明け方

Leno

第一章 1


 富川大成は東京真夏総合病院の前で大きな息を吐いた。

 受付の女性に警察手帳をかざし、

「如月先生という医者はいらっしゃいますか」と訊いた。

 「ええ、5階の診察室に」

 「お話を伺うことは可能でしょうか」

 「はい」

 女性は受付から出てきた。

 どうやら案内をする気らしい。

 「こちらです」

 エレベーターに乗ると女性は5階のボタンを押した。

 「如月先生にどのような御用で?」

 「捜査です。如月先生は関係ないのに天谷という刑事が捜査してこい、と言ったものなので」

 富川は苦笑した。

 「そうですか、あれは大変ですよ。あの方の説明は難しいです」

 女性は自嘲気味に笑った。

 一瞬、富川にはなんのことか分からなかったが、どうやら如月のことらしい。

 「でも先生は時々、あっと驚くようなことを言うんです。もしかしたら、ご協力できるかもしれません」

 エレベーターを降りるとふふ、と彼女は声を出して笑った。

 第4診察室のプレートがかけられたドアを女性がノックした。

 「如月先生、お話をしたい方がいると」

 「分かった、休憩室で待ってもらって」

 部屋から低く優しそうな声が聞こえた

 「はい、こちらです」

 富川は休憩室に案内された。

 「如月先生は何科なんですか?」

 「精神科です」

 「なるほど、確かにあの声は人を癒せる声のようでした」

 女性は「そうでしょう」と微笑んだ。

 「患者さんにも好評なんです。如月先生の声を聞くと心が軽くなる、と。」

 富川はF分の1の揺らぎというやつだな、と思った。

 少しするとコンコン、というノックが聞こえてきた。

 「どうぞ」

 彼女が言うと白衣を着た男性が入ってきた。

 髪は綺麗な漆黒で、深い黒色をした瞳には優しげな光が宿っている。

 身長は一八〇センチくらいの長身だ。

白衣から覗く腕は恐ろしいほど細い。

 口には薄い笑みが浮かんでいる。

 これはモテるな、と富川は確信した。

 「お待たせしてしまって申し訳ありません」

 「いえ、大丈夫です」

 深く礼をして富川は続けた。

 「初めまして。警視庁の富川です」

 「初めまして。如月凪です」

 如月が名刺を出した。

 「凪さんと言うんですか」

 「はい」

 印象にピッタリだ、と富川は思った。

 「私はこれで」

 「うん、ありがとう」

 如月は優しそうに微笑んだ。

 「どうぞ、おかけになってください」

 如月がソファを勧めた。

 「ところで、私に話とは?」

 「はい。単刀直入に言うと僕たちの捜査に協力していただきたいのです」

 「捜査?」

 如月は少し首を傾けた。

 「はい。現在、僕たちはある事件を追っています。」

 如月は少し考える素振りを見せた。

 「…捜査の協力とはどういうことですか?」

 「難しいことではありません。判明したことから推理のご協力をしていただくということです」

 「なるほど」

 如月は優しく微笑んだ。

 「分かりました。協力します」

 「ありがとうございます」

 富川は深々と頭を下げた。

 「事件の詳細を教えていただけますか」

 富川が頷くと如月は目を閉じた。

 一般人に事件の詳細を教えてはいけない。刑事としては当たり前のことだが警部に許可はもらったから仕方ない、と富川は

 頭の中で 言い訳をした。

 「今、僕たちが捜査しているのは殺人事件です。十六歳女性が死亡しました。男性のような格好をしています。毒殺です」

 「これはまた物騒な…」

 如月は目を開けて呟いた。

 「どこに毒が仕込まれていたのかは判明しているのですか」

 「いえ、そこで…」

 「仕込まれていた場所を特定すればいいんですね」

 富川は頷いた。

 「分かりました。今日、現場を見せていただくことは可能でしょうか」

 「ええ。現場までお連れします」

 そう言うと如月は白衣を脱ぎながらゆっくりと立ち上がった。

 「ありがとうございます」

 「では車を出しますのでお待ちください」

 富川と如月は並んで病院の廊下を歩いた。

 如月はゆっくりと一歩一歩を刻んでいる。

 その歩き方には妙な存在感があった。

 「なぜ、富川さんは私に捜査の協力を依頼したんです?私はただの医者なのに」

 「天谷という警部からの申し出です」

 「天谷?天谷悠介?」

 癒朱は目を見開いた。

 「ええ」

 「いやあ、びっくりです。元気にしてますか」

 「はい」

 富川は如月と天谷の関係が全くわからなかった。

 「悠介とは昔から親しくしてたんですよ。まさか警部になっていたとはねぇ。僕が夢の話をすることは多かったんですけど彼の

 夢の話を聞くことはなかったので」

 如月は友人の話をしているからなのか初めて富川の前で「僕」と口にした。

 「へえ…」

 富川は興味深そうに頷いた。

 「失礼ですが、今如月先生は何歳ですか?」

 「三十四です」

 富川はぽかんと口を開けた。

 「二〇代かと思ってました…」

 「気を遣わないでください」

 癒朱は苦笑した。

 「彼、どんな調子ですか」

 「勘が鋭いんです。その癖、説明の仕方が難しいので大変です」

 「昔から変わってないですね、そういうところが僕に会ってたんだと思います」

 受付の女性が言っていたことを富川は思い出していた。

 「受付の方も言っていました。先生の説明は難しいと」

 「受付の方というと、山川さんですか。いや、美波さんか…」

 「髪が長い方でした」

 「美波奏恵というんです。美波さんがそんなことを言っていたとは」

 如月は意外そうな顔をした。

 「美波さんね…」

 富川は如月の横顔を見つめながら呟いた。

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