第7話
三脚を立てて、台を取り付けて、鏡筒を載せる。
それからおもりを取り付ける。
そこまでが私の出来る仕事だ。
「あ、あのビルいいんじゃない?」
りり先輩がそう言って、みな先輩はファインダーを覗いた。
ファインダーというのは、望遠鏡の横や上についている小さな望遠鏡みたいなもののことだ。
まずファインダーで見たいものを中心に捉えてから、倍率の高い望遠鏡で観測する。
だから、ファインダーの中心に見えるものと望遠鏡の中心に見えるものを同じにする作業が必要になる。
それが、今みな先輩がやっている「ファインダーを合わせる」という作業だ。
遠くにあるものを対象にしないといけなくて、いまはみな先輩が遠くに見えるビルを覗いて作業している。
「私やろうか?」
苦戦しているみな先輩に、ゆい先輩が声をかけた。
「ありがとう。代わってゆいちゃん!」
さほど時間がかかることもなく、ゆい先輩はファインダーを合わせ終えた。
綿矢先輩は少し離れたところで反射望遠鏡を設置している。
ゆい先輩がそこに歩いて行って、綿矢先輩に何か声をかけた。
その様子をぼんやり見ていると、みな先輩に声をかけられた。
「心音ちゃん、覗いてみる?まだ何も見えないけど。」
少し背伸びをして接眼レンズを覗くと、ずっと遠くにあるはずのビルのアンテナがはっきり見えた。
望遠鏡から目を離すと、やっぱりビルは遠くにある。
「すごい。こんなに見えるんですね。」
「望遠鏡ってすごいでしょ。」
りり先輩と話し始めたみな先輩から離れて、私は綿矢先輩たちに近づいた。
「ああ~やっぱり難しいかな。」
「見えるのは見えますし、使えるとは思いますけどね。」
どうやら、望遠鏡の調整は上手くいかないらしい。
「これ経緯台式だからさ、緯度とか入れないと追尾出来ないの。」
私に気づいたゆい先輩が、振り返って教えてくれた。
「経緯台式・・・。」
「僕が間違ってた訳じゃないよ。経緯台式の反射望遠鏡です。」
よくわからないけれど頷いた。
綿矢先輩が笑ってくれたから、ちょっと安心した。
しばらく望遠鏡を触っていたゆい先輩が、「まあいっか」と呟いてみな先輩、りり先輩の方へ歩いて行ってしまった。
「何が見えるかな。」
綿矢先輩がスマホを取り出して、星図のアプリを開い。
「そんなのがあるんですね。」
「そう。便利。」
少しずつ暗くなってきた空を見上げていると、一つ、明るい星を見つけた。
「あ、あれ、見えますか?」
「あれにしよっか。何の星だろ。」
スマホをその星のあたりにかざすと、そのあたりにあるはずの星と見えている明るい星の名前が表示される。
「あ、あれ土星だ。」
綿矢先輩がファインダーを覗いて、望遠鏡の方向を微調整する。
ピントを合わせてくれている間に、二年生の先輩たち三人の方から歓声が聞こえてきた。
「よし。覗いてごらん。」
そう言って、先輩がにんまり笑った。
「ありがとうございます。」
腰をかがめて接眼レンズを覗くと、写真でしか見たことのないような「土星」がそこにあった。
「わあっ!すごい!」
「そう言うと思った。」
綿矢先輩が満足げに頷く。
「なんていうか、本当に・・・あるんですね。宇宙ってすごいなあ。」
もう一度見ようとしたとき、綿矢先輩がゆっくりと言った。
「最近さ、なんで部室来ないの?」
「あ、えっと・・・。」
綿矢先輩を見ていて、私もそんな風になりたいと思ったから。
好きなものに情熱を注ぎつつ、周りとも上手くやっていきたいと思ったから。
そんなことを言うのはなんとなく気が引けて、私は口ごもる。
「何か嫌なこと言ったりしてたら、言ってほしい。」
「いやそうじゃなくて!」
先輩の目が、じっと私を見つめていた。
思わず逃げるように下を向いて、私は続ける。
「ちゃんとしないと、ダメだなって思って。」
綿矢先輩が、無言で私の隣に来て腰を下ろした。
つられて私も三角座りで上を向く。
「高校生にもなって、人に合わせることもできないし、いつまで経っても馴染めないし。だから、せめてお昼ご飯を教室で食べるようにしたりとかしたんですけど。」
上手くいかないし。
声が詰まって、言葉にならなかった。
何度か瞬きして、視界がぼやけるのを堪える。
「偉いじゃん。」
え、と横を見る。
綿矢先輩が、雲が少なくなってきた群青の滑らかな空を見上げていた。
「それが無駄なわけじゃないし、そういうの、すごいと思う。ごめん、僕、変に疑っちゃって。」
「いやいや、全然、すみません急に行かなくなって・・・。」
先輩には望遠鏡のファインダーを覗いて、別の星を探し始めた。
「あ、やってみる?」
「やってみたいです。」
先輩と交代して、ファインダーを覗きながら少しずつ調節ねじを動かした。
どう動かせばどう動くのかがわかってしまえば、なかなか面白い。
ファインダーの十字の中心に一つの恒星を捉えて、望遠鏡で覗いた。
今度は大きく見えるだけで、あまり変わらないような。
遠い星なのだろうか。
「先輩、見てみてください。」
私は振り返って、後ろに立っている先輩に接眼レンズを譲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます