第5話 荒野を駆ける

 グローテス枢機卿が同じ枢機卿団のマーゼル卿を『国家転覆を企てた者』として手配を始めてから約ひと月が過ぎ

ヴロラの町で起きた南聖騎士団と聖教騎士団の対立は両者の代理戦争の様相を呈する事となった

傭兵同盟のラーサー達の活躍もあり初戦は南聖騎士団に軍配があがった、しかし、アルバリア聖教会の豊富な資金力は侮れず、戦争が続けば南聖騎士団が苦戦を強いられる事は明らかだった

マーゼル卿とヘリア騎士団長は会議の末

各地方の東天騎士団、北聖騎士団、西天騎士団にも協力を仰ぐ事にした

聖教騎士団とアルバリア聖教会の体たらくに対して良く思っていない騎士団も多いと確信めいたものがあったのだ

賛同してくれる騎士団に協力を仰ぐ為、マーゼル卿が直々に説得する事が効果的だとへリア騎士団長から推される、当然ながら敵はマーゼル卿を追ってくる可能性があり、護衛としてラーサーとランスの同行は必須事項となった


 「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 クラインはヴロラに残り聖教騎士団の次の進撃に備えるようだ、彼をヴロラへ留めるように提案したのはマーゼル卿だった、クラインは博識で兵法にも精通していた、否、それだけでなく神威についても知識がありラーサーやランスに自身の能力について説明をするなど宛ら導き手の様な存在である

その経緯からヘリア騎士団長も参謀役としてクラインを傍に置くことを許可したのだ


 「自分の才能を信じるのだ、お前は私が知る限り最高の賢人だよ」


 マーゼル卿は優しくクラインの肩に手を置き激励すると馬を走らせる、向かう先は東の町コルチア、その町を守護する東天騎士団に助力を求める予定だ

だが、馬は先ず南に進路を取る、東に抜ける街道を使えば直ぐに聖教騎士団の追手が来るだろう、そこで一度、南の遺跡に出てから山岳の麓を使い東の荒野に出る算段だ


 「なぁラーサー?クラインさんと何の話をしてたんだ?」


 ランスは出発前にクラインとラーサーが真剣な顔で話をしているのを見ていた


 「それか…俺の神威の事だよ」


 ラーサーはクラインに戦場で自身の身体に起きた能力の事を相談していた、クラインはラーサーの神威は強化タイプの能力で単純な身体能力の上昇だけでなく、感覚機能にまで強化が及ぶ万能型の神威だというのだ、この種の神威は稀なようで聖都の図書館でも記録は無かったという

またクラインはラーサーにはまだ潜在能力が眠っている可能性があるとも言っていた


 「もし、俺にまだ成長の余地があるなら今度こそラシッドを倒してみせる…必ず…」


 自分のちから不足を理解した上でラーサーは仲間達の敵討ちを改めて誓う、そして手綱を握る手に自然と力が入るのだ


 「俺の神威も強化型だったらもう少し無理の利く戦い方も出来たんだがなぁ…」


 ランスは腰に下げる聖剣グラスダイトに手を添えながらそう言った、聖霊ヴィヴィアンが所有する聖剣を授かっておいて贅沢な悩みである

ランスの神威は聖霊の加護を得る召喚に属するモノで、グラスダイトを手にいれたのもその副産物的な意味合いが強い、それでも聖剣と呼んでも差し支えないであろう剣だ、ラーサーにしてみれば喉から手が出る程に欲しい代物を持ちながら互いにないものねだりをするのだ


 ―ブトリント古代遺跡群辺り―


一行は特に聖教騎士団の妨害や追跡も受けずブトリント古代遺跡に到着した

旧アルバリア王国以前の歴史を語る建造物はその昔天空に浮かぶ神殿だったという、確かに神殿らしい造りの柱や壁が点在している、神を模したであろう石像も苔を纏いながら時を刻んでいた

こんな巨大な建造物が浮かんでいたなど想像が出来ない、おとぎ話や伝承の類のものだろうと人々はよく言うものだ

何かしらの原因で地上へ落下したというのならいったい『誰』がこの神殿に住んでいたのか今では知る由もない

ただ、未知の技術を用いて造られたこの神殿は遺跡群となりこのアルバリア教国の地に眠っているという事は紛れもない事実だった


 「この山道を進んでコルチアへ抜けるぞ」


 ラーサーは羊皮紙で出来た地図を見ながら先導する、南部出身のラーサーはこの辺りにも土地勘がある、迷うことなく案内を続けしばらく足場の悪い山岳地帯を進むと高台から先に広がる荒野が見えてきた


