第12話 運命を託されたもの
ラーサー達は早朝まだ暗い郊外を足早に聖都の城門に向けて移動する
遠くの木々からは朝の鳥の鳴き声が聞こえる、陽が昇る前の郊外には人の気配はない
足下の草を蹴飛ばす度に朝露の雫が飛び、その水滴に少しづつ朝日が映り込み光を反射する
城門を警備する門番は油断しきって朝飯の入った紙袋からパンやジャンクフードを取り出して頬張っている
堂々とした姿で通り過ぎれば侵入は容易であった
「入れたな…」
「あぁ、あれだけ油断してれば気づいてないさ」
ヨシュアとラーサーが話す横でマーゼル卿は久しぶりに聖都ティラナへ帰還した事に感慨深い想いを馳せる
「行こう、長居は危険だ」
マーゼル卿は波のように押し寄せる想いを押し殺して先を急がせる
アースナは初めての聖都に目を奪われながらも護衛としてしっかりとマーゼル卿の傍に立ち警戒は怠らない
「何とも言えない街ですね…色んな事を感じます…もっと神聖な場所だと思っていました」
アースナは感じたままに聖都ティラナが抱える危うさを口にしていた
一行はバラン騎士団長が居るであろう大聖堂の方角へ向かった、この時間であれば聖教騎士団に遭遇する確率も高くはないだろうと予想していたが、昨日の『ある一件』があったことで巡回する騎士や兵士の数は多かった
「絶対に見つけろ!この俺に恥をかかせたことを後悔させてやる」
顔面の半分を包帯でグルグル巻きにした男、こいつはヨシュアにボコボコにされた騎士チューバスだ、自分のプライドと共に顔を傷つけられ怒り心頭といった感じだ
「……あいつは昨日、例のハンカチを拾った時にぶちのめした外道…」
「……なるほど、それでか…」
「…申し訳ございません」
「仕方がないさ…二手に分かれよう、俺はマーゼル卿と行く、ヨシュアとアースナは反対側から回って西門で落ち合おう」
「待ちたまえ…これを持っていくといい」
マーゼル卿は紋章印が施された指輪と小さな密書を別行動をとるヨシュアに渡すと、『バラン騎士団長に会えたら渡してくれ』と託した、4人は互いの無事を祈り二手に分かれて散っていく
―ラーサーとマーゼル卿―
物陰から様子を伺うラーサーは通りを慌ただしく駆ける聖教騎士団に気づかれない様に、マイティフォースを使い周辺の兵士の数を把握する
「ちっ…こっちにも居るのか」
この道は通れないと判断すると素早くその場を離れマーゼル卿の元へ戻る
「ダメです、この先も兵士が集まっています」
報告を受けるとマーゼル卿は少し考え口を開いた
「おかしいな…騎士1人が暴漢に倒されたというだけにしては動員している数が多い…これ何か他にあるな」
ラーサーの神威を信頼して2人は道を選んで移動していく、感覚が研ぎ澄まされるマイティフォースの案内なら安全な道を選択できるはずだった
「其処で止まってもらおう」
声が聞こえ2人の体が固まる、ラーサーもマーゼル卿もこの声の主に心当たりがあった
覚悟を決めマーゼル卿が振り返りながら言う
「流石だな…もし私達に気づく者が居るなら君だと思っていたよ……炎帝オルバルド…」
呼び止めた相手は炎帝オルバルドであった、既に昂炎剣を抜いており魔法剣らしき刀身からは熱炎が燃え上がっている
「久しいなマーゼル……んッ!ほぅ…君は……」
オルバルドは一緒に居るラーサーに気付きハッとする
「…オルバルド様」
「そうか…君がラーサー・ラインゴットだったのか……運命の巡り合わせを感じるよ」
オルバルドは見逃すつもりはないと剣を納めず厳しい目つきのまま対峙する
「見逃してはくれぬか?」
険しい顔でマーゼル卿が言う
「出来ぬ相談だ……投降しろ悪いようにはしない」
顔色を変えずオルバルドは即答した
「マーゼル卿…」
説得は無理だと判断したラーサーが間に入り柄に手をかける
「君が相手をするか……よかろう」
オルバルドは圧倒的威圧感でラーサーにプレッシャーをかけてくる、聖都に侵入してから此処までマイティフォースを使い気配を察知しながら移動を続けてきたが、この焼けるようなオルバルドの気配に気付く事は出来なかった
否、逆にこの場所に追い込まれていたのかもしれない、それほどに別次元の強さを肌に感じる
「ゆくぞ…」
シュッ……
ラーサーは一瞬オルバルドが消えたように感じた
しかし、ラーサーもマイティフォースで動体視力は向上している、直ぐに防御を取り攻撃を受け止める
バキィィン!
