第11話 聖都ティラナ
マーゼル卿たちがシュコドラを出発する日
送り出しに来ていた騎士レイルは少し寂しそうだった、アースナに心酔し彼女の為に北聖騎士団に捧げてきたようなものだ無理もない
そんな彼の気持ちを汲んでかアースナは『次に会うときは隊長だな』と背中を叩き前を向かせるのだった
アースナの強さにのみ注視されてしまうがレイルも数年もすれば北聖騎士団の顔として名を馳せる事になる実力者だ
最も頼もしい事に彼以外にも猛者は揃っている、油断をすればその者たちに足元を掬われるだろう
アースナは最後に鍛錬を怠るなと忠告をしてスレアス騎士団長に挨拶をする
「行ってまいります」
「うむ、息災でな」
「私が北を離れたと隣国に知られたら、此処ぞとばかりに攻めてくるかもしれませんね?」
意地悪そうに八重歯を見せながらアースナはスレアス騎士団長にそう言うが、片目を瞑ったまま近くの壁に立て掛けられている、飾りかと思われた信じられない程の大斧を軽々と持ち上げこう言い返す
「私がいる限り簡単にアルバリアの地は踏ませんよ」
その様子を見ていたラーサーとヨシュアは言葉をなくす
神威の使い手とは聞いていたがこの異常な迄の怪力は、ドラゴンインストールを使ったアースナよりも強いのではないかと思ってしまう程だった
豪快な大笑いをしてスレアス騎士団長がアースナを送り出すと、仕度を終えたマーゼル卿がスレアス騎士団長に挨拶をする
「世話になったスレアス騎士団長、その神威とレディ・アースナが居れば北聖騎士団も安泰だな」
「…いえ、私のこの神威(ちから)はズルいものですよ、ドラゴンインストールで変異したアースナをマーゼル卿もご覧になられたでしょう?」
「あぁ、道中彼女のおかげで助けられた」
「彼女はあれ程の力を使うために醜い見た目にならなければならん、それ故に幼子や人によってはアースナを怖がる…それに引き換え私は何の制約もなしにこの神威を使い放題だ、臆病者の能力だと恥ずかしく思うよ」
「…ちからは持つべき者に与えられ、扱うものには責任と覚悟が求められる……恥じるべきではないよ」
マーゼル卿はそう伝えるとラーサー達に近づいていく
「待たせてしまったな、さぁ出発しよう」
最低限の荷物はマーゼル卿自ら持ち歩き始める、護衛として数人の北聖騎士団の兵士が同行する、獣に襲われ無駄な消耗を省くためだ
「麓の村に馬を待機させてあります」
ラーサー達が登ってきた道とは別の西の林道を抜ける事になった為、雪山から離れた場所にある村に馬の手配をしてあった
とはいえ雪をかき分けて下山するのは想像以上に体力を消耗した、半日以上かけて村まで辿り着くと凍えた体を温めながら休むことにした
「ここから南に下ればティラナに着く、鎧の防寒対策も必要ないだろう」
マーゼル卿は濡れた服を乾かしながらそう言った
「やっと暖かい地域に入りますね…レディ・アースナは北部以外は初めてかい?」
ヨシュアは鎧や武器に施した毛皮や布を剥がしながらアースナに話しを振った
「…その『レディ』と云う敬称はやめて貰えませんか?私のことはアースナと呼んで下さい」
皆がアースナの事を女性だからレディと呼んでいる訳ではなく、男性に向ける『貴殿』『貴君』と同じ敬意を払った敬称なのだがアースナはそれは要らないという
「わかった、ではアースナ…君も敬語ではなく普通に話してくれ、私もその方が接しやすい」
この4人の中でマーゼル卿の次に年齢が高いヨシュアは流石に会話が上手く、雑談を交えながら互いの事を語り合っていく、ひとつのパーティとして行動を共にする以上こういった交流は絶対に必要だ
事前に互いの事を知れるだけで戦いになった時に意思疎通を図る事が容易になる、この日は夜遅くまで他愛もない話をしながら4人は語り合った
―ラシッドの滞在する村―
ラシッドは未だシュコドラから南西に離れた集落に滞在していた、連れてきた部下の体調は回復したがグローテス枢機卿宛に送った鳩の返信がない
途中で鳩が鷹や梟に食べられたと思い何度か送ったがやはり返信はない
「くそッ!俺を見捨てるっていうのか!見くびりやがって!」
ドンッ!!
