これは魔術に関わる制御を担ってくれるものです。これを身につけておけば自分を保ったまま戦闘が可能になりますので何かと役に立つと思います。」
そういってエリナスは俺の首に手をかけて赤い布を巻いてくれた。多分これは首巻きだ。
エリナスから何か物をもらうのはこれが初めてだと思う。
俺は照れくさくなってしまい少し顔を赤らめながらもその布を静かに握りしめた。
大切にしよう。
「セシリア様、あなたの推薦状も授かったのですがクレール様とご一緒に通われてみてはいかがですか? この学校は国が直接運営を行っておりますので、もしかしたら何か良い情報が得られるかもしれません。
現在あなたのご両親の調査を行っている私の知人は学校関係者なのできっと通っているうちに情報がつかめると思います」
エリナスの話を聞き、セシリアは自身に何度も自問自答を重ねるように深い思考に陥った。
そして……
「私も軍師学校に行く。そこに通って強くなりながらパパとママの情報を集めたい。真実を受け止められるかわからないけど確かめたい」
セシリアは拭いきれない不安を押し殺しながら覚悟を決めた。
彼女は自身の弱さを理解し、それでも前へ進むと決めた。
目的は決まった。
俺はタイタンを討つために陰を制御の仕方を学ぶべく学校に行く。
セシリアは自身の父と母の生死と所在を確かめるべく学校に行く。
エリナスが何するのか何も聞いていないがきっと彼女なりの何か考えがあるのだろう。
俺たち3人はそれぞれの目的とその価値を見出すように病院の窓から大空を眺めた。
そして数か月後、俺とセシリアは軍師学校へ編入することとなる。
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