重く鋭い太刀筋だが続く攻撃もラーサーは防ぐ事は出来た、宝剣昂炎剣と対等に打ち合えるカリブルヌスをこの時ほど頼もしく思ったことはなかった
火炎による付加的な攻撃もマイティフォースの効果で相殺出来ている、激しい打ち合いの後距離をとって互いに構えを取り直す
「良い動きだ…久々に戦い甲斐のある」
「やめて下さい……まだ実力の半分も出していないのでしょう?」
「……うむ」
深く構えを落とすと覇気と共にオルバルドが言う
「これが全力だ」
スッ……
ラーサーはマイティフォースでもオルバルドの姿を追いきれなかった
体の反応も間に合わない『斬られる』唯一それだけが頭に過ぎった、直撃を覚悟したが炎熱と共に斬撃を受け止めたのはラーサーではなかった
キィィィン…
「間に合ったか」
白髪の老人、剣を極めし者オーエンだった
「オーエン様!」
ラーサーは意外な人物の助太刀に驚きを隠せない
「オーエン殿…」
マーゼル卿といえど先代剣聖が助けに来るなど思ってもいなかったのだろう、発した言葉はオーエンの名前だけだった
「痩せたな…マーゼル…」
「どういうつもりですか?オーエン殿」
攻撃を止められたオルバルドは一旦距離をとりオーエンに話しかける
「なぁに…年寄りの情けだよ…それより聞かせてくれんか?聖教騎士団は何を隠している?お主が出張る程の騒ぎがあったとは思えん……教えてはくれぬか?」
オルバルドは構えを解き事情を話しを始めた
「……昨夜、グローテス枢機卿が『聖都で重大な事件の兆候あり』という警戒令を出した、私もその警戒に当たっていたら妙な気配を感じて追ってみたというところだよ」
「グローテス枢機卿は『この一件』を読んでいたと…そういう事か?」
「そこまでは分からん…ただ、事実『手配犯』は見つかった……私には其れだけで十分だ」
オルバルドは再び構える
「相変わらず頭が固いなオルバルド」
オーエンは視線を一瞬マーゼル卿に向けて言う
「ゆけマーゼル、何か考えがあって此処に来たのだろう?」
オーエン直ぐにオルバルドに集中し、マーゼル卿たちに先へ進むように促す
「しかし…」
マーゼル卿の言葉を遮るようにオーエンは言う
「老いぼれても剣には自信がある、それに心配されるほど腕は錆びついてはおらん」
オーエンの構えに隙はなく剣聖の称号はなくしても依然達人である事はマーゼル卿にも感じられた
「オーエン殿…」
マーゼル卿は一礼をして下がる、それを気配で感じたオーエンはラーサーを呼びこう言った
「ラーサーくんといったかな?マーゼルを頼んだぞ」
深く一礼をしてラーサーも答えた
「はい、命に換えても」
マーゼル卿とラーサーが離れていく、視界の端でラーサー達を捉えている筈だがオルバルドは『敢えて』見逃したようだった
「お主…行かせるつもりだったか?」
「さぁ…何のことか……」
そう言いながらオルバルドは昂炎剣を納め構えを解いた、オーエンも名刀『不惑』(まどわず)を納めオルバルドに問いかける
「……何故お主は聖教騎士団に其処まで尽くす?」
「……」
オルバルドは無言で去っていった
「次は見逃してはくれんだろうな……やれやれ、老体には堪えるよ」
オーエンは肩をポンポンと叩きながらそう言うとその場を後にする
―アースナとヨシュア―
貴族達が多く住む区画を疾走する二人組み
アースナとヨシュアはラーサー程の危機察知能力は無いが聖教騎士団の包囲を避けながら西門に向かっていた、聖教騎士団の巡回兵の数は想像以上に多く進むほどに大通りから離れていた
「此方にも巡回兵がいる先程の道まで戻ろう…」
聖都の道を知っているヨシュアが迂回するルートを指示する、既にアースナは自分がどの辺りを走っているのか検討もつかなかった
「こっちでいいの?」
ドンッ!