 「ラーサー、コルチアまではどのくらいだ?」


 地平線の先に山脈が見える果てしない道のりを想像してランスが口を開いた


 「ここから馬で5日だ…さぁ急ごう」


 この山岳地帯を降りれば後は北東を目指すだけだ、マーゼル卿は馬の腹を蹴って先を行く覚悟は決まっているようだ、それとは対象にランスは最後尾を行きながらボヤくのだ


 「5日か…長いな」


 ラーサー達は途中で水を確保しながら食糧になりそうな小動物などを狩り東の町へ進み続ける

運良く小さな集落があれば銀貨を渡し宿や食事の世話をしてもらう事もあった、そこで改めて思うのは地方の貧しさだ、地方の生活を支える為の農業や産業、それを安定させる知識の教育、物資を届ける為の街道の整備と治安維持、課題は山積している事をマーゼル卿は実感するのだった

そして、この現状を打開する為にもアルバリア聖教会や聖教騎士団、それを掌握しているグローテス枢機卿を討たねばならないと強く思うのだ


 ―聖教騎士団本部―


 指揮官死亡という大敗によって第一陣を失った聖教騎士団では次の手を打つ為に指揮官の選定を急いでいた

悲惨な最後を遂げたがノーマンもそれなのに優秀な人物であった、加えてグローテス枢機卿が呼び戻したラシッドが増員兵を送り込んだが結果は敗北、聖教騎士団の騎士団長モダスはこの事態を重く受け止める


 「大敗とはな…全く私の顔に泥を塗ってくれたものだ」


 騎士団長モダスは椅子に座りながら戦死報告書を机に叩きつけた


 「まったくでございますね…次の手は如何なさいますか?復帰したラシッドに任せますか?」


 副団長ゴバルデルは揉み手をしながらモダスのご機嫌を伺う


 「ラシッドの奴は正直何を考えているか解らん、それにアノ性格よ…奴は指揮官には向かんさ」


 モダスは別途用意されていたラシッドの書類に一瞥をくれ、手で蝿でも払うような動作を交えながら言った


 「…グローテス枢機卿は何故ラシッドを戻したのでしょうか」


 ゴバルデルもラシッドの素行の悪さは知っている、除名の承認をしたうちの一人なのだから


 「さぁな……奴がごますり上手とも思わん、だが、仕事は出来る奴だ…あの種類の奴は政治屋に重宝はされるのさ」


 モダスは大聖堂のある窓の外を見てそう言った、汚れ仕事も引き受け冷徹な判断も下す男、ラシッドの事を正しく分析していた


 「では、別の適任者を探します」


 ゴバルデルは散らかされた書類を片付け回収しながら他を探すつもりである事を伝えた


 「適当な者が見つからなければアルバリア聖教会に派遣を要求しろ、老人達も自分の席を譲りたくなければ協力するさ」


 モダスでさえもアルバリア聖教会に全幅の信頼を置いているわけではないらしい、元老院や貴族院など政に寄り付く老人たちに嫌悪感を持っているようだ

ゴバルデルはモダスの意向を汲み取り大聖堂の方向へ駆けていった



 ―グローテス枢機卿 私室―


 グローテス枢機卿は私室で書類に目を通していた、流石に枢機卿という事もあり確認する事項は多く机に向かい黙々と仕事を片付けていく

最も事実上摂政を執っているのもグローテス枢機卿なのだ、この辺りの雑務を含め喜んでやっている方なのだろう


 「マーゼル卿がヴロラを出たと連絡がありました」


 ジュリアス副司祭が部屋の外まで来た密偵から連絡を受け取りグローテス枢機卿に伝える、グローテス枢機卿は眉が一度だけピクッと動いたが表情は一切変えず口を開いた


 「手の空いている者を向かわせろ重要なのはマーゼルの方だ、ヴロラへの攻撃はアルバリア聖教会から若手を出せば良い、絶対にマーゼルを逃すなよ」


 グローテス枢機卿は語尾を強めて視線をジュリアスに向ける


 「かしこまりました、ゴバルデル副団長からもアルバリア聖教会へ支援要請が出ておりますので適当な者を手配してヴロラへ派兵します、マーゼル卿の追跡には腕の立つ騎士を直ぐに向かわせます……医師団から戻した男はどうされますか?…ラシッドと云う名前だと記憶しておりますが…」


