第一章 3

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 富川はいったん如月と別れ、警視庁に帰った。

 如月のことを話すと天谷はふん、と鼻を鳴らした。

 「昔から変わってねえな、あいつ」

 「如月先生も言ってました」

 「如月が?」

 天谷は不思議そうな顔をした。

 「とても優しい先生でした」

 「そうだろうな。あいつは昔からそうだ」

 納得したように天谷は頷いた。

 「で?名医如月先生の推理を聞かせてもらおうか」

 「如月先生は青酸カリが仕込んであったのは天然水ではないと推理しています。もし、天然水に仕込んであったのならコップや水は

 処理するだろうと言う考えなようです」

 「流石だな、今まで誰も気づかなかったのが不思議なくらいだ」

 富川は何度も頷いた。

 「警部、如月先生にそんな協力をお願いしてもいいんでしょうか」

 「駄目な理由があるのか?」

 「駄目、と言うほどでもないんですが如月先生は…」

 富川はそこまで言うと口を結んだ。

 「ああ、あいつから聞いたのか」

 天谷は胸の辺りを人差し指でとんとん、と2回叩いた。

 富川は頷いた。

 「あいつは、まあ弱いわけじゃない。逆に我慢強いんだ。辛いことも全部我慢する。そのせいで全部が張り裂けちまうんだよ」

 富川は暗い表情を浮かべた。

 「大丈夫だ」

 富川は心の奥底で思っていた。

 「捜査で如月先生の全部が張り裂けることはないんですか」

 「多分ないな。あいつは自分の限界をわかってる」

 天谷は力強く富川をみつめた。

 「多分…」

 富川は小さな声で呟いた。

 「あの、如月先生には聞けなかったんですけど心の状態はどのくらいだったんですか」

 「あいつの精神病か?重かったよ。手が冷えたり、震えたり、目眩や吐き気がするらしい」

 「そんなに…」

 富川は下をむいた後もう一度天谷を見た。

 「俺もいくつか聞いていいか?」

 「ええ」

 「如月の見た目を教えてくれないか?」

 「はい。髪と目は綺麗な漆黒でした。身長は一八〇センチくらいの長身でした」

 天谷はふっと笑って頷いた。

 「容姿もそのままだな。後一つ聞いてもいいか?」

 富川は無言で頷いた。

 「如月の状態はどうだった?表情など細かく教えてくれ」

 「えっと、ずっと口元に笑みを浮かべていました。時々悪戯っぽい笑顔や寂しそうな笑みを浮かべていました」

 天谷は深刻そうな顔をしていた。

 「富川」

 「はい」

 「よく思い出して答えてくれ」

 「はい」

 富川は力強く頷いた。

 「如月は他にどんな笑顔をしていた?」

 「笑顔?」

 「例えば、冷笑とか」

 富川はあっ、と声を出した。

 「はい。冷笑も」

 「富川」

 天谷はさっきよりも深刻な顔で言った。

 「頼みがある」

 「はい」

 「如月の家に行ってくれ。俺も行く」

 

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