第10話 偶然と必然

 ラーサーが北部シュコドラに着いた頃、長い間眠っていたランスがようやく目を覚ましタイアス騎士団長やゼン、ヒュー、サンチェス等から事情や詳細を聞かされていた

それから数日で起き上がれる迄に回復したランスは新しい革鎧に身を包んでいた


 「行くのか……まだ万全な状態ではなかろうね?」


 様子を見に来た医師クレミーに声をかけられる

着替えをすませ鎧をきつく締め直すとランスはこう答えた


 「いえ先生のおかげで、もうだいぶ回復しましたよ」


 ランスの顔は憑き物でも取れたかのような健やかな笑顔だった


 「前にも伝えたが…キミの胸の中にはタリスマンの破片がまだ残っている、軽度な記憶障害と神威の発動が出来ない原因はおそらくソレのせいだろう」


 クレミーは手術で摘出したタリスマンの破片を瓶に入れてあり、それを光に翳しながらランスに見せる

本当に粉々でよく見れば鋭利な角をしている、光りの加減で紫色の破片が妖しく光りを拡散させる、これの残りがまだ体内に残っているという、ただの硝子であれば其処まで危険はないが魔力を秘めたタリスマンが砕けたということが問題なのだ

僅かに体内に残った宝玉の魔力がランスの神力を阻害し未だ神威が発動できない、加えて試験的な記憶操作薬を投与された事で記憶障害も残っている

意識や記憶の戻りが悪いのも体内に残ったタリスマンが原因だろうとクレミーは診断していた


 「…全てを思い出せないのはつらいものですね、いっその事何も覚えていないほうが楽かもしれないと思いますよ」


 瓶の中の破片を振りながらランスは哀しそうな言葉をつぶやく


 「そんな寂しいこと言わないでくださいよ隊長」


 サンチェスがゼンと共に部屋の入り口で声をかけた


 「クレミー先生、本当にありがとうございました」


 ヒューが頭を下げると2人も続けて頭を下げた


 「……あまり、無理はしないようにな」


 クレミーは一つため息をしたがそれだけ伝えると部屋から出ていった、先程クレミーが立っていたテーブルの上には薬の入った紙袋が置かれている彼なりの餞別という事だろう


 「それじゃ行きましょうか」


 3人に導かれるようにランスは外へ出る、外ではタイアス騎士団長やラースも見送りに来ていた


 「もう行くのかね?」


 タイアス騎士団長はランスの体調を気遣い心配をする


 「はい、鎧の新調ありがとうございました」


 ランスの新調された革鎧は東天騎士団が用意させたものだ、ラースやシズハも出発準備を終えたゼンとサンチェスに挨拶をしている

ヒュー達はランスが目覚めるまで東天騎士団との訓練に参加して打ち解けていた、怪我が重かったサンチェスはリハビリ程度の参加だったがそれぞれのレベルアップに繋がったのは良いことだ


 「エルバサンにはまだ聖教騎士団も駐留していると聞いている、十分気をつけたまえ」


 「はい、ありがとうございます」


 ランス達が今から向かうのは古都エルバサンだ

4人共今さら聖教騎士団に戻るつもりはない、南の町ヴロラに拠点を移した傭兵同盟に加わる為に中継するだけだ

グローテス枢機卿が発布した『奴隷制度』に従えぬ者はマーゼル卿に賛同する筈である、その数がどれ程いるのかランスは自分の目で確かめたいという気持ちもあった

どのような行末を辿ることになっても正しき想いに導かれるようにランス達は旅立った、ランスは負った傷の影響で神威が使えなくなっているが、実体剣として具現化した神威グラスダイトは消えずに残っている、聖霊ヴィヴィアンの召喚は封じられているがそれでも聖剣が残っている事は頼もしかった