後ろを振り向きながら進むアースナは出会い頭で男とぶつかった
「すまない大丈夫かな?お嬢さん」
「いいえ、こちらこそ前をよく見ていなかったもので…」
ぶつかった相手は神殿騎士団の鎧に身を包んだ紳士的な男性だった、アースナが倒れないようにとっさに肩を抱え声をかける、アースナは謝りながらこの男性の階級章を見て止まった
「貴方様は…もしかしてバラン騎士団長ですか?」
「…いかにも私がバランだが…君たちは?」
一瞬バランの顔から優しさが消えたように感じたがヨシュアもアースナもフードを取る
「君は確か…以前聖教騎士団にいた『剛槍』のヨシュア…といったかな?」
ヨシュアの顔には見覚えがあったらしくバランの方からヨシュアの名前を出した
「はい、今は自由騎士の身です」
「そうか…そちらのお嬢さんは…その鎧、北聖騎士かな?」
「はい、竜騎士アースナ・ドラファルガと申します」
「ドラファルガ……母君はアリーサか?」
「母をご存知なのですか?」
「無論だ、母君は名家の名に恥じない素晴らしい騎士だったよ」
近くで巡回兵の音がする、アースナとヨシュアは敏感に反応する
「……何か事情がありそうだな」
アースナはマーゼル卿から渡された紋章印と書状をバランに見せる
「これは…マーゼル卿の紋章印!」
「マーゼル卿からバラン様に渡すようにと…」
巡回兵の音が更に近づく、沈黙のあとバランが書状を受け取りアースナ達に言う
「兵士たちは私が止めておこう…さぁ行きなさい」
バランは手で早く行けと送り出し受け取った書状に目を落とした
―数時間前 南門付近―
ランス達も聖都南門の外縁の郊外に到着していた、ここから先は警備が厳しくなる
ランスを初めゼン、ヒュー、サンチェスは聖教騎士団に所属はしていたが顔が知れ渡ってはいないと確信はあったが、スネルビに関しては余りにも目立ちすぎる
フードを被ったところで大きなアヒルの嘴や、大きく突き出たお尻、異常に細い脚と水掻きを持った大きな足、そして全身の白い羽毛、よくよくみれば愛くるしいマスコットのようだが、出会した人間は驚き『怪物』と呼ぶだろう
一度はスネルビの身を何処かに隠させ聖都に侵入する事を考えたが、一緒に行動したほうが守れる可能性があると判断して連れて行くことになった
「あまり目立たないようにしています!」
スネルビは真顔で言うのだがどう見ても怪しいし、不自然な変装なのだがそこが可愛くもある
「あぁ…行こう、絶対に傍を離れるな」
5人と4頭の馬は聖都の南門を潜る、門番に聖教騎士団に所属していた時の認識票を見せると意外とあっさり通行出来た、スネルビは戦争で負傷した子供と偽り包帯で羽毛を覆った
アルバリア教国の内乱状態も数ヶ月間以上続き戦争孤児や負傷兵も数えきれない程に膨れ上がっていた、そんな背景も重なり怪我をした子供達には寛大だった
「さて…『啓示』とやらに従って此処まで来たが、ここからどうすればいいんだ…」
意外な事にランスは聖都を訪れるのは初めてだ、傭兵として頭角を表したのも独立傭兵団が設立された後で、元々何処の出身かは誰も知らないのだ
聖霊ヴィヴィアンに育てられたという不思議な経緯も幼少期の話を聞きにくくしている要因でもある、スネルビを馬の前に乗せ見たこともない街並みをただただ眺める、どうしたものかと考えながら
―聖都 中心部 数時間前―
神殿騎士団で名の知れ渡った騎士はバラン騎士団長以外にもう一人いる
銀聖騎士(シルバーナイツ)ラディナス・ファルローガだ、バラン騎士団長から有事の際は行動判断を任されている
バランにとっても神殿騎士団にとっても替えの効かない優秀な逸材なのだ、オリアス教皇の親衛隊隊長でありながら、その任務を聖教騎士団に奪われ今はオリアス教皇の所在すら掴めていない