怒りに任せて酒の入った粗末なグラスをテーブルに叩きつける
この数日でヒゲがかなり伸びて老けたように見える、酒を提供する店主や従業員は少し怯えている、否、正直に言えば迷惑そうだった、其処へシュコドラへ納品を終えた油売りが入ってきて酒を注文する
「おぅ、いつものヤツを頼むよ」
店主はカウンターの奥に置かれた瓶を取り出すとグラスに半分くらい注ぐ
「もう、今日の仕事は終いかい?」
カウンターに肘をかけながら美味しそうに酒を飲み干す油売りに店主はそう言った
「今年は雪が深い…朝イチに行かないと日暮れまでに帰ってこれるか分かったものじゃないからな」
指でおかわりを要求し店主は再びグラスに注ぎ入れる
「そうだ、アースナ様がシュコドラを出発したらしいよ」
「アースナ様が?一体どうしてだい?」
「何でも旅の偉い人の護衛を兼ねてスレアス騎士団長が同行を命じたらしいよ」
店主は酒を注ぎながら『へ〜』と相づちを打つがラシッドは乱暴な声で油売りに声をかける
「おい!その話詳しく教えろ」
余りに凄むので油売りも店主もたじろいでしまうが、一呼吸おいて油売りはラシッドに見てきたことを伝えた
「なるほどな…感謝するぞオヤジ」
そう言って気前よくラシッドは自分の飲み代と油売りが飲んでいた分を払っていく
隣の宿では部下たちが寛いでいたが急いで部屋へ飛び込んできたラシッドに皆立ち上がり注目する
「行くぞ!仕度をしろ!」
叩き起こされ慌ただしく装備を整えていく
ラシッドは準備をしながら向かう先を告げた、それはシュコドラではなく聖都ティラナであった、ラシッドはラーサー達が聖都を経由すると踏んで先回りをする算段だ
「奴らの首を手土産に騎士団長の座でもいただくか」
武器を携帯する手に力が入る、士気は十分、体力も完全に戻っている、確かな手応えと共にラシッド隊はティラナに向かう道を進み始める
―聖都 教皇公邸―
アルバリア教国の政を司る渦中の聖都ティラナには運命に導かれた者達が居る
「おやおや、これはバラン殿とシルバーナイツの……」
「モダス殿か…ここは教皇陛下の公邸、聖教騎士団が何の御用かな?」
「あぁ…そうだったな、神殿騎士団は教皇陛下の親衛隊も任されていたな…もっとも今は我ら聖教騎士団がその務めを任されている訳だが…おっと、先を急ぎますのでこれで…」
「言わせておいて宜しいので?」
「あの男、小賢しくも煽りよる……それよりも今日は『腰巾着』を下げてはいないようだな」
「…ゴバルデル殿の事ですか、妙ですねいつもは一緒に居るのですが」
「何を企んでいるのやら…聖教騎士団といい、アルバリア聖教会といい…もはやこの聖都で信頼できる者は少ない、ラディナス…いざと云う時はお前の正しいと思うままに動け…」
「かしこまりました」
ラディナスも経験豊かな聖騎士だ、バラン騎士団長が多くを語らずともその真意を汲み取る事は容易い、自分が辿る運命の道筋を僅かに悟っていたのかもしれない
―聖都 大聖堂―
聖都ティラナの丁度中心には教会が管理する大聖堂がある
歴史的な壁画や装飾が荘厳さをたたえている、其処に1人の騎士が礼拝に来ていた
赤い鎧に身を包む炎帝オルバルドの姿は大聖堂の中に溶け込むことはなく、まるで炎が佇むそんな印象を与える
「これはこれは…オルバルド様、礼拝ですか?」
「ジュリアス副司祭殿か…意外かね?」
「いえ…」
「これでも小さい時は毎週礼拝に訪れていたものだ……」
「信仰は心に安らぎを与えて下さります…さぁ一緒に神への祈りを…」
「……不思議だな…副司祭殿には無礼かもしれぬが、私はキミが信仰にあまり興味がないように思えていたよ」
「……またまたご冗談を」
「……フッ…せっかくのお誘いだが、あいにくと用事あってね…またの機会にさせてもらうよ」
「そうですか…それは…残念ですね…お気をつけて……」
去っていくオルバルドをジュリアスは冷めた目で見送るのだった
―聖都 旧王城跡の塔―