 ―古都エルバサン―


 古都と呼ばれるだけに以前は首都としての機能も持っていた大きな都だ、街並みは穏やかで古い建物と歴史を刻む石畳や木々の佇まいは他の町にはない風景だった

街では聖教騎士団の兵士は見かけるが前線に送り込まれていた者たちとは違い、戦々恐々としていないどこか緊張感のない顔をしている者ばかりだった


 「想像よりも警備が手薄だな…」


 大したチェックも受けずにランス達が古都へ侵入できた事を含めてやはり緊張感に欠けていると思わず口に出てしまう


 「仕方ないですよ、此処は軍事的な要衝にするには地形や立地が悪すぎますから」


 商業目的の商人などが多く経済は潤っているが古い街並みが守りを困難にしているのも事実だった

こういう場所は防衛や軍事拠点には使いづらく、聖教騎士団も警備の為に最小限の人員を配置しているだけだった

ランス達は街の情報を収集しながら宿を探した、商売人たちは普段と変わりないように振る舞ってはいるが活気が有るかといえばそうでもない、特に客とも余り関わらない『一定の冷たさ』のようなものを感じた

エルバサンの商売人と云えば【9割合意の交渉をしていても残り1割の合意がなければ横取り出来る】と格言にも似た商売魂が有名だが今はその影もない

商人たちもどう情勢が変わるかを見定めているようだった


 「ランス隊長あれを…」


 サンチェスが隠れながら指示する方向には部下に囲まれて歩く聖教騎士団副団長ゴバルデルの姿があった、コルチアでの敗戦処理に手こずりまだエルバサンに駐留していたのだ

ランス達はゴバルデルの顔は知らなかったが『副団長』であることは直ぐに分かった、式典などで着ける肩飾りをこれ見よがしに常時着け見せつけるなど人と成りを知るだけの判断は出来る


 「あれが副団長か……」


 部下に囲まれるゴバルデルに然程興味を惹かれなかったランスだが、ある人物の顔を見かけて二度見する


 「あの男!」


 ランスの視線の先にはゴバルデルと一緒に歩く聖教医師団の『マッドサイエンティスト』ニュベスの姿があった

途切れ途切れの記憶の中でもしっかりとこの男の顔は覚えている、ニュベスとゴバルデルは周囲を気にしながら話しをしていた


 「ヒュー…行けるか?」


ランスは身のこなしが軽いヒューに盗聴を任せる、ヒューも無言で頷くと気配を消してゴバルデルに近づく


 「例の方はどうなっている?予定よりもだいぶ遅れておるぞ…」


 ゴバルデルがニュベスに問う


 「計画の8割は終わっています…ですが、核の定着が未だ成功しません、試験は各地で行っておりますが何れも成果は出ていないのです」


 「あれだけの実験体を用意させたであろう?それに逃げ出した実験体が1体まだ見つかっていないのだろう?聖教騎士団としてもこれ以上の尻拭いはできんぞ」


 「逃げ出したのは初期型…おそらくはもう生きてはいないかと……」


 「あの姿が人目につけば火消しどころの騒ぎではないぞ!世迷言を言ってないでお前はさっさと結果を出すのだ!」


 ニュベスは深く頭を下げて去っていく


 「ぐぬぬぅ…モダス騎士団長に何と報告すれば…このままでは私のクビが飛ぶ」


 この言葉から聖教騎士団が大きな事案に関わっている事が伺える、戻って来たヒューから詳細を聞いたランスは聖教騎士団も聖教医師団も信頼できる組織ではない事が十分理解出来た


 「とりあえず表通り宿は避けたほうがいいな、特に俺はニュベスに顔が割れている」


 裏通りには安い宿や曰く付きの店が連ねている、値段よりも寝心地や手入れ具合などを見ながらランス達は宿を探し始めると雨具の様なフードを被った人物にぶつかった

その人物が落としたドッグタグ(認識票)を拾おうと屈み込んだランスは思わず同じく屈み込んだ人物の顔を見てしまう


 「ッ!」


 顔は人間ではない、竜人族でもない、最も近い例えをするなら獣化した騎士カモスに似ていた

だが恐ろしいと云うより可愛気のある顔だった

姿はアヒルを大きくした愛嬌のあるくちばしをしている、目は大きく顔だけでなく手や肌は白い羽毛が生えている


 「わっ!ッと!」


 驚いたこの人物は大きく尻もちをつく、よく見れば体型もアヒルに似てお尻が大きく尻尾のようなものも見える、足に至っては履ける靴が無いのだろう水掻きのある黄色い可愛い足をしている

