第13話 その手をとり

 目まぐるしい動きを見せる運命の中で、この聖都ティラナでラーサーとマーゼル卿は西門を目指して疾走していた

依然厳しい状況なのは変わらないがラディナスの対応を見る限り神殿騎士団はマーゼル卿の協力を受けれる可能性も見えた、これが最大の朗報でもありマーゼル卿も手応えは感じていた

光明が見え始めていた2人にさらなる試練が襲いかかる、突然の殺気に気付きラーサーがマーゼル卿を腕で制止する

シュルルッ……ッダン!!

するとマーゼル卿が進んでいたであろう地面を鞭の様な撓りをあげて切っ先が舗装された道路を抉っていった


 「よく避けたじゃねぇか」


 ウィップソードを戻し狂気の目つきでラーサーを階段の上から見下ろすのは宝具で武装したラシッドだ


 「ラシッド…」


 辟易するラーサーを喜ぶかのような笑みを見せるラシッドは話しを続ける


 「まさか此処でお前に会えるとは思わなかったぜ、逃亡犯がよく聖都に来れたものだ…神槍を奪取したのもお前らか?」


 ラシッドの言葉からラディナスが持っていた神槍ウィンドミルを探している事は推測出来た、伸縮自在のウィップソードを持っている状況を考えてもラシッドが宝物庫を荒らしたという想像に至るのは容易にできた


 「さぁな…」


 ラーサーはとぼけた言葉を吐く、ラディナスの槍を追っているとなれば行方を伝えるつもりはない


 「…いいぜ、痛めつけて聞き出すのは得意だ」


 ラシッドは後ろのベルトに隠していた金属板を取り出す、いつかの戦いで見せた疑似魔法剣を作り出す板だ、惜しみなく何枚も付与しここで勝負を着ける気のようだ、複数回の付与を受けたウィップソードは触れただけで致命傷になりそうな程に濃い粒子を纏っている


 「そらぁぁ!踊れよ!」


 ラシッドはウィップソードを巧みに操り攻撃を仕掛ける、扱い始めて数時間も経っていないにもかかわらずこの技術だ、性格は最悪、それでも並の騎士よりも優れた能力を持っていることは確かだった


 「しつこい奴だ…マイティフォース」


 ラーサーも神威マイティフォースを発現させて応戦する、神威の実体剣カリブルヌスはウィップソードの攻撃を難なく弾き返す、この打ち合いは互いの手の内を探り合いである事はわかっていた

ラシッドは意外に武装した宝具の出しどころを考えた振る舞いをしている、使い捨てながら高価な疑似魔法剣を初手で重ねがけした事で相手に考える選択肢を与え揺さぶりをかける『更に宝具を持っているのか』この考えをラーサーに過ぎらせた時点でラシッドの企みは上手くいった事になる


 「マーゼル卿ここは退きます」


 普通に逃げたとしても追いつかれるだろう、それほどにラシッドは執念深い男だ、ラーサー達はもとより騒ぎになることは望んでいない、それにウィップソード相手では接近するのは簡単な事ではない

だがラーサーには試してみたい事があった、それは神威マイティフォースで高めた筋力と神力で光の粒子を圧縮して放つ(飛ばす)という事だ

カリブルヌスの強度があればラーサーの筋力に耐え放つ事が出来る可能性がある、ラーサーは全神経を集中し素早く、強く、靭やかに振り抜く

シュッ……ドガンッ

すると斬撃は音を置き去りにして衝撃波となりラシッドの側にある建物に直撃して倒壊させる



 「今のうちに行きましょう」


 此処ぞとばかりにラーサーはこの隙にその場から離脱する、光の粒子を飛ばすイメージで放った攻撃は空気を裂き衝撃波を発生させた、扱いは難しいが昇華させれば技として使える段階まで持っていけるかもしれないと手応えを感じていた


 「クソッ逃がすかよ!」

ピーッ!ピーッ!