暗い部屋で机に向かい何かを書いている若い人物がいる、端正な顔立ちだが少し窶れた様子と虚ろな目をしている
色白で聖職者の誓いをした者が身につける首飾りをしている、この華奢な男が誰なのか今の姿からは想像もつかないがオリアス教皇その人である
筆を取る手からは神威の発現を示す光の粒子が散る、その光の粒子は書かれた文字に定着すると七色に輝く
「また大きな出来事が起こるのか…」
ガチャガチャ……
鍵が開く音がして扉が開く
ギ、ギィィィ…
「ご機嫌は如何ですかな?オリアス教皇陛下」
「グローテス…いい加減にこんな事はもう止めるんだ」
「何を言われるのですか…私は陛下の御身を案じてやっているのですよ?」
「私を幽閉したところで運命は変わらぬぞ…」
「……」
「いや…違うな、お前はこの『ちから』を使い自分の邪魔者を排除するつもりだな?」
「……はて、私には何のことだかさっぱり……」
オリアス教皇が書き記した書物をグローテス枢機卿は掴み取り新しい紙を机に置く
「また来ます……」
「くっ…」
重い音と共に扉が閉まる、長い監禁生活でとうに逃げる気力は失せている、しばらくして扉の外で警備兵が誰かと話しをする声が聞こえた
「10分だ…」
部屋に1人の修道女が入ってきた、手にはバケツと雑巾とシーツの替えを持っている
「掃除を始めます…」
そう言うと、この修道女は慣れた段取りで部屋を掃除していく、汚れたシーツを交換し床や窓などを拭いていく
「いつもありがとう…」
オリアス教皇が感謝を述べるこの修道女はグィネヴィアという、彼女もまた数奇な運命を辿った一人だろう
グィネヴィアの父親はアルバリア教国でも名の知れた貴族だった、貴族院で立場を強めていった父親は政略結婚として聖教騎士団長モダスと婚約させようとする
これを拒んだグィネヴィアは修道女となることで家督から逃れる事ができた
しかし、それは同時に両親との決別を意味し辛く厳しい道を進むこととなった、そんな彼女の境遇から裏切る可能性は低いとグローテス枢機卿に目をつけられ、軟禁されているオリアス教皇の身の回りの世話を任される事になった
グローテス枢機卿の思惑とは別に彼女は一生懸命働いていた、オリアス教皇の身の上を思えば掃除にも熱が入るのは当然かもしれない
他愛もない話をしながらグィネヴィアはオリアス教皇を励ますのだ
「本日のお掃除終わりました」
元気に笑顔で報告するグィネヴィアの顔は汚れていた、雑巾を絞った時に跳ねたのだろう
「顔が汚れている…コレを」
オリアス教皇は自分の紋章の刺繍が施されたハンカチを渡し顔を拭く様に促す、グィネヴィアは少し恥ずかしそうに渡されたハンカチで顔を拭き『洗って返します』と言ったが、オリアス教皇は優しい笑顔でこう応えた
「それは君が持っていて良い、いつも一生懸命掃除と話し相手になってくれているお礼だよ」
儚い笑顔、グィネヴィアは心底そう思っていた、扉をノックする音が聞こえる退室する時間だ
グィネヴィアは荷物を持つと深く一礼をして退室した、それと同時に何とかオリアス教皇を助け出せればと願ってしまう自分がいることに気付かされた
塔の階段を降りていくグィネヴィアはまるで誰かにオリアス教皇が此処に居ることを叫んでしまいそうであった
しかし、外の地面に足を着けると冷静に考えてしまうのだ『言える筈もない私はただの修道女』もしオリアス教皇の所在を口外すれば自身の命だけではなく、疎遠になったとはいえ両親やオリアス教皇の身に危険が及ぶ可能性がある
もどかしい想いで外を歩く彼女を見ている男にグィネヴィアはまだ気づいてはいなかった
―聖都 外縁市街地 少し前の出来事―
貴族達が暮らす区画とは離れた場所にある平民から貧困層までが住む外縁市街地、ここで剣術を教えている老人がいる
余り大きくない稽古場には老若男女問わず多くの者が詰めかける、市街地に似つかわしくない上流階級の貴族の姿もある
