3話 夜闇に照らす赤光 part3
「渡したいものってなに? どこまで行くの? ねぇってば」
俺は渡したいものがあるって言われたので父についていくが、少し様子がおかしい。
いつもならサプライズ感覚で渡してくれるのに、なぜか今の父には余裕がないように見えた。
「クレール、今日渡すものはプレゼントではない。そんな生易しいものじゃない」
きつく、歯を食いしばるように告げる。
「先の手合わせ、見事だったぞ。向こうの窓から見ていたんだ。だがお前が陰を用いて妖気を出した以上黙ってはおれん。
お前の使う陰ってのは危険なものでそれはいつか自分事消し去ってしまうこともあるんだ。いや、いずれそうなる。ほとんどの人間がそうであったんだ」
それはおそらく先の戦いにおいて記憶のない部分の話だろう。きっとその間に俺は力を出したんだ。
にしても使える属性が陰であったことに対し、我ながら因果なものだと感心して受け入れる。
そこに恐怖はなかった。なぜなら己の死と向き合うことには案外慣れているからだ。
「でも見ていたところ、お前は陰との親和性が極めて高いように見えた。もしかしたらあれと相性がいいのかもしれないな
だから今からお前に渡そうと思う。ほら、もう着いたぞ」
着いた先にあるのは古くさびた大きな扉。
まさか屋敷の地下室にこんな扉があっただなんて。
俺が少し驚いていると、どうやらほかの二名も無事に驚いていたみたいだ。
エリナスは青ざめていて、セシリアに関しては顎が外れそうな勢いで口を大きく開けていた。
ミシミシと音を立てながらその扉は開く。
その先に見えるのは一本の剣だった。
剣身は黒く、両刃は雛罌粟(ひなげし)のように赫いその剣は今まで見たことないほどの気迫だった。
「これは神器といって基本は中に精霊が入っているんだが、なぜかこいつには精霊ではなく悪魔が宿っている。
精霊なら皆使えたのかもしれないが、悪魔が宿ってしまったせいで恐れられて誰も使えず何百年もここに眠らせてしまった。
こいつは好き嫌いが激しい性分でね、本来なら人を選ぶがお前ならきっと大丈夫だろう。
さあ、剣を抜いてごらん」
俺は構わずその剣の柄(つか)を握りしめて一気に引き抜く。
まるで聖剣を抜くかのように。
不思議と変な感触はなかった。
それどころか剣を持つ時に感じる違和感がなくなった気がする。
まるで自分の身体の一部のように……
エントランスへ戻る最中、父は唐突に口を開く。
「実は俺たち人間はエリシアンと戦争をしていたんだ。今は冷戦状態なんだがな」
戦争があったことは知っていたが、俺はそれを黙って聞くことにする。
エリシアンとは人間以外の人種のことを指しており、例を挙げると耳の長いエルフ、獣の耳と尻尾を持つ人狼族、見た目は人間と変わらないが巨体な肉体を持つ巨人族など多岐に渡る。
何度かエリナスから聞いていたが、戦争が始まった原因が未だわからないというのが現状らしい。
その現状を探るために今は互いに戦闘行動をやめて調査に専念している。
ところが。今続いている冷戦状態はいつ壊れてもおかしくはない。
父はそれを危惧しており、俺が自分の身を守れるように神器を持たせたいと考えていたらしいが機会が見つからず、そして今日になって機会が巡り今に至る。
「お前にはいつかこの戦争を完全に終わらせてほしい、戦争の原因を見つけ出してほしい。戦争をする奴はみんな等しく悪だ。俺も、エリシアンも。」
きつく、後悔を押し殺すように父は吐き出した。
「お前が生まれて間もない頃に俺とお前の母さんとエリナスはこの街を守るために、なによりお前を守るために戦争に向かったんだ。
でもな、全員で帰ってくることはできなかった。母さんが帰ってこなかった。