 ラシッドは賢しくも懐に忍ばせた警笛を吹き周囲に報せる


 「聖教騎士団の警笛ッ!仲間を呼ぶつもりか!」


 辺りに響き渡る耳鳴りにも似た笛の音に聖教騎士団の警備隊が集まってくる、マーゼル卿とラーサーは更に速度をあげて西門を目指した


 ―ヨシュアとアースナ―


 ヨシュアとアースナは西門の手前で脱出の為に聖教騎士団の馬舎から馬を4頭拝借していた、警備レベルが上がったのだろう門番も数を増やして警戒に当たっている


 「まずいな…このままでは門を閉められてしまう」


 これ以上騒ぎが続けば閉門して侵入者を閉じ込める手段に出る可能性もある、2人には焦りがあった、早くラーサー達が合流できなければ脱出は一層厳しくなるからだ、その時、警笛がそれほど遠くない場所で鳴る

自分たちに向けたものでなければラーサーとマーゼル卿が聖教騎士団に見つかったのだろうと推測できる、アースナとヨシュアは互いに同じことを考えていた

 

 ―逃げるラーサー達―


 一刻も早く離れなければ危険だとラーサーはマーゼル卿を抱えマイティフォースを脚に集中して爆発的に疾走する

壁を使い三角跳びの要領で低い屋根を飛び越えて迷路地味た回廊を抜けていく、ラーサーは大回りして越える壁を軽々と3枚、4枚と抜けていくのだ追走する警備隊とは直ぐに距離が開いた、追いつけないと踏むと警備隊は警笛を警鐘に変え聖都中に報せた

カンカーンッ!カンカーンッ!


 「チッ!今度は警鐘か!」


 ラーサーは更に速度をあげて道を走る、次の壁を乗り越えて飛び降りた時にラーサーは自らの不注意を後悔する


 「きゃぁ」


 落下地点に修道女が居る事に気が付かなかった、ラーサーはぶつかる寸前で自分が先に転ぶことで接触を回避した、マーゼル卿も放り出されて地面に転がるが幸い軽症のようだ


 「すまない…驚かせてしまったか」


 立ち上がりながら手を差し出し腰を抜かしている修道女を引き起こす


 「あ、ありがとうございます」


 立ち上がりながら修道女は顔をあげた、ラーサーはその美しく温かさのある笑顔に心を奪われていた、おそらくは女性を恋愛の対象として見たことはこのときが初めてであったのだろう


 「怪我は?」


 「大丈夫です、少し…驚いて腰を抜かしてしまっただけです」


 彼女は恥ずかしそうに『少し』の部分で躊躇って頬を赤らめながら言う


 「俺はラーサー、君の名前は?」


 ラーサーは自ら名のり修道女の名前を聞く


 「グィネヴィア…と申します」


 小さく会釈をしてグィネヴィアは答える、こんな状況で出会った相手に名前を教えるなど普通は有り得ない事だ、それでも何故かグィネヴィアは彼になら教えても良いという気持ちになって答えていた