そこまでして指南を受けたいと思わせるこの老人は、かつて『剣聖』の称号を所持し、あの炎帝オルバルドとアルバリア教国『最強の騎士』を二分したした男だ
現在は隠居生活をしながら未来のある者たちに剣の手解きをする身だ、『剣聖』の称号こそ返上したがその腕は未だ錆びついておらず、人々から老いた見た目や幻術にも似た変幻自在の剣術を指して『剣仙オーエン』と親しみを込めて言うのだ
「よし、今日はここまでだ!」
終了の合図と共に一礼をして皆が片付けを始める、ここにはプライドの高い者や礼を弁えない愚か者は居ない、否、そんな無礼者はオーエンにつまみ出され二度と顔は出せなくなる
「オーエン様!大変だ!そこの通りで若い子が聖教騎士団に絡まれている!」
片付けを手伝っていたオーエンは呼びに来た男に案内され騒ぎになっている場所へ急ぐ
「大人しくしろ!抵抗すればひどい目に合うぞ?」
現場に駆けつけるとまだ少年と呼べる若い者がガラの悪い騎士に足で押さえつけられていた
「何をしている!やめないか!まだ子供だろう?」
「…あぁオーエン様、ただ捕縛行為ですよ…このガキが聖教騎士団に楯突いてきたんで少し教育をしてやってるだけです」
この騎士はチューバスいう市街地では有名な悪徳騎士だ
「もういいだろう十分反省はしているさ…私の顔に免じて勘弁してやってくれ」
諭すオーエンにチューバスはここぞとばかりに言い返す
「隠居されたオーエン様に我々聖教騎士団が従う義理はないでしょう?こいつの処遇はこっちで決めますよ」
確かにチューバスの言葉は正しい
オーエンと云えど今は権限を持たない一般人と同じだ、聖教騎士団が彼に従う必要はない
勝ち誇った様な顔で更に体重をかけてチューバスは若い子を苦しめる、もし此処でオーエンが剣を抜けば市街地に住む者たちに迷惑がかかる、顔色は変えず殺気を押し殺して最善の方法を思案する
「では、聖教騎士団の客将としてこのオルバルドが命じる、その子を放せ」
その場にいた者全てが声がした方向を一斉に振り返る、其処には炎帝オルバルドが鋭い目つきで立っていた
これには流石のチューバスも舌打ちをして若い子を解放する
更にオルバルドに睨まれると両手を上げて『降参だよ』とでも言いたげな顔で去っていく
「貴方が聖教騎士団を抜けてからあの様な手合いが増えてきた…」
「騎士団長が威厳を示さなければ組織は荒れる…君のせいではないよ、ありがとう助かった」
「お久しぶりですねオーエン様」
「ははっ『様』など要らないだろう?こんな老人に気を使うことはない」
アルバリア教国でも名を知らぬ者など居ないであろう元・剣聖オーエン、炎帝オルバルドこの二人の英雄が並び立つ姿に市民達は言葉発せずただただ見惚れていた
―聖都から北の郊外 それから暫くした後―
運命に導かれたラーサー達一行は聖都ティラナに近付いていた
手配してもらった馬はよく訓練された駿馬と言ってもいい馬だった、おかげで予定していた日数を大幅に短縮出来た
だが最大の懸念は聖都への侵入だ『おたずね者』たるマーゼル卿が城門を潜れる可能性は極めて低い、ここはラーサーやヨシュアがバラン騎士団長を探し接触を試みるしかないだろう
幸いにもヨシュアは元・聖教騎士という事もあり聖都に詳しい、ラーサーもギルド絡みの用事で聖都には何度か足を運んだことがある、手分けをすればバラン騎士団長の情報くらいは掴めるはずだ
マーゼル卿の護衛には土地に疎いアースナが着く、ひとまず郊外の小屋に身を隠しラーサーとヨシュアは聖都ティラナに潜入する
「町並みは変わっていないが……この静けさは…全く別の場所に来たみたいだ」
ヨシュアは聖都の中心部に近づいているにも関わらず活気が全くない街を見てそう言うと、思い出すかのように止まっては辺りを見渡すのだ、ラーサーはと云うとギルド協会が解体される以前の記憶と比べて人通りの少ない聖都に寂しさを感じるのだった
「よし、此処で分かれよう…日暮れまでに先程の小屋に合流を…気をつけて」