そして、転んだ反動でフードが外れ完全にアヒルの顔を晒してしまう、急いでフードを被ろうとするが、羽と手が同化したような手指では握り難いのだろう、上手く被れないでいるとランスが優しくフード被せた


 「これで良いのか?ほら?これもお前の大事な物だろう」


 慌てる事なく拾ってあげたタグをこの人物の首に掛けてあげる


 「あ、ありがとう」


 動けないほどに動揺しているゼン、ヒュー、サンチェスを他所にランスは特に気にする事なく接する

これはランスの生い立ちを知れば当然の対応だ、ランスは物心ついた頃には聖霊ヴィヴィアンに育てられていた、聖霊が住む湖と森に囲まれ外見に偏見など持たなかったのだ

ゼン達3人は聖霊召喚を封じられた後に知り合ったこともありそういった事情は知らない


 「若いな…名前は?」


 「スネルビ…」


 「幾つだ?」


 「覚えてない…」


 そう言うとスネルビの腹がグゥ~と鳴る


 「腹が減ってるのか……ヒュー!この宿に泊まる、部屋の手配と中の確認を頼む、ゼン!ひとっ走りして直ぐに食べられそうなパンを買ってきてくれ、サンチェス!宿の周囲を確認してきてくれ」


 ランスの指示に3人は一斉に動き出し行動を開始する、宿の部屋が取れるとランスはスネルビと中に入る

しばらくして紙袋にパンを詰め込んだゼンが戻って来た、サンチェスは部屋の外で周囲の様子を伺っている、パンを頬張りながらスネルビが教えてくれた事はこうだ

ストリートチルドレンだったスネルビ達はアルバリア聖教会の手引きで聖教医師団の施設に入れられた、其処で仲間達と共にこの様な見た目にされてしまったという、不完全な状態に変異した者は非常に短命で数日で死に、凶暴化して手に負えなくなった者は殺されたという

スネルビも脱走した時に聖教騎士団に追われ何とか逃げ延びたらしい、エルバサンは古い施設も数多くあり聖教医師団による実験を繰り返すには良い隠れ蓑になっている


 「どうします隊長?このままエルバサンに留まればこの子殺されちゃいますよ?」


 「俺も同意見だ…なるべく早くエルバサンを脱出した方がいい」


 スネルビは久しぶり暖かい場所で寝れたようで深い眠りに落ちていた

ランス達は交代で見張りを立てながら夜を明かした、古都エルバサンは朝もやに包まれ幻想的な姿を見せるのだった


 ―翌日―


 スネルビの為に深い帽子と丈の長いマントを用意させ、特徴的な足を隠すために大きな長靴を履かせた

少し窮屈そうだったがこれで見た目は不審だが普通の人間に見えなくもない


 「こんなところですか?」


 着せ替えを終えてサンチェスがそう言った

変装にしても30点くらいの出来栄えだが以前よりはマシだろう、一行は仕度を済ませると宿屋をあとにした

早朝ということもあり人の気配は少ない、これはランス達にとって好都合だった、南に向かう道には検問や聖教騎士団巡察隊がいるはずだ、其処で一旦北に出発し進路を西に変える事にした

流石にスネルビは目立つので早めに馬を調達する必要があったが、エルバサンは馬の入場数に制限があり足がつきやすい、道中商人から買うか譲ってもらう方がいいだろうと考えた

予想通り北に向かう道の警備は手薄でやる気の感じられない兵士が2人居眠りをしながら座っていた


 「余裕でしたね」


 早足で立ち去りながらゼンが嬉しそうに言った

スネルビは俯いたまま無言で歩く、しばらく歩くとスネルビを加えた5人は異様な光景を目の当たりにした、聖都ティラナから南に向かう団体とすれ違う、服装や様子からしてティラナで暮らしていた一般人で情勢の悪化と奴隷制度の発布を受けて避難をしてきた者たちだと推測できる