俺はあいつを見殺しにしてしまった。助けてやることができなかった。
母さんにまともに会わせてやれず本当にすまない。クレール」
父が持つ後悔はきっと癒えることはないだろう。
俺はその後悔を知っている気がする。自分も経験したことがあるような気がする。
だから攻めることはできない。
俺はただ父の後悔を静かに聞いていた。
「お前は俺のようにはなるな。頼む、どうかならないでくれ」
父は俺に託すように言った。
憶えておこう。
父のこの言葉はきっと忘れてはいけない気がする。
†
気が付けば日が暮れ始めていた。
「私もうすぐ帰らなくちゃ。日が落ちる前に帰らなくちゃいけないのよ。
ねぇクレール、また遊んでくれるかな?」
おいおいまじかよ。
お前、遊びの感覚で剣持って戦ってたのかよ。
どうやらセシリアは野菜屋娘でありながら頭のネジが飛んでいるようだ。
「街の手前までなら見送っていけるよ。ほら、もう暗いだろ?」
「私もお供致します。クレール様」
セシリアはご機嫌な様子で俺の手を掴み、スキップしながら屋敷の外に向かう。
俺はさっきもらった剣を片手に小走りで一緒についていった。
ところが外に出て彼女が帰るはずの街に視線をやると受け入れたくない現実が見えてしまう。
「え…… 噓でしょ?……」
――――街は燃えていた。
遠目でもわかるくらいに激しく燃えていた。状況から察するに、おそらく生存者の確認は絶望的であろう。
仮にいたとしてもそれは人の形を保っていられるかどうかというところだ。
少女は走り出す。
――そりゃそうだ。
目の前に理解を超える現象が現れた時、人はそれを夢だと信じようと真実をあえて確かめようとする。
それは人間に備わっているある種の精神的な防衛本能である。
だが俺にそんな機能は備わっていない。備えたところでそれは己を現実から遠ざける邪魔者にすぎない。
おそらくそれは父もエリナスも同じだろう。そうでないとあんなに冷静な2人は今頃いない、いられない。
俺たちはあのまま行かせてしまうと危険だと判断し、すかさずセシリアの後を追う。
†
少女は街の手前で立ち尽くす。
どうやら現実を受け入れたようだ。受け入れてしまったようだ。
立ち尽くし、ただひたすらしんしんと舞い降りる雪のように崩れ落ちる瓦礫と燃え盛る炎を見る。
彼女がこれからどうなってしまうのか、それは俺たちにはわからない。
絶望を超えた先で何を見て、何を目指すのか。
「□■□□□■■□■□■■□――ッ‼」
聞いたことのない思わず耳を塞ぎたくなるような咆哮が街を吹き飛ばす。
眼前に見えたのは無数の巨人。顎(アギト)のように屈強で鋭い大剣を持ちながらそれら化け物は街を蹂躙する。ただ一方的に。
その光景を見てなぜか懐かしい気分になってしまう。
――思い出す。
かつて自分は戦場と化した薬莢と死臭が漂う荒野にいたことを。
――そして自覚してしまう。
この記憶は自分自身のものであると、この記憶は前世のものであると。
研ぎ澄まされる意識の中、俺の中にあるスイッチが切り替わるような気がした。
いかなくちゃ、戦わなきゃ、動かなきゃ俺たちは死ぬ。
これは決定事項だ。
魂からあふれる妖気を全身に流す。
水を浴びるようにまんべんなく、均等に。
不思議と身体がいつもより軽く、自分は夢の中にいるのかと錯覚する程度だが唇を噛んで意識を現実に繋ぎとめる。
誰もがその場に立ちすくむ中、俺は腰に掛けていた両刃が赫い漆黒色の剣を抜く。
駆けるように、紅玉色の瞳を置き去りにしながら流麗の如く斬り刻み巨人の頭蓋を掴み微笑んだ。
――愉しい。
忘れていた感情だ。愉悦に浸りながら自身はかつて戦場の中にいたんだと、この時ようやく理解する。
そうだ、これは日常だ。戦場こそ我が日常。