大通りに面した裏道でヨシュアと分かれラーサーは神殿騎士団が拠点を置く詰め所などを周り情報を集める
万が一顔を知る人物と出会す可能性もあり2人とも念の為にフードで顔を隠した、此処は敵の本拠地だ念には念を入れて準備をすることにこしたことはない
特にヨシュアは聖都では『ストームランサー』の名で通っており、此処で顔見られる訳にはいかない、既にマーゼル卿と行動を共にしている事は周知されているはずだ慎重にもなる
ラーサーも聖教騎士団にしてみれば無視できない人物だ、件の生き証人であり送り込んだ騎士たちを悉く退けてきたマーゼル卿の護衛である、ラーサーは細心の注意を払いながら情報を集めて回った
ヨシュアはというと土地勘のある大聖堂方面に向かっていた、聖教騎士団と鉢合わせるリスクはあるが神殿騎士団もこの辺りを拠点としているだけに情報を得ることも出来るだろうとの考えだ
其処でヨシュアはガラの悪い騎士に口説かれている修道女見つけた
「おい、いいだろう?少し付き合うだけだ?」
修道女は困った様子で壁に追い詰められている、調子に乗ったこの騎士は罰当たりな事にこの修道女の体を触り何処かに連れて行こうとする
「やめておけ外道が」
ヨシュアの目は怒りに満ちていた、元とはいえ自分も聖教騎士団に席を置いていた身、このような野郎を許せないと心底思ってしまうのだ
「何だ?てめぇ…」
振り向いた男は先程オルバルドに睨まれ退散してきた騎士チューバスだった、当然ながらヨシュアはその経緯は知らない、目の前に居るのはただの外道でしかなかった、フードで顔を隠しているがヨシュアの構えでチューバスの顔色が変わる
「何者だ…?雑魚じゃないな?まぁいい…俺の愉しみを邪魔してくれた借りは高くつくぜ?」
剣を抜きチューバスも構えをとる、性格を除けばチューバスは聖教騎士団で出世頭の一人だろう
それでもヨシュアとの力の差は歴然だ
しかし、残念ながらチューバス本人はそのことに気付きもしない、修道女は祈りながらじっとしているだけだが、それが正しい判断だった、緊張が高まるこの状況で下手に動けばチューバス切られかねない
「シェァラァ!」
シュパッ!
奇声と共にチューバスは斬りかかる、動きは良し太刀筋も悪くはない
やはり並の騎士よりは出来る男だった
だがヨシュアより遅く槍で受け止めるには容易い、剛槍で弾き返すとお返しとばかりに反撃に出る
「お前じゃ俺の相手には力不足だ…外道」
ドッゴ!……ドスン…
吹き飛ばされたチューバスは遠くの壁にぶち当たり気絶した、ヨシュアは修道女から離す意図を持ってチューバスを吹き飛ばしていた
「大丈夫か?」
「はい、助けて頂きありがとうございました」
深々とヨシュアにお辞儀をする修道女は散らかした荷物を拾い集めると小走りに去っていく、地面にひとつのハンカチを落として
「これは…教皇陛下の紋章」
拾い上げたハンカチにはオリアス教皇の紋章である【十字架を隔てて右に月、左に太陽】が描かれていた
これを一介の修道女が持っている事など有り得ない、急いで後を追ったが貴重な手がかりを目の前で逃した事に大きなため息を吐くのだった
―聖都 市街地―
ラーサーは旧ギルド協会の建物があった場所まで足を運んでいたが、既に取り壊され寂しい空き地となっていた
更地になったその場所は以前よりも広く感じてしまい、記憶の中の思い出と重ねながらしばらく立っていた、そんなラーサーを現実に引き戻すような悲鳴が聞こえる
「こっちか!」
悲鳴が聞こえた方へ駆けていくと貴族の馬車を強盗が襲撃している現場に出会した
悲鳴を上げたであろう女性は口を押さえられ剣を突きつけられている、馬車の御者は地面に倒れ血溜まりが出来ている、強盗たちは貴族の男から金品を要求し、鉢合わせた一般人は巻き添えを恐れて逃げ惑う
其処へ現れたラーサーは近くで倒れている御者の脈を確認する、頸動脈に指を添えたが振れることはない、既に事切れているようだ
「た、助けてー」
ドガッ!