 「お邪魔をしてすまんが私にも手を貸してくれるか?」


 断りを入れてマーゼル卿は声をかける、あの速度で倒れたのだ、先に気遣う相手は年輩のマーゼル卿だったのかもしれない


 「すいませんマーゼル卿」


 ラーサーの言葉にグィネヴィアが反応する


 「マーゼル枢機卿?気が付かず申し訳ございません、ご無礼をお許し下さい」


 グィネヴィアが深く頭を下げて無礼を詫びるが、マーゼル卿はそれを手で止め、自分の膝の汚れを叩きながら気さくに話す


 「気に留める事はない、それよりも怪我がなくて良かった…」


 安堵したのも、つかの間、ラーサーは自分たちに向けられた殺気に気付き前に出る


 「見つけたぜ…この尼ぁ!」


 顔半分を包帯でグルグル巻きにした男、ラーサーとマーゼル卿はこの男の外見に見憶えがあった、ヨシュアが昨日ボコボコに打ちのめしたという聖教騎士チューバスだ

グィネヴィアは恐怖で声が出ない、それでもラーサーの影に隠れようと必死に気配を殺す


 「テメェのせいでこの怪我だ責任はとってもらうぜ?」


 この言葉でラーサー達はグィネヴィアがヨシュアが出会った修道女だと合点がいく


 「なるほど…グィネヴィア、きみが俺たちの探していた女性だったようだ」


 ラーサーの顔は優しく笑っているようにも見える


 「え?それはどういう意味です?」


 聞き返すグィネヴィアにマーゼル卿が説明をする


 「このハンカチは君のだね?」


 「あ…はい、オリアス様から頂いた……あっ!」


 思わずオリアス教皇と接触していたことを口走ってしまい慌てて口を覆う


 「やはりか…私達にオリアス教皇陛下の居場所を教えてはくれないか?」


 「…」


 「おい!何をコソコソ話しをしている」


 チューバスは悪態をついて声をかける


 「悪いなコッチは取り込み中だ少し黙っていてくれ」


 「ふざけろガキが!」


 怒りに任せてチューバスは剣を抜き斬りかかる、これを殆ど見ずにラーサーは片手でチューバスの手を掴み止めてしまう

自らは剣を抜かずに相手の攻撃を無力化させる、ラーサー自身は意識したことはなかったが既に達人の域に達した立ち回りであった


 「この野郎!」


 押し返されるようにチューバスは距離を取る、此処でチューバスは何かに気づく、ラーサーの後ろにいるマーゼル卿に見覚えがあったのだ


 「そのジジィ……まさか枢機卿か」


 ラーサーの反応は早かった、こういう連中の思考回路はラシッドと同じで迷惑な行動を起こす

反射的に気絶させて黙らせようと一気に接近するがチューバスは後ろに飛び退き懐から警笛と取り出す

ラーサーはこれを最も恐れていた、対人戦であれば負ける気はしないが仲間を呼ばれるのは厄介だと、チューバスは毛細血管の酸素まで使いそうな程に大きく息を吸い肺活量を最大に使って警笛を鳴らす

ピィーーーーッ!!!

耳の奥でハウリングを感じるほどに甲高い音が辺りに木霊する、直ぐにラーサーはカリブルヌスの柄で鎧の隙間に強烈な打撃を放つ

ドゴッ……ボギィン

骨が折れたような音と共に叩かれた肉が変形をするような現象さえ見えた、くの字に体を折りたたむようにチューバスは崩れ落ち泡を吹いていた

白目を剥き、口は半開き、そこはかとなく幸せそうな顔にも見える情けない面で倒れたチューバスにラーサーはため息を吐く、それと同時に辺りに聖教騎士団の声が聞こえ騒がしくなる


 「マーゼル卿行きましょう!」


 ラーサーは振り返りマーゼル卿に声をかける、それをかき消すように聖教騎士団声が響いた


 「いたぞ!こっちだ相手は3人!男2人と女1人だ!騎士が1人やられている!応援をもっと呼べ!」


 駆けつける足音は一層多く聞こえる


 「まずいな…」


 ラーサーの懸念をマーゼル卿も理解していた


 「どうやらキミを巻き込んでしまったようだ…」


 グィネヴィアはまだ状況を理解していない

聖教騎士団は確かに『男2人と女1人』と言った、既にグィネヴィアはラーサー達の仲間だと思われている、此処で彼女を置いていってもチューバスが起きれば自分のプライドから『敵』だと言うだろう、グィネヴィアを連れて逃げるしかなかった


 「マーゼル卿は先導を…後ろは俺が止めます」


 グィネヴィアも自分の状況をようやく理解しマーゼル卿に着いて走り出す、聖教騎士団の兵士は直ぐにかなりの数が集まり退路は塞がれた、一対多数の戦いに慣れているとはいえこの数を相手にしていては埒が明かないとラーサーは考えカリブルヌスを強く握り構えをとる


 「まだ加減が上手く出来ない死にたくない奴は散れ!」


 先程ラシッドを足止めする為に放った斬撃をもう一度試してみたのだ

シュッ……ダァン!

必要以上の力を込めず撃たれた斬撃は光の粒子を巻き込み綺麗な衝撃波となり兵士達の足元に命中した、衝撃音とともに吹き飛ばされた兵士達地面に倒れ込み立ち上がれない、3割程度のちからで放ったにしてはまずまずの威力だった、実戦で使える技として手応えを感じながらラーサーはマーゼル卿を追った


 ―西門付近の路地―


 先を走るマーゼル卿とグィネヴィアは西を目指す、捕まれば命の保証はない、何としてもこの窮地を脱する、それだけを思い地面を蹴る、後ろに続くグィネヴィアも家督から逃れる為に修道に入ったにもかかわらず厳しい運命に直面し悲壮感がみえる