その脚は留まることを知らずに次々と巨人の首を刎ねる。
周囲は一瞬にして鮮血の海に変わり果て、それを一身に浴びながらも再び赤目を開眼させ微笑んで見せた。
恐ろしく、けれど妖艶で人々を魅了するような姿であった。
—————“ブラッド・メア”—————
その場にいた者達はこの異様な光景を眺めてそう呼んだ。
それは血気の悪魔のようだと、そう誰もが感じた。
「■■□■…… □■□■■■□□■□―――ッ‼」
咆哮の主が姿を現す。俺は既に死に体となった巨人の山の頂に立ちながら奴を睨む。
他の巨人とは違う。明らかに異なっている。
禍々しいオーラを放ちながらその巨人は俺を見つけた。距離にしておよそ50メートルはあるはずだが本能で逃げられないと自覚する。
けれど、かつての戦場の記憶を深く刻み込んだ己の魂は凍えることを知らずさらに妖気を吐き出す。
やっぱり殺し合いはこうでなくちゃ、それでこそ殺し合いなんだ。
絶望の淵に立ちながら、なおも愉しんでいる自分がいることに生の実感を得てしまう。
受け入れてしまおう。受け入れて楽になってしまおう。
互いのオーラと妖気がぶつかり合う最中、まさに殺し合いが始まる瞬間であった。
ところが、始まる前に突然の終わりを迎える。
ドスンッと意識していない方向から衝撃が加わり、俺はたまらず吹き飛ばされたが受け身をとり態勢を維持しながらその方向を見やる。
そこには五体満足で拳を握る父の姿があった。
「――今はお前が戦う時じゃない。だから帰ってこい。
今、こんなことで自分に飲まれる必要はどこにもない」
――理解した。
俺は戦いに夢中になるあまり自身が自身の深い闇に飲まれていたことをようやく理解した。
そして状況を把握する。
眼前に迫る黒き巨人、瘴気に近いオーラを放つあの化け物は普通でない。
普通でないのなら勝てない。勝てるわけがない。俺はようやく現状を察することができ、この状況に恐怖する。
「なんだよ――……、あれ」
皆は俺が元の状態に戻っていたことに安堵していたが、俺はこの見たことのない異様な光景に怯えていた。
辺りを見渡せば死体や身体の一部だったものが散らばっており、建物は炎々と燃えながら桜が散るように崩れていった。
「ここは俺が引き受ける。お前たちは屋敷の反対方向、この街を抜けて山を3つほど超えろ。超えた先に王都が見えてくるはずだ。
時間稼ぎになるか変わらんがここには俺が残ってやる。俺は武家貴族なんだ。どうせ死ぬのなら戦って死んでやるさ
エリナス、お前はまだ動けるな? クレールを抱えて走れ。
セシリア、気持ちはわかるが今は絶望を忘れて走れ――……!」
父は死体の横に転がる諸刃の剣を手にして言った。
そう、父は己の身を以って俺たちを逃がすとそう言った。
「承知いたしました、フラスト様。
ご武運を祈ります。この子たちは任せてください。必ず守り抜いて見せましょう。
それが私に課せられた使命なのですから」
――やめろ、やめてくれ。
自分が死ぬのは、自分が殺した死体を見るのは慣れている。
けれど自分のためにしんがりを任させるのは、自分のために死なれるのは俺は慣れていないんだ。
頼む、逝かないでくれ。
そんなもの俺は見たくないんだ。
願いは虚しく俺はエリナスに抱えられながらその場を離れてゆく。力を使いすぎたせいか、俺の意識は徐々に薄れていく。
薄れゆく意識の中、離れてゆく中で「逝かないで」と出せないはずの声をかき集めて必死に叫んでいた。
――届かないと知りながら。
意識が途絶える直前、俺が見た父の最期の姿は花火のように飛び散る血潮。
それはまるで夜闇に照らす赤光のようであった。
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