日々言い表しようのない無力感と葛藤しながら過ごしていたラディナスは、この日、事態を大きく変える出来事に遭遇する
「止まれ!此処へは許可なき者は立ち入れない筈だ」
ラディナスは妙な違和感を感じて廊下を歩く騎士を呼び止めた
旧アルバリア城内は一般の騎士が立ち入る事は許可されていない、其処を見覚えのない騎士が平然と歩いていたのだ、呼び止められた騎士はゆっくりラディナスの方を振り返る、顔には特徴的な三日月形の傷があるラシッドだ、聖都へ帰還していたのだ
「おいおい…俺はグローテス枢機卿に通行許可をもらっているんだ」
ラシッドはグローテスの紋章が刻印された標識を見せるがラディナスは警戒を解かない
この男からは殺気と敵意を感じる
自分の直感が警戒を解くなといっているようだった
「……所属と名前、それと用件を言え」
「……何だ?俺を疑ってるのか?グローテス枢機卿に呼ばれて来た…ただそれだけだ、俺はあんたのことは知ってるぜシルバーナイツさん」
ラディナスの眉が歪む、嫌悪感を持った者に対して体が反応したのだ、ラシッドが言った『呼ばれて来た』は嘘である、連絡が取れなくなった事に業を煮やし直接赴いてきたのだ
ラディナスも言葉の中に『嘘』があることは見抜いている
沈黙が続く
ラシッドも譲らずラディナスを睨むように見続けている、ラディナスは左手を柄にかけたままだ、切り合いになればラディナスに分があるのは承知の上だろう、それでもラシッドは引く気はないようだ
「こちらにいらっしゃいましたか、探しましたよ『ジョンドゥ』様…」
沈黙を裂くように現れたのはジュリアス副司祭だった、ラシッドを『ジョンドゥ』と呼びふてぶてしくも待ちかねたと言うのだ
無論ラディナスも呼ばれた名前が偽名だと見抜いている『ジョンドゥ』とは【名無し人】の意であり、身元確認が困難な遺体を発見した兵士が使うスラングなのだ
「おや、ラディナス様ご機嫌は如何ですか?こちらのジョンドゥ様は外縁哨戒船団の分隊長をされているお方です…さぁ長い海上生活でお疲れでしょう?こちらでお休みください」
これは演技だ、確信できるだけの直感はある、だが証拠はない
ラシッドは北部帰りで霜焼けを顔に負っている、海上での日焼けと言われれば言い返す言葉はない、無精髭や草臥れた様子も一層そう思わせる要因になっている、此処は引くしかない
「来客がある場合は警備を増やした方がいい」
ラディナスがそう告げるとジュリアス副司祭は『気をつけます』と意に介さない顔で去っていった
人払いが済んでいる部屋にラシッドは案内されると自ら話しを切り出した
「何故俺を助けた?貴様はグローテスの腹心だろう?俺が何しに此処に来たかは容易に想像がつくはずだ」
扉を閉めるとジュリアス副司祭は振り向かずに語り始める
「…えぇ、貴方は北部で見限られた事でグローテス枢機卿に反感を抱き、警告に来た……否、自らの手でグローテス枢機卿を仕留めに来たか…まぁ、おそらくは後者でしょうが……」
「其処まで予測していて何故俺を助ける?」
「…貴方を此処で失うには惜しいと思ったからですよ…現に貴方は僻地と呼ばれる過酷な北部にまで行き、こうして生きて戻ってきた……理由はどうあれ其れだけで私の傍に置いておく価値ある男だと思わせてくれた」
「フン!グローテスが棄てた俺をお前が拾うとでも言うのか?」
「私は貴方を買っているのですよ…悪い話しではないでしょう?私はグローテス枢機卿の様に貴方を捨て駒にするつもりはない…どうですか?私と共に歩むつもりはありませんか?」
ジュリアスは振り返りながら右手を差し出しラシッドを迎え入れようと口説く
「……ハッ…面白い!いいだろう乗った!…だが、ひとつ条件がある!マーゼル卿に同行してるラーサーって奴を俺に殺させろ!あいつだけは絶対にこの手で始末してやる!」
「フフフ…」
「何が可笑しい?」