 ジュリアスは報告と確認を手早く済ませる、それでいて自分で判断すべき部分への対処も上手い、やはり相当な切れ者だ

それでもラシッドという人物に対しては手に余る様でグローテス枢機卿の意思を確認してきた


 「あの男…ラシッドは自由にさせてかまわん」


 グローテス枢機卿は理由を論じることなくラシッドは放っておけという


 「……お言葉ですが、既にヴロラにて独断で単独行動をとったと情報が入っています、私の見立てでは組織行動に適性がない人間と推測しますが……」


 ジュリアスにもクラインと同等に戦局を見る眼がある、その中でもラシッドの扱いには気を揉むようだ、そうでなければ騎士や組織の不適合者などとは言わないだろう


 「その方が都合が良い、その為に呼び戻したのだ」


 だがグローテス枢機卿はジュリアスの進言にたいして『都合がいい』と言い、不敵に笑みを浮かべるのだ


 「……」


 ジュリアスは何も言わず一礼をして退室する

どちらも癖がある人物ながら、この『使える駒』の扱いが両者の明暗を分けることになる

 

 ―マーゼル卿一行―


 コルチアから南に数日離れた場所を馬で走る3人、ヴロラを出発してから数日が過ぎた、大きな街道などは避けていた為に盗賊などの襲撃は幾度かあったがラーサーかランス1人で制圧できる程度の三流ばかりで苦労はなかった


 「この先は深い森で馬が入れない、街道に出る必要がある…何処に聖教騎士団の手勢が居るかわからない気を付けてくれ」


 マーゼル卿が忠告をした上で3人は街道へ出て進んでいく、人の気配がない所でも油断は出来ない自然と3人は無口になっていた

すれ違う人にも注意が必要だ、誰がアルバリア聖教会の者かわからないのだから

旅人を装い此処まで順調に歩を進めてきた一行に緊張が走る、聖教騎士団の巡察隊と街道で出会したのだ、普通にしていれば引き止められる事はなくやり過ごせる筈である

しかし、巡察隊と交差する瞬間巡察隊の兵士が何かに気づいた


 「ちょっと待て!そこの男…お前どこかで…」


 この巡察隊の男はマーゼル卿の事を憶えていたのだ、それもその筈で聖都ティラナで枢機卿を知らぬ者などいないのだ、疑われたマーゼル卿は咄嗟に顔を背け確信を与えてしまう


 「やはりッ!…マーゼル枢機卿か!」


 宝物でも見つけたように声をあげる兵士は武器を抜き捕らえようとする、しかし、ラーサーとランスが瞬時に反応する

ドサッ…

数名の巡察隊を一瞬で気絶させていた


 「気づかれたか…」


 マーゼル卿は地面に崩れた兵士達を見てため息混じりに言った


 「今まで聖教騎士団に遭遇しなかっただけでも運が良かったって事さ」


 ランスは煩わしいのかフードを取り目を細めて辺りを伺う


 「急ごうコルチアは直ぐそこだ」


 コルチアはアルバリア教国東の隣国との国境に近い町だ、警備隊や巡察隊は比較的多い地帯でいつ聖教騎士団と出会してもおかしくない

3人は怪しまれない程度に馬を走らせる、少しでも早くコルチアへ到着したい気持ちと追撃隊から離れたいという気持ちを抑えると手が汗で湿る

足早に馬の歩を進める3人に更なる追手が迫る、ヴロラを抜け出したとの情報を得た追撃隊が追ってきたのだ、ヴロラから街道を走って来た追撃隊は最短距離を移動してきた分ラーサー達に追い付けたのだろう


 「チッ追撃かッ!追い付かれたぞ!」


 ランスが手綱を強く叩き馬を急がせる


 「急げ!」


 馬を全速力で走らせるが徐々に距離は縮まっていく


 「国賊めが!逃げ切れると思うな!」


 追撃隊を指揮するのは南の集落を焼き払った騎士ザンサスだった、今回の任務を『狩り』と名付けて志願した猟奇的な男だ


 「邪魔だどけ!」


 本当にこの男は人を殺す事に躊躇いはないらしい、街道を歩いていた通行人を『邪魔』と言い斬り倒してしまったのだ

それでもラーサー達は止まる訳にはいかない、逃げる場所も隠れる場所もない街道では数が少ない側が不利なのは明白だ

聖教騎士団といえど東天騎士団が管轄する地域には許可なく侵入出来ない、ラーサーたちに今出来る事は東天騎士団の警備隊が居る場所までは逃げ続けるしかないのだ、追撃隊は馬術に長けた者を編成してきたのだろうぐんぐんと距離を詰めてくる