女性は口を塞ぐ手を払い叫ぶが強盗は遠慮なしに女性の顔面を殴りつけた、顔を強打されぐったりとした女性は鼻血と唇を切り失神したようだ、ラーサーはゆっくりと立ち上がると強盗たちに近づく
「何だてめぇ……」
「おい、めんどくせぇ殺っちまえ」
仲間の強盗が指示を出しラーサーは5人の敵に囲まれる、剣を抜き殺意を剥き出しに構える強盗たちを相手にラーサーは冷静だった
先ずは人質を救出する事を優先に馬車へ一気に距離を詰める、数的優位の油断が強盗にはあった人質に対して切っ先を向けていない、これはラーサーにとって最大のチャンスだった
一瞬で馬車に飛び乗ると抵抗してきた相手を素手で失神させる
ドンッ…ドサッ
この男を馬車から蹴り落とすと
「こんのぉガキぃ!」
先程女性を殴りつけた強盗が狭い馬車の中で剣を振るう
当然ながら剣は天井や壁に引っ掛かり抜けずに間抜けな面を晒す
ラーサーはこの強盗の顔面に強烈な肘打ちを当て鼻を折る
バキッ!
更に裏拳で鼓膜を破壊する
ドゴンッ!
側頭部を揺さぶられ強盗の視界が歪む、ラーサーは続けざまに喉に掌底を当て気道を潰す
ドッス…
空気が潰れたような音が響いたが構わず顎をカリブルヌスの柄で砕いた
ベキベキッ…
顔面を中心に強烈な打撃を叩き込まれたが気絶には至らない程度に加減はしている
「ゴッ、ゴッフ、ご……ぐ」
顔の怪我だけみれば重症、治療には数ヶ月以上はかかり後遺症も残るだろう
白昼堂々と強盗するような傲慢なプライドはズタボロにされ、ラーサーの怒りを買ったこの強盗は意識を失うまで地獄の苦しみを味わう事になった
「てめぇ!」
周囲の見張りをしていた者まで詰めかけ数だけではラーサーが大幅に不利だった
だが、ラーサーに助け舟を出す人物が2人いた、炎帝オルバルドとオーエンだ
ラーサーもこの2人の顔は知っている
「そこまでだ…動くなよ?手元が狂って殺しかねない」
恐れもなく強盗たちの真ん中へ歩むオルバルドが纏う覇気はラーサーも身動きができないほど凄まじく、隣に立つオーエンの全く隙のない立ち居振る舞いはラーサーでさえ萎縮する程だった
「手出しは無用だったかな?」
オーエンはラーサーの動きを見て凄腕の剣士だと見破っていた
「いえ…助かりました」
ラーサーは礼を述べて被害にあった貴族夫婦を託した
「最近、このような連中が増えて困る…」
オーエンはため息共に捕らえた強盗に一瞥をくれる、睨みを効かせるオルバルドは許可なく一歩でも動けば斬り伏せるという気迫を放っている
「怪我はないか?…否、愚問だったか」
オルバルドはラーサーにひと言声をかけたが、強者としての何かを感じ取り直ぐに訂正した
此処でようやく騒ぎを聞きつけた聖教騎士団が到着した、本来なら聖都ティラナの守護は神殿騎士団の任務だが、現在では聖教騎士団が幅を効かせて仕切っている、構成員の数だけは多く質の低下が問題となっている最たる例だ
「なかなか腕が立つじゃないか…傭兵か?是非、聖教騎士団(うち)に欲しい人材だよ」
先程の威圧感が嘘のように笑いながらオルバルドが言う、オーエンも稽古場に通わないかと誘いをかける、幸い2人はラーサーの顔を知らなかったようでしばらく雑談をして分かれた
「また何処かで会えることを期待しているよ」
オルバルドは護送馬車に強盗を乗せるところまで見届けるとそう言って去っていく
「では…また会おう」
オーエンも多くを語らず去っていく、空は間もなく紅く夕陽に染まる時刻に差し掛かっていた
―郊外の小屋―
神殿騎士団との接触は出来なかったが日暮れ前に小屋まで戻って来た2人から市街地の様子や情報を共有する
帰りにラーサーとヨシュアが露店で買ってきた食べ物を分けながら警備が手薄になる早朝に侵入する事になった、特にマーゼル卿はヨシュアが出会った修道女の行方を何としても掴みたいと熱意を伝えていた
僅かだがオリアス教皇の手がかりを見つけたのだその気持ちも分かる、運命に導かれ聖都ティラナに集う英雄たち、その行く末はまだ誰も知らない
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