「いえ…貴方は本当に思った通りの人だ、そう言うと思ってコレを用意してあります」
ジュリアスの手には古い鍵が握られていた
「これは大聖堂の地下にある宝物庫の鍵…貴方も戦うにはそれなりの武器が必要でしょう?」
大聖堂の宝物庫といえばラシッドでも知っている宝具が多数眠っている場所だ
とりわけ教国三名槍のひとつ【神槍ウィンドミル】はアルバリア教国で知らぬ者はいないだろう、ラシッドはしたり顔で鍵を受け取ると部屋を後にする、ジュリアスはそれを見送りこういうのだ
「本当に……予想通りの男だ」
―大聖堂―
ジュリアスの動きを読んでいたのか一連の不穏な流れを察知したのか先に行動を起こしていたラディナスは大聖堂に赴いていた
ジュリアスの持っていた宝物庫の鍵はグローテス枢機卿から渡されたものか、或いはジュリアスが勝手に拝借したものかは定かではないが枢機卿団が預かる一本である
しかし、宝物庫の鍵はもう一本あるのだ、その鍵を預る人物は大聖堂の祭主を司るシウス大司教だ
教会の職務を預かるものの中では老齢な御仁で、グローテス枢機卿のご機嫌を伺う者が多い中シウス大司教は秩序と平和を説いてきた1人だ
もっともグローテス枢機卿の権力が強まりオリアス教皇の所在が掴めなくなってきてからは宝物庫の管理者として大聖堂に追いやられてしまっている
「お久しぶりですシウス大司教」
「ラディナス・ファルローガ…お主が此処に来たということは、いよいよにして戦乱が極まったと云うことか」
「残念ですが…その通りです」
「そうか…」
シウス大司教は大きなため息を吐き話しを続ける
「此処の宝具を託す相手をずっと思案していた…お主になら頼めるかのぅ」
シウス大司教はこれといって問答をせずに首から下げた鍵を手に取ると、大きな扉を開けてみせた
「宜しいのですか?」
「ハッハハ…お主とバランはこの聖都で最も信用に足る人物だと思っている」
たくさんの宝具が飾られている宝殿の中を2人は進んでいく、やがて突き当りに安置された一本の槍の前で立ち止まるとシウス大司教は言う
「これ取りに来たのであろう?神槍ウィンドミルを」
アルバリア教国が誇る槍のひとつ神槍ウィンドミルは神々しくも堂々とラディナスを待っていた、教国三名槍の中でも別格の存在とされ風を司る神力を宿すという、シウス大司教もこの混乱でこの宝具だけは守りたいと願っていた
「私から頼みがあるのだが、これを正しく使える者に託してはくれぬか?」
「正しく使える者…ですか?」
「然様、その導き手へはこの神槍が自ら選ぶだろう」
ラディナスは祭壇の様な台座に置かれた槍の前に立つ、綺麗な装飾と宝石、刃先は僅かな光をも反射し輝いて見える
旗章の様に槍に巻かれた純白の布はラディナスに手を取れと語りかける
意を決し槍を持ち上げたラディナスは想像以上の槍の軽さに驚いた、全体は軽く絶妙な重心バランスをもち、それでいて切っ先側にはしっくりくる重さを感じる、ラディナスも槍と剣を操る異種二刀流の真髄を極めた者だ、故にこの槍の凄さを心の底から感じていた
それと同時に自分ではこの槍を使いこなせないと直感し、神槍ウィンドミル自体もラディナスを主として選んでいないことがわかった
「必ず【神槍の選び手】に渡します」
大聖堂の外が少し騒がしくなった、シウス大司教はラディナスに離れるように促す
「さぁ行きなさい」
ラディナスは一礼をして裏口に繋がる扉へ向かっていった、シウス大司教はそれを見送り大きく息を吸い祈りを捧げる
「神のご加護を…」
暫くして大聖堂の入口に人が立つ気配を感じた
「よぅ大司教さん」
大聖堂に不釣り合いな掛け声をする男は想像がつくだろうラシッドだ
ジュリアスから宝物庫の鍵を受け取り気分上々なようだ、この男がアルバリア教徒では無さそうな事はシウス大司教なら見て分かる