 「ダメだ振り切れないぞ」


 ランスが相手のスピードから推測してこのままでは追い付かれると言う、それはラーサーにもわかっていた、マーゼル卿はただ無言で馬を急がせる


 「諦めるな!全速力で走らせるんだ!」


 自分自身を鼓舞する様にラーサーは言うが現状は厳しい


 「…ラーサー、マーゼル卿を連れて先に行ってくれ俺が足止めをする」


 ランスがラーサーと並走しながら足止めをすると言う


 「バカを言うな!あの数だ雑兵相手とは訳が違うんだぞ」


 追撃隊はいずれも騎士ばかり、数合わせの兵士など連れてきていないのだ、それに先ほど気絶させた巡察隊も追撃に加わり数は更に増えていた、ランスが腕利きとはいえ楽に勝てる状況ではない


 「任せたぞ!」


 それでもランスは1人で足止めをするために馬を返して追撃隊の行く手を阻む


 「ランスッ!………死ぬなよ」


 ラーサーは一度振り返ったがランスに託して更に馬を急がせる


 「小僧1人で我々を止めるつもりかッ!舐めるな!」


 ザンサスと部下の騎士は勢いを落とす事なくランスに向かってくる

先ずは先頭をきって突っ込んで来た騎士の攻撃をかわしながら一撃を決めて落馬させた、すれ違い様に急所を突くなど達人並の集中力だ

これで追随の勢いを殺ぎ警戒を与える気だった

しかし、相手も素人ではない一瞬たじろいだがランスに間を与えず攻め立てる


 「おもしろい!行くぞ!」


 今度は髭面の騎士が仕掛けてくる、間髪いれずに糸目の騎士も連携攻撃を入れてくる、防ぐのに苦労はしているがまだランスには余裕がある、そこに黒色の布で口元を隠した騎士がスローイングダガーで奇襲を狙う


 「くっ」


 流石のランスもこれには防勢を崩される

バランスを失い馬から落とされたが転ぶほど愚鈍ではない

しかし、その隙を見逃さすほど騎士達も甘くない


 「油断したな小僧」


 畳み掛けるように先程とは別の2人の騎士が仕掛ける

ランスは冷静に1人目の攻撃を払いやり過ごす、そのまま深く切り込んできた2人目を斬り倒したところで、漸く相手が警戒を強めた


 「ぬぅ……小僧なかなかやるじゃないか」


 ザンサスが部下にランスを囲むように指示を与える

残る相手は5人

さらに一馬身離れた位置にザンサスと部下の騎士が2人、そして巡察隊から合流した兵士が4人これでは多勢に無勢だ

それでも退くわけにはいかないグラスダイトを構え直しランスは視線で牽制する


 「くるッ!」


 先ほどの髭面の騎士が先制攻撃を仕掛ける、この男は見かけによらず技術的な剣技を持ち合わせていてランスを翻弄する

呼吸を合わせるように糸目の騎士も攻撃を加える

四方を囲まれたランスは防ぐだけで精一杯だ、他の騎士達も見事な連携攻撃を仕掛けランスは更に追い込まれる

先ほどスローイングダガーを放ってきた口元を隠した騎士は剣を手に様子を伺う立ち回りを見せる、この手合いの輩はまだ投擲武器を持っていると直感があった

そしてこの状況で最も気を付けるのはこの男だとランスは感じていた

隙を作り出そうと周りの騎士達が連携を絶やさず攻撃を続ける、その攻勢を払うようにランスは大きく横に薙ぐ斬撃を放つ、これには堪らず前方の騎士3人も下がり距離をとる

攻守が入れ替わるかと思われたが背後から2人の騎士が奇襲を仕掛ける


 「バカめ!」


 背中を向けているランスは騎士達には最大の好機だった

手を伸ばせばランスの髪を触れそうな距離に達した時、ランスの背後を守る様に聖霊ヴィヴィアンが現れ強烈な斬撃を放つ、流石にこの行動は予想をしていなかったのだろう背後から襲った騎士の1人は左腕を空中に置いて落馬する

