第6話

「おはよう」


下足箱のところで会ったクラスメイトに声をかけた。

いつもはポニーテールにしているが、今日はハーフアップだ。


元々色白でかわいらしいのだが、今日は特にアニメのキャラクターのように見えた。


「ハーフアップ、かわいいね。」


「ああ、ありがとう。」


一瞬怪訝な顔をして、その後にっこりしてそう言ってくれる。

あぁ、やっちゃったかな。

気を遣わせてしまった、と、私は心の中で頭を抱えた。


入学式の後、なんとなく話して連絡先を交換したものの、それ以来は全く話していない子だ。

急にこちらから話しかけても戸惑うだけだろう。


そもそも派手なグループの子に話しかけるべきじゃなかったかも。

機嫌を損ねてしまった気がする。

そんなことをぐるぐる考えながら教室に向かう。


教室の扉を開けて、席に向かう。

その途中、勇気を出して何人かに挨拶してみた。

相手は返してくれるが、渋々なような。


そもそも私の声にも気持ちがこもっていない。

棒読みの「おはよう」を知らない人に言われたところで、そりゃ困るよな。


上手くいかないなあ。

言い訳のように、心の中で呟く。


それでもなんだか恥ずかしくなって、席に座った私はうずくまるように本を読み始めた。


昼休みも、今日は部室には向かわない。

すごく居心地が悪いけれど、みんなから爪弾きにされているみたいで苦しくなるけれど。


結局、誰かに声を掛けることは出来なくて、自分の席でお弁当を開く。


クラスメイトとの間に距離があるのは私が悪い。

お昼休みの度にどこかへ行くクラスメイトなんて、私だって距離を感じるだろう。


私が苦しくなるのは自業自得だ。


そう思いつつも、やっぱり苦しいなぁなんて。

やっぱり部室に行けば良かった。

部室に行きたい。

そう思いながら、私は午後の授業に耐えた。




「天体観測、初めてだよね?」


放課後に部室に向かうと、ゆい先輩が望遠鏡の部品を運びだそうとしていた。


「はい!あ、手伝います。」


「ありがとう。その鏡筒持ってきてくれる?」


「わかりました。」


ボストンバッグに入った望遠鏡の鏡筒を、本棚の一番下からゆっくり取り出す。

肩にかけて、ゆい先輩に続いて階段を上った。


普段は三階までしか上らない階段を、そのまま上り続ける。

途中の踊り場には脚立が横にして置いてあった。


もう一つ階段を上がると、屋上に続く扉がある。


「とりあえずここに置きましょう。」


ゆい先輩が立ち止まったところに、ゆい先輩が持っていたおもりと私が持っていた鏡筒とを両方置いた。


「鍵は先輩が取ってきてくれるから。」


いつもの部室の鍵とは違い、屋上の鍵は部長が取りに行かないといけないらしい。


「もういらしてるんですね。」


並んで階段を降りる途中、ふと気になって踊り場の壁を確かめてみた。


「気になる?」


「あ、まあ・・・こっちにはないんですね。」


どうして階段の踊り場に部室があるのか、少し気になった。

一つ上の、ここの階にはドアはない。


「そりゃ気になるよね。詳しいことはわからないけど、物置として使われてたらしいって言うのは聞いてるよ。めちゃくちゃ上の先輩方が頑張って部室にしたらしいけど。」


「そうなんですね。」


色々と逸話のあるクラブだと思う。

そういえば、ゆい先輩はなぜそんなことを知っているのだろうか。

兄弟が天文部のOBだったりするのかもしれない。


部室に戻ると、綿矢先輩、りり先輩、みな先輩の三人も揃っていた。


「こんにちは。」と声を掛けると、りり先輩とみな先輩の二人は顔を上げて「こんにちは~」と明るく返してくれる。


綿矢先輩はこちらをちらっと見てから、「こんにちは。」とぼそっと呟いた。

これまでになかった反応に、少しドキリとする。


私は綿矢先輩にまで嫌われてしまったのだろうか。


「ゆい、心音ちゃんありがとう。残りはりりたちで運ぶね。」


「了解。・・・先輩、そっちも使うんですか?」


綿矢先輩が青い望遠鏡を調べているのを見て、ゆい先輩が尋ねる。


「まあ、使えたら使いたい。設定とかちゃんと出来てないんだけど、駒場さんわかる?」


「ん~。どうですかねえ。」


ゆい先輩は綿矢先輩の隣にしゃがみ込み、何か操作し始めた。


「早く行きましょう?暗くなったらファインダー合わせれないですよ。」


待ちくたびれたようにみな先輩が言って、二人は顔を上げた。


「そうだね、行こっか。」


青い反射望遠鏡は部品ごとに分解される訳ではなくて、鏡筒の上の部分と三脚とに分かれるだけだ。

そんなに重くない鏡筒をりり先輩が、三脚を綿矢先輩が持って行くことになった。


階段を上がって、扉の前で綿矢先輩がポケットから鍵を取り出した。

差し込んでひねって扉を押し開けると、桜貝のように染まった雲が藍色の空に浮かんでいた。


「きれい・・・」


思わず、私は先輩に続いて外に出た。

屋上から見る空は広い。

階段のある方向にまん丸な太陽が沈んでいき、少しずつ空の青色が濃くなっていく様が全方位に見えた。


「心音ちゃ~ん、これ運んで~。」


りり先輩が呼んでいる。


「すみません!運びます!」


私はそう叫んで、階段の方に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る