「如何がなさいました?」
「これが何か分かるだろう?地下宝物庫を開けてくれ」
シウス大司教は聖教騎士団で誰がどのような権限を持っているか把握はしているつもりだ、団長クラスでもない騎士が宝物庫の鍵を持っているのだから何らかの悪意があると察する
「…宝物庫にどのようなご要件でしょうか?」
「答える義理はない、アンタは黙って開ければいい」
「……わかりました」
階段を降り大きな扉の鍵を開けるとラシッドはシウス大司教を押しのけて中に入る、一直線に向かうのは神槍ウィンドミルが安置されていた台座だった、そして、何も安置されていない台座を見てラシッドは立ち尽くしやがて重い口を開いた
「…此処にあった物は何処に行った?」
「…持つべきものの場所に…」
殺意を凝縮したような邪悪な目でシウス大司教を睨むとラシッドは言う
「そうか…じゃぁお前は此処の管理者失格だな」
シュバッ!!
ラシッドはおもむろに近くの剣を握りシウス大司教を斬りつける、ここに眠っている武器はどれもが宝具だ
ラシッドの意思を汲み取るかのように蛇腹状に刀身が伸びていく、ラシッドが手に取ったのはウィップソードだったのだ
「コイツはいいィ」
ザシュッ!ザンッ!シュバッ!
ゆっくりと倒れるシウス大司教を狂気の顔つきでラシッドは何度も斬りつける、腕や耳は千切れ辺りは血の海と化した
「はぁぁ…」
顔に飛んだ血を気にもせず快楽と余韻を愉しむその顔は、ラーサーが初めてラシッドを見たときと同じ『狂人』のソレであった
―ラーサーとマーゼル卿―
西門に向かうラーサーとマーゼル卿は道を急いでいた、オーエンがオルバルドを引き付けている間になるべく離れる必要があったからだ
ラーサーは急ぐあまりマイティフォースによる索敵を怠っていた、もっともオルバルドの様な達人は意図して自分から逃げる気配を察知して追撃してくるという事を経験した後だ、過信をやめていたとも云える
そんな2人は出会い頭にある人物と鉢合わせしてしまう、ラーサーが曲がり角で人の気配に気付き減速する、相手もこちらに気づいたようで速度を落としたが止まれずに互いにぶつかる前に停止する
「神殿騎士」
相手の鎧を見てラーサーは距離をとった、ラーサーはバラン騎士団長の顔を知らない、聖教騎士団でなければ先制攻撃を仕掛ける事もできない、一旦距離を取るしかないのだ
そして、その相手は神殿騎士団の銀聖騎士ラディナスであった、ラディナスも神槍ウィンドミルを持って大聖堂から離脱中であり状況把握を失念していたのかもしれない
「この鎧…傭兵か?」
ラーサーがラディナスの顔を知らなかったようにラディナスもまたラーサーの事を知らない、だがラーサーの後ろにいる男には見覚えがある
「マーゼル卿!何故ここに?」
逃亡中として各地を転々としていると情報はラディナスの元にも入っている、そのマーゼル卿が危険を冒して聖都に戻ってきているのだ驚くのは道理
「ラディナス…」
マーゼル卿のこのような状態で会いたくはなかったと心の底から吐露するかのような声にラディナスはかける言葉を失う、その時ラディナスの手に握られていた神槍ウィンドミルの宝石がラーサーに反応を示すかのように一瞬光を放った
「うん?…今光りませんでしたか?」
ラーサーが自分の顔を照らす様に光った宝石を覗き込むように言う
「あぁ、今確かに……」
マーゼル卿も先程の光を目撃していた、もう一度光るのではないかと食い入る様に宝石を見つめるが光ることはなかった、ラディナスは神妙な顔で沈黙する
「うん?…この槍……ラディナスまさかこの槍は神槍ウィンドミルではないのか?」
流石は博識のマーゼル卿だ、ラディナスが握る槍が神槍ウィンドミルだと気づいたのだ
「はい、故あって地下宝物庫から運び出しました」
「そうか、特別な理由がありそうだな…」
マーゼル卿はそれ以上は聞かなかった