聖霊ヴィヴィアンの斬撃をまともに食らったこの騎士は、ほぼ即死の状態だった、

鎧に守られている胸も半分程を開いて血飛沫が舞う


 「な、何だと?」


 神威について詳しい知識が無くとも起こった事象から『それ』が神威と呼ばれるものだと全ての者が理解した


 「なるほど…報告にあった神威を使う2人の手練れとはお前の事か?察するに一緒に居たもう1人の小僧がその片方だな?」


 ザンサスは出発前にノーマンが敗戦した時の報告を浮けていた

その中に『神威に覚醒した2人の手練れあり』との内容を思い出していた、騎士達は更に警戒をして慎重に取り囲む

先ほど現れた聖霊ヴィヴィアンは姿を消して再びランス1人で立ち合う事になる

否、聖霊ヴィヴィアンを出現させたままではランスの精神力と神力を常時消費してしまうので必要な瞬間に喚び出すしかないのだ


 「こいつら思った以上にやるな…」


 1人倒したものの数では圧倒的不利が続く

戦いが長引けばランスの勝機は更に低くなるだろう、だが時間をかける事は逆に好都合だった、その分ラーサーとマーゼル卿が逃げる距離を稼げるからだ


 「おい、お前達は巡察隊を連れてマーゼル卿を追え」


 ザンサスは抜け目がなかった、部下2人にマーゼル卿の追跡を命じ先を進ませる、目的であった時間稼ぎを挫かれたランスは小さな舌打ちをしたが動く事はできない

今度はザンサスも戦いに加わり再び5対1の状況だ


 「さぁて…どうしたものかね」


 聖霊召喚はランスにとって奥の手であった、それだけ追い込まれたという意味である、できれば今の攻撃でもう1人は仕止めたかったのだ


 「油断するなよ…こいつの持っているとその奇妙な剣もおそらく神威だ」


 ザンサスはグラスダイトを指差してそう言った、ザンサスの聖剣の類いを疑う性格がこの注意深さと警戒心を与えているのだろう

何れにしても厄介な相手であった、ザンサス達も馬を降りてランスにプレッシャーを与えていく


 「いくぞ、波状攻撃で一気に仕止める」


 ザンサスの言葉を合図に5人が一斉に動きだす

同時に動く敵全員に注意を向ける難しさは既にヴロラの戦いでランスは経験済みだった

5人の騎士はランスを中心に廻る様に翻弄する


 「…考えろ…完全同時攻撃は相手にとってもリスクがある、必ず『間』をとるはずだ」


 ランスは戦いに集中しながら考えを巡らす、一斉に仕掛ければ仲間の攻撃を潰すだけでなく味方の攻撃を食らい兼ねない、そんなリスクは避けるはずだとランスは予想をしていた


 「最初に動き出すのは…お前だ!」


 ランスは確信を持って口元を隠した騎士の方へ振り向くとグラスダイトを振り抜く

カキィィン!

ランスは自分に向かってくるスローイングダガーを弾き返した

先制攻撃を仕掛けるならば遠距離からの攻撃が最も効果的だという推測は当たっていたのだ

しかし、喜んでもいられない、ザンサスを含め他4人の騎士が波状攻撃を仕掛ける、先ず髭面の騎士が強烈な斬撃でランスに防御姿勢をとらせる、重い攻撃だが何とか耐えられている

だが一息ついてもいられない、糸目の騎士は狡猾に背後から接近してくる、更に前からは顔に特徴のない騎士が組み立て式の斧を振りかぶっている

この攻撃は避けないととても防ぎきれる攻撃ではない、離脱をさせまいと髭面の騎士は更に押し込みランスをその場に釘付けにする、背後には糸目の騎士が迫る


 「くッ!」


 再び聖霊ヴィヴィアンがランスの背後を守る様に現れる、これで形勢逆転かと思われたが糸目の騎士は致命傷ではなくかすり傷であった

否、これを予想していた顔つきで敢えて踏み込みを浅くしていたのだ


 「出したな?それを」


 ザンサスは冷徹な目でこの状況を喜んだ

すぐに聖霊ヴィヴィアンを引き付ける様に口元を隠した騎士が再度スローイングダガーを投げ込む

糸目の騎士も聖霊ヴィヴィアンと渡り合うだけの実力はある様だった

ランスは『誘われた』のだ…

状況を変えられる可能性がある聖霊召喚を出したということは、賭け事で札を証してしまった事に等しかった


 「俺は手加減してやるほど甘くはないぞ!」


 ザンサスと髭面の騎士、そして、特徴がない顔をした騎士の3人は勝負をつける気迫でランスに襲いかかる

ザンサスは以前戦ったノーマンよりも格上の強さを誇っていた口先だけの男ではない、そして部下達も訓練された手強い部隊であった、隙のない攻撃を繰り出すザンサスと連携をとりながらパワー型の部下2人がランスを圧していく