それでもこの団体の者たちは『選べる』だけの選択肢と余裕がある生活をしていた一般人で、本当に生活に苦労している貧困層はティラナを脱出できずに奴隷に成らざる得ない

否、働き手として稼ぎ住む場所が約束されるのなら奴隷を望む者もいるだろう、ランスたちの目の前を通り過ぎる者たちの目は虚ろだった

それでもティラナから逃げれば家族と暮らせるその希望を抱いた想いも感じられる


 「情勢は酷くなる一方だな…」


 どこまでも続く難民の列がアルバリア教国の危機を伝えているようだった、西に向かう街道まで進んだランスたちは予定通り西に迂回した後南に向かう進路をとろうと地図を広げて確認をしていた


 「此処を西に行くと山間の谷から南に抜けられます、厳しい道のりですが譲ってもらった馬があれば問題ないでしょう」


 サンチェスが地図を指差しながら進路をなぞる

途中で難民に混じって商人ともすれ違った、急いで南に避難をしてきたらしく売れ残りの馬をいくつか引いていた、交渉は難しかったが4頭全てを買い取る事で決着がついた

スネルビは馬に乗れないのでランスと一緒に乗ることになった、旅自体が初めてのスネルビは見るもの全てが楽しそうだ


 「それじゃ行きましょう」


 ヒューが馬に乗ろうと鞍に手をかけた時4人の動きが止まる

否、突然その場に表れた聖霊に釘付けになっていた、その聖霊は4人の真ん中に突然表れたのだ

それは瞬きをする一瞬の間に…これにギョッとした顔でゼンもサンチェスも構えようとするが頭の中に直接響くような声で聖霊ヴィヴィアンが語りかけてくる


 「案ずるな…うぬ等に危害は加えんよ」


 3人とも動けなかった、動いたところで勝てるイメージが湧いてこないのだ


 「大丈夫なのか?聖域を出てきて」


 慌てる様子もなく淡々とランスは話しを続ける


 「この辺りの穢れは濃くはない、少しであれば問題ないわ…ずいぶんとまぁ…ひどくやられたようじゃな」


 ため息混じりに聖霊ヴィヴィアンは言う


 「油断をした…」


 悪びれる事なくランスが返す


 「くだらん言い訳を…」


 呆れた聖霊ヴィヴィアンは再びため息を吐く


 「それで?何か伝える事があるから来たんだろう?」


 ランスは回りくどく言い方をするなと言わんばかりに話しを続ける


 「北へゆけ…」


 一同の顔が変わる、北を避ける為に西に迂回しながら南に向かうのだから当然だ


 「北へ?何故?ティラナへ向かえば聖教騎士団が多くて捕まりかねない」


 ランスが反論する


 「運命が…お前を導いている」


 その言葉だけ言い放つと圧のある目でランスを見つめる


 「またそれか…俺に傭兵になるように勧めたときも同じことを言ってたじゃないか」


 「…」


 「また、だんまりか…」


 今度はランスが呆れたようにため息を吐く、其処で聖霊ヴィヴィアンはランスの後ろに居るスネルビに気付き問いかけた


 「そこの小童を何故連れている…」


 スネルビはランスの背中に隠れながらギュッと掴んだ


 「何故って…この見た目だし行く宛も無さそうだから保護したんだ」


 「……」


 「なんだよ?」


 「何でもない…いいか?北へゆくのじゃ」


 そう言い残して聖霊ヴィヴィアンは消えた


 「ランス隊長…いまのは何だったんですか?」


 ランスは話せば長いと前置きをした上で自分の出生と経緯、聖霊ヴィヴィアンとの関係と封じられている神威について説明をした

3人とも聖霊自体初めて見るので何処か興奮したようだったが、その聖霊が『北へゆけ』と言うのだから従うべきだと口を揃えてランスに意見を述べた

ただ一人スネルビは聖霊ヴィヴィアンが自分を見る眼が冷たく少し怖かったと伝えた

一行は聖霊ヴィヴィアンの言葉に従い聖都ティラナに進路を変え歩みを始めた

 

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