第一章 2
2
現場に着くと富川は如月と共に立入り禁止のテープをくぐった。
途中で若手刑事が怪訝そうに如月を見たが、本人はそんなことは気にせず横を
通り過ぎて行った、如月は建物を見て何やら呟いている。
近づいてみると家の高さや色などをブツブツと呟いていた。
「こちらです」
家の中に入ると如月は訊いた。
「毒の種類は分かってるんですか」
「はい、青酸カリです」
如月はふっと息を吐いた。
「青酸カリね…」
如月は手袋のついた手で床を撫でた。
「被害者はどのような格好で倒れていたんですか」
「私服でうつ伏せになって死んでいました。近くにはコップが転がっており、水がこぼれていました」
「水?」
「はい。天然水のようです。ですがその水からは毒は検出されませんでした。どうやって証拠隠滅を…」
如月は目を閉じて頷いた。
「天然水ですか」
「はい。きちんと冷蔵庫の中にペットボトルがありました」
「警察はどのような推理をしてるんですか」
如月は立ち上がった。
「憶測ですが、犯人は天然水に青酸カリを仕込んだ。そしてどうにか青酸カリが見つからない工夫をした、となっています」
「それはないでしょう」
如月はきっぱりと言い放った。
「もし、その通りだったらコップもおさめるでしょう。水も拭き取ると思います。ペットボトルも処分するのではないでしょうか」
富川はあっ、と声を出した。その通りだ。
如月は満足そうに口元を緩めると、浴室の方に歩いて行った。
「あっ、先生」
如月は浴室を注意深く見ていた。
「やっぱりね」
如月は満足そうに頷いた。
「あの、先生?」
「第一発見者は?」
「女性です。髪の毛が肩くらいまでのか弱そうな女性です」
如月は悪戯っぽく笑った。
「その方にお話を伺うことは可能ですか?」
「はい、連絡してみます」
富川はポケットから携帯電話を取り出した。
「こんにちは。連絡を伺った富川です」
「あ、はい」
富川がインターホンに向かって言うとすぐにドアが開いた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「夏川さん、この方は如月先生です」
「如月です」
夏川は優しそうな目を見開いた。
「如月先生」
「お久しぶりです」
如月は穏やかに微笑んだ。
「知り合いなんですか」
「患者さんです」
ああ、と富川は頷いた。
「どうぞ、上がってください」
「失礼します」
如月は富川に続いて家に入った。
「どうぞ、おかけください」
「はい」
如月と富川はソファに座った。
「夏川さん。今日お伺いしたのは如月先生が聞きたいことがある、と言うことで連絡させていただきました」
「ええ、如月先生。私に聞きたいこととは?」
「私が聞きたいことは3つあります」
如月は指を3本立てた。
「1つ目です。貴方と被害者の関係を教えてください」
「私と彼女は愛人です」
「なるほど。いつ頃からですか」
「一年前です」
同性愛ってやつか、と富川は思った。
「2つ目です。貴方は何の仕事をしていますか」
「画家です」
「ははぁ」
如月は興味深そうに頷いた。
「3つ目です。貴方は彼女のことをどう思っていますか」
「優しい人でした。いっつもみんなを気遣ってくれる、理想的な人でした」
「なるほど。ありがとうございました」
如月は深く礼をした。
「私も聞きたいことがあるんですが」
「お答えできる範囲であれば答えます」
「なぜ、如月先生はこの事件を追っているんですか」
如月はああ、と言って口元を緩ませた。
「富川さんに捜査の協力を依頼されたんです」
「へぇ、そうなんですね」
夏川は何度も頷いた。
「ご協力ありがとうございました」
「いえいえ、またよろしくお願いしますね。如月先生」
夏川は微笑んだ。
家を出ると如月の携帯が鳴った。
「如月です…はい…はい…今は忙しいのでまた今度にしていただけますか…ええ…はい、失礼します」
如月は画面を押すと大きなため息をついた。
「仕事ですか」
「いえ、東京都総合病院の連中です。私を連れ戻そうとしてるんですよね」
「連れ戻す?」
「ええ、元々東京都総合病院で働いていたんですけどやり方が性に合わなかったのでやめたんです」
富川はへえ、と頷いた。
「なぜそんなに如月先生に執着するんでしょうか」
「この声のせいでしょうね。私がやめてから患者さんが減ったようです」
如月は冷笑した。
「すごいですね、如月先生は」
「そんなことないです」
如月はハエをはたくような動作をした。
「謙遜しないでください」
「謙遜なんかしてないです」
如月は自嘲気味に笑った
「でも、如月先生は必要としてる人がいるんです。それだけですごいと思います」
「それなら富川さんの方がすごいと思いますけど」
富川は息をふっと吐いた。
「如月先生は大変ですね」
「全くその通りです」
如月はふと遠くを見つめた。
「でも、患者さんと話すのは楽しいんです」
「へえ、僕は人と話すのは不得意なんです」
「私もです」
如月は澄んだ瞳で富川を見つめた。
「私は、人と話すのは不得意でも患者さんと話すのは得意なんです」
「なぜです?」
「私自身も患者さんなので」
如月は困ったような笑顔を浮かべた。
「すみません。個人的なことを聞いてしまって」
「いえいえ、私が患者さんと話すのが得意なのはもう一つ理由があるからなんです」
「何ですか」
如月はまた遠くを見つめた。
「答えたくないならいいんですけど」
「いえ、そう言うわけではないんです」
如月は首を横に振った。
「自分でもわからないんですが多分こう言うことです」
如月は遠くを見つめたままだ。
「探してるんじゃないかな、ずっと」
如月の瞳が少し揺れた。
富川は質問を躊躇った。
彼の目はとても寂しそうだったからだ。
「すみません、関係ないですね」
如月は冷笑を浮かべた。
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