聖霊ヴィヴィアンを呼び戻せば形勢は変わるかもしれないが手練れ5人を相手にするのは流石に厳しい、効果的な打開策が思い浮かばないなか体力だけが削られていく


 「諦めの悪い小僧だな、いい加減くたばれよ」


 髭面の騎士が少し息を切らしながらランスに言い放つ


 「知ってるかおっさん?しつこいヤツはモテないんだぜ?」


 ランスは挑発するかのように笑みを浮かべながら言い返すと、髭面の騎士は首筋に血管を浮き立たせて激怒し


 「だまれッ!!」


 と、怒鳴るのだ

ランスは聖霊ヴィヴィアンを自分の近くに再召喚しなおす

無論戦術の建て直しをする為だが数的不利と囲まれた状況は変わらない、それでも離れて戦うよりは勝機はあると判断したのだ


 「どうするつもりじゃ?何か策はあるのか?」


 聖霊ヴィヴィアンはランスに作戦を聞く


 「流石にこのままじゃ厳しいが…ひとつ案がある」


 ランスは試してみたいことがあると聖霊ヴィヴィアンに話を持ちかける


 「言ってみろ」


 その妙案を聞かせろと言われランスは聖霊ヴィヴィアンに考えた作戦を説明する


 「…無茶だ、それではお主の体が持たぬ」


 聖霊ヴィヴィアンはランスの案を激しく拒否した


 「もう他に手はない、やるかやられるかだ」


 ランスが考えた作戦はこうだ、ラーサーが神威【マイティフォース】を使い一対多数の戦闘で勝利を重ねた事にヒントを得て、自分の体に聖霊ヴィヴィアンを憑依させ身体能力を向上させようというのだ

無論そんなことをすれば生身の人間の体は相当なダメージを負うことになる、それでも現状を打開する為にはリスクも承知だとランスは説明する、それだけランスも追い詰められているのだ


 「どのみち神力も精神力も全然回復していないんだ、召喚もできてあと1回ってところだ…」


 ランスは手を見つめながら強く握り締めてそう言った


 「……」


 「ん?何だ何っていったんだ?」


 聖霊ヴィヴィアンは小さな声で『その器の限界は近いな…』と言っていた


 「死別の話しは済んだか?そろそろカタをつけようじゃないか」


 ザンサスが剣の切っ先をランスに向けて言った、口元には僅かに笑みが見える、ザンサスの言葉が号令なのか部下達は再びランスを囲むように広がり始める、ランスは聖霊ヴィヴィアンの目をしっかりと見つめると一言伝える


 「俺の覚悟はできている…」


 一度、聖霊ヴィヴィアンは何かを言おうとしたがランスの体の中に消えていった


 「諦めたか…いいぜひと思いに殺してやる!」


 髭面の騎士が仕掛ける、口元を隠した騎士もスローイングダガーを連続で投げ、他の騎士達も続く

ランスは自身に迫る刃を払いながら流れる動きで斬撃を放つ

ザンッ!

髭面の騎士は容易くも鎧を斬り裂かれ鮮血を散らす、意外だったのはその攻撃だった、ランスが得意としている突き攻撃ではなく力強い斬撃であった、正しくは聖霊ヴィヴィアンの得意剣術である強烈な攻撃だ

ランスの瞳は虹色にも似た虹彩に変わり、雰囲気や表情も別人のソレであった


 「なんだこの小僧ッ!さっきまでと動きが違う」


 崩れ落ちながら髭面の騎士は口惜しそうに言い放った

ランスは飛んでくるスローイングダガーの一本を叩き落し、続くもう一本を掴むと口元を隠した騎士へ投げ返した


 「なっ!」


 おそらく彼の人生で自分の投げたダガーをキャッチされ、そのまま投げ返されたのは初めてだっただろう、信じられないと言いたげな顔をしたまま自分の胸に突き刺さったダガーを触ろうとしながら地面に崩れる


 「これでふたり…」


 聖霊ヴィヴィアンの性格が表に出ているのだろう、機械的な冷たい口調でそう言ったが更に次の敵に視線を向けていた、狙われているのは糸目の騎士だった、あまり表情に表れにくい人物のようだったが流石に自分が狙われているとわかると目をしっかりと開き警戒をしていた

この男は聖霊ヴィヴィアンの奇襲を紙一重で躱し渡り合っていた実力者だ、今のランスに最大限の警戒をして攻撃を双剣で凌いでいる


 「コイツ…早い!」


 両手で防いでいる相手を上回る速度と攻撃力で遂にランスは糸目の騎士の胸に斬撃を浴びせる

ズッザンッ!