 「きゃっ!」


 心と体が疲弊しフラフラになったグィネヴィアは足がもつれて転んでしまう、不運すぎる自分の運命を呪うかのように自暴自棄になりかけたグィネヴィアに追いついてきたラーサーが手を差し伸べる


 「立てるか?」


 デジャヴを感じながらグィネヴィアはラーサーの手を取る


 「ありがとうございます」


 僅かにグィネヴィアの手は震えていた


 「走れるか?」


 ラーサーは震えるグィネヴィアの手をしっかりと握りながら聞く


 「はい、大丈夫です」


 顔をあげたグィネヴィアは気丈にも笑顔で答える、ラーサーは繋いだ手を離さず走り始める、マイティフォースはラーサーの身体能力だけでなく感覚までも強化する、グィネヴィアの悲痛な想いが手を伝わりラーサーに流れたのかもしれない、それほどまでにグィネヴィアをしっかりと守りたいと強い決意となってラーサーを動かす、路地の先で前を走るマーゼル卿の足が止まる


 「この賊め!逃さないぞ!」


 回り込んでいた聖教騎士団の兵士が数人待ち伏せていたのだ、強引に突破するにしては状況が悪すぎる、ラーサーの顔が一瞬曇る


 「さぁ、観念し……ごッ」


 喋っていたリーダー格の兵士が糸が切れた人形のように倒れ込む、続いて次々と兵士達が倒されていく


 「遅かったので心配しました」


 倒された兵士達の後ろから声をかけたのはヨシュアとアースナだった、流石にこの2人の相手を一般兵がするのは厳しかったようだ、次々と倒されていく


 「あら…そちらは?」


 アースナがラーサーに手を引かれるグィネヴィアに気付き声をかけた、ヨシュアはグィネヴィアの顔を覗き込み『昨日の…』と言う、直ぐにグィネヴィアは昨日チューバスから助けてくれた騎士だと気付き頭を下げる


 「貴方様は昨日の騎士様…その節はお世話になりました」


 「長い話はあとだ、すぐに追っ手が来る」


 「馬を用意してあります、さぁこちらへ」


 ヨシュアに案内され繋がれた4頭の馬のもとでマーゼル卿がグィネヴィアに優しく問いかける


 「神殿騎士団のバラン騎士団長を訪ねて保護を求めなさい、私たちに人質にされたと言えば悪いようにはされないはずだ」


 騒ぎに巻き込まれた彼女を気遣い対応策を伝えると、グィネヴィアから驚く言葉が返ってきた


 「私を連れて行っては下さいませんか?お願いです!」


 グィネヴィアは修道着の裾をギュッと握りながら力強く言葉を発する、マーゼル卿はどうしたものかと困り顔だが時間は待ってはくれない、後方からは聖教騎士団の兵士の声が近づいてくるのだ


 「急いでください!」


 アースナが急かす、マーゼル卿が口を開くより先にラーサーが言う


 「何か事情があるのは察した、この馬に乗れば聖都を追われる身だ、覚悟はいいのか?」


 グィネヴィアは無言で首を何度も縦に振る、ラーサーはグィネヴィアの腰を持ち上げ馬に乗せる


 「しっかりと此処を持っているんだ」


 鞍をしっかり握らせグィネヴィアに言い聞かせる


 「責任は全て俺が取ります、行きましょう」


 もうこれ以上は留まれない、マーゼル卿は『任せよう』と言い馬に乗る、ラーサーはグィネヴィアの後ろに飛び乗り手綱をしっかりと握る


 「先陣はアースナと私が務めます!」


 アースナもヨシュアも共に強烈な攻撃力を誇る騎士だ、切込みを任せるのにこの2人以上の適任者はいないだろう、疾走するヨシュアは虚を突かれた門番たちを槍でちからの限り打ち付ける

バチィィンッ!!

門番たちは壁に叩きつけられ崩れ落ちる、続いて近くで待機していた兵士をアースナが辺りの建造物ごとぶちのめす、死人が出ていてもおかしくない状況だが見える範囲では皆生きているようだ


 「しっかりと掴まっていてくれよ」


 ラーサーはグィネヴィアを自分の体に密着させバランスを安定させ馬を走らせる、まんまと逃してしまった聖教騎士団はひとまず追跡を諦め態勢を立て直す必要があった

 

 

 

 

 

 

 

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