ラディナスはもう一度ラーサーを見つめ槍に施された宝石が反応するか待ったが、やはり光ることはなかった
「確かに一度は光った…この者に託すべきか……」
マーゼル卿と一緒に居るのだからそれなりの実力の若者なのだろうと推測は出来る
「君の名前は?」
ラディナスはラーサーに名前を尋ねる
「ラーサー・ラインゴットです」
ラディナスはこの名前に心当たりがあった
「君があの傭兵か?」
ラーサーはラディナスの言葉が何を指しているのか察し静かに頷く、ラディナスは運命の導きを感じながら神槍を渡そうと心を決めていた
「でも此処で神槍ウィンドミルをお目にかかれるとは思いませんでした、この事を話したらヨシュアやロイは羨ましがるだろうな」
ラーサーが何気なく2人の名前を出すと淡い光で再び宝石が輝いた、空かさずラディナスが口調を強めて聞く
「今の名前!もう一度言ってくれ!」
「え…ヨシュア」
「ストームランサーの事は知っている、もう一人の方だ」
「…ロイ」
その名前に反応するかの様に神槍ウィンドミルの宝石が輝く
「その名前の者に届けろという事か…マーゼル卿、ラーサー殿、私をそのロイという者に会わせてもらえないか?」
ラディナスは教皇親衛隊の隊長だ、とはいってもオリアス教皇の所在が掴めなくなってからは名ばかりの隊長で、親衛隊の役目も今は聖教騎士団に奪われた、ラディナスはバラン騎士団長にかけられた言葉を思い出していた『自分の正しいと思うままに行動をしろ』という言葉を、そして、意思を持つかのようにラディナスを導く神槍ウィンドミルを信じて決断をしたのだ
しかし、頼まれたマーゼル卿とラーサーは困り顔だ
「ラディナス…私達は西に向かう途中なのだ、先程のロイという者は南聖騎士団に所属している、方向が違うのだ…」
落胆を隠せないラディナスに救いの手が差し伸べられる
「ロイの所になら俺が連れて行ってやるぜ?」
聞き覚えのある声、ラーサーは大きく目を見開き声がした方を向く、黒い髪を靡かせて悪戯でも思いついた少年のような笑みを浮かべた男が腰に手を当てて立っていた
「ランス!なんでここに?」
「それはこっちのセリフだぜ、北のシュコドラに向かったんじゃないのかよ」
ラーサーは思わずランスに駆け寄る、最後にランスに会ったのはラーサー達が東のコルチアを出発する時だ、もっともその時はランスは眠っていて互いが起きていたのは、薬によって聖教騎士団に操られ剣を交えていた時にまで遡る
再会を喜び互いの体の心配をするような他愛のない話をする、後ろにはゼン、ヒュー、サンチェスも居る
敵として戦った時に手強いと感じた者たちが一緒なのだ此処までの旅は何も問題はなかっただろうと思っていると、ランスの後ろに隠れるようにしている少年を見つけた、少年と言っていいのだろうか、見た目は非常に人のソレとは離れているが何処か可愛らしさや愛くるしさを覚える姿をしている
「ランス…その子は?」
「あぁ、途中で拾ったんだ名前はスネルビ」
ランスの言い方は仔猫でも拾ったとでもいうような口調だった、顔はアヒル、体もその体型、ラーサーは驚きはしたが深く問いただすことはせずに
「こんにちは」
と優しく声をかける
「こ、こんにちは…」
見た目以外は年相応の子供の様だと確信できる反応だった
「話しは立ち聞きさせてもらった、俺たちは南のヴロラまで戻る予定だ一緒に来るかい?」
「それは助かる…私にはこの槍を届けるという使命があるようだ」
ランスとラーサーは互いの顔を見合ったまましばし沈黙する
「また、お別れだな…」
ラーサーが言う
「あぁ…死ぬなよ」
ランスも応える、そして拳を合わせて其々が進むべき道に向かっていく
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