一撃で2つ以上の傷がつく

否、常人にはそうみえるのだ目で追えない程の素早い2撃を受け糸目の騎士は意識を失う

煙のように噴き上がる血飛沫さえ遅く感じるほどの速度の中でランスは更に動く


 「調子にのるな!」


 特徴のない顔をした騎士は反射的に斧を振るっていた、動きを捉えきれなくともランスが突っ込んできていれば当たると直感しての攻撃だった


 「…あとはお前だけだ」


 だが、ランスはこの特徴のない顔をした騎士を既に斬っていた

ランスがザンサスに何を言ったのかこの騎士にはもう聞こえていない、上半身は2つに分かれその場に崩れてしまったからだ、凄まじい速さによる強烈な斬撃、その威力は想像を絶していた


 「バケモノめ」


 ザンサスは本能的にランスが聖霊の子供か、もしくはそれに等しい人外の存在だと認識していた

これもまたなかなかに的を得た言葉だと、ランスの生い立ちや今後を彼が知る機会があったら思っただろう

ザンサスはここで死ぬ覚悟を持ってランスと対峙する、ザンサスも実力のある騎士の一人だ、臆する事なくランスに向かい切り合いを挑む、ランスの体も聖霊ヴィヴィアンによって限界を超えた能力を出され傷んでいる

聖霊ヴィヴィアンが体を操りながらもランスの意識はある、激痛耐えながら最後の一人を倒す為に剣を交える


 『くッ…骨が軋む!筋肉が裂ける音が聴こえる!…もう長くは持たないぞ』


 ランスは聖霊ヴィヴィアンに意識の中で呼びかけ決着を急がせる


 『わかっておる』


 死を覚悟したザンサスは迷いのない攻撃を選択してくる、攻撃あるのみという危うい戦い方に聖霊ヴィヴィアンも駆け引きが通用せず攻め手を欠く、否、無意識ながらランスの身体を壊さないようにセーブかけていた、それを察したランスは突きと斬撃を組み合わせた攻撃で猛攻を仕掛ける

残された体力も精神力も限界が近いここで倒せなければ負けるのはランスの方だろう、一瞬の判断で結果が変わるそんな攻撃が続いていた

ランスの華麗な連続攻撃でザンサスが遂に膝をつき崩れた、ザンサスは肩を大きく動かして呼吸をする

もう余力は残っていないだろう

最大のチャンスだった


 「とどめだ!」


 ランスがグラスダイトを振り上げる

その瞬間だった糸が切れたように倒れて落ちたのはランスだった、神力も精神力も尽きたのだ聖霊ヴィヴィアンを体に留められなくなり力なく崩れたのだ

骨や筋肉は痛み立つ事もできない、激痛で気絶さえしてしまいそうだ


 「くッハハハ、バカめ最後に笑うのはこの俺だ!」


 よろめきながらも立ち上がったザンサスが逆にランスに剣を向ける

形勢逆転

ランス薄れる意識の中で死を覚悟した


 「死ね」


 ザンサスの攻撃と同時にランスの体が輝き宙に浮く、既にランスの意識は無い様でぐったりと首は下を向いている

ランスの背中には輝く複数枚の羽根が見える

それはそれは神々しく、熱心なアルバリア聖教徒ではないザンサスでさえ見惚れてしまうほどだった


 「何だこれは…」


 ザンサスの手はガチガチを震え本能で手を出してはいけない相手だと悟ってしまう、それでも震える手を押さえ握り締めると一歩踏み出し果敢にも攻撃を続ける

だが、ここでザンサスの命運は尽きる

天空から【王笏】が落下して地面に突き刺さりその衝撃で数十メートルは吹き飛ばされた


 「ぐっ…ぶ、ゴッ……づ…ッ…」


 何度も地面に叩きつけられ飛ばされてきた石弾に打たれていく、その度に情けない声が漏れやがて止まった、地面に転がったザンサスの体には無数の石がめり込んでおり誰か確認する事も困難だった

突き刺さった王笏は浮かび上がったランスの左手に収まると、重症だったランスの傷を癒やしていく、切り傷やアザはもちろん折れていた骨や断裂した筋肉までも治っていた

そして地上まで高度を落とすと輝く羽根や光は消え、握られていた王笏も光の粒子となり消えていく

そして、ランスはちからなく膝から倒れその場に横たわった

しばらくして静かになったその場に新た到着したのは聖教騎士団の一団だった、唯一生存していたランスが発見されるのにはそれほど時間はかからなかった、同行していた聖教医師団の助言によりランスは近くの村まで運ばれっていく

 

 ―先を進むマーゼル卿達―

 

  少しでも早く、少しでも遠くへ、ラーサーとマーゼル卿はコルチアへ全速力で馬を疾走させている、追っ手はまだ見えないランスが時間を稼いでいるおかげのようだ


 「マーゼル卿!東天騎士団の管轄まであとどれくらいですか?」


 ラーサーは並走しながらマーゼル卿に聞く


 「この速度ならあと少しで…」


 振り向いたラーサーは後方から猛追してくる兵士達を目撃する


 「来た!」


 やはり馬も馬術も敵が一枚上手だ、ぐんぐん距離を詰めてくる、ランスが作ってくれた時間を無駄にしまいと急がせる

しばらく全力で逃げ続けるラーサーとマーゼル卿の前に1人の旅人が見えてきた、その旅人はラーサー達に気づき振り返ると肩に担いだ布袋から槍を取り出した、よく見れば身なりは騎士のように見える、纏っていた白色の衣はマントであり、その下から現れたのは蒼色の鎧だった

その男は槍を構える、その構えに隙はなく、かなりの手練れだとラーサーは悟るのだ、状況は挟まれた最悪の展開だ


 「突破するしかない」


 止まれば確実に後ろの連中に捕まるだろうが突破できればコルチアまで逃げ切れるかもしれない、ラーサーは賭けにでた、すれ違い様に目の前の騎士を倒す為にラーサーは一瞬の打ち合いに集中をする

前方の槍を構えた騎士は槍を回転させ完全に迎撃の姿勢だ、遂に相手の顔をしっかり確認できるほどまで距離が近づく、彫りの深い顔つきだが意外と若そうであった

ラーサーは相手と眼が合った、不思議な感覚だったが自分の直感を信じて手綱を強くて打ち加速させる、そして、その騎士の横を通り過ぎていく


 「任せてくれ」


 すれ違う瞬間その騎士は確かにそう言った


 「邪魔をする気か!!」


 追撃してきた巡察隊と聖教騎士は血気盛んに武器を構え攻撃をする、この者たちは後悔をしただろう自分たちが誰に手を出したのか知らなかった事を…


 「はあぁぁ!」


 助太刀を買って出た男に豪快に振り払われた槍は見たことない程に撓り、まるで弓の様に柄が弧を描く

ボゴッ…ン!

先頭を走っていた巡察兵は強烈な衝撃で人間の体とは思えない姿勢で数メートル後方まで弾き飛ばされる、それは打ち出された弾の様に残された聖教騎士団たちの視界から勢いよく消えてしまうほどだった


 「な…」


 言葉が続かない、当然だ

ドッゴ…ン!

すぐに急停止するが止まりきれなかった騎士は更に横から強烈な攻撃を受けて先程の巡察兵と似たように飛んでいった

鎧は拉げ脆い部分は穴が空いていた、打たれた横腹は骨が砕けたのだろう臓器破裂と内出血により絶命しているようだった


 「こ、こいつ『ストームランサー』か!?」


 生き残った者たちはこの人物に見覚えがあった


 「あぁ、本当だコイツ『剛槍のヨシュア』だ」


 このヨシュアと呼ばれた男は元・聖教騎士で謂わばこの連中とは元同僚だ、そして、聖教騎士団でヨシュアの名を知らぬ者はいない、それほどに強く有名なのだ、ゆくゆくは騎士団長という話しもあったほどだが、アルバリア聖教会の腐敗と聖教騎士団の不甲斐なさに嫌気が差し退団したのは数週間前のことだ


 「貴様!何をしているかわかっているのか!」


 威圧するように切っ先をヨシュアに向けて聖教騎士は言う


 「あぁ、お前らよりは善悪の判断がつくと思っている、くだらない質問をするな」


 ヨシュアは槍を地面に挿し仁王立ちのような姿勢で堂々答える、ラーサーとマーゼル卿も安全な距離が取れると踵を返して行く末を見守る


 「味方かね?彼は…」


 必死に馬を走らせたマーゼル卿は流石に疲れたらしくぐったりとしながらラーサーに聞く


 「おそらくは…」


 ラーサーは敵ではない事を確信しながら決着を見届ける、ヨシュアと対峙する巡察兵3人と1人の騎士は安易に手を出せず距離をとったままだ


 「このまま帰るのなら見逃してやる…だが、向かって来るのなら容赦はしない」


 これが決め手になったのだろう、兵士達は命を犠牲にしてまで挑む必要はないと一目散に逃げ出していく、ただ一人残った騎士もヨシュアにひと睨みされ退散していくのだ、この男の強さを身にしみて理解していなければ取ることはない行動だ


 「助かった…感謝するよ」


 ラーサーがヨシュアのもとへ近づいていく


 「なぁに…あの連中とは浅からぬ因縁があってね…そのついでだよ」


 ヨシュアはマントを翻してラーサーに向き直る


 「俺はラーサー・ラインゴット傭兵だ、訳あってコルチアを目指している」


 自己紹介をするラーサーにヨシュアは汚れを少し払ってから続く


 「ヨシュアだ、奇遇だな私もコルチアへ用事があるんだ」


 互いに握手と自己紹介をするとマーゼル卿が遅れてやってくる


 「『ストームランサー』だね?こんな所で会えるとは思わなかったよ」


 聖都ティラナに居たマーゼル卿にもヨシュアの噂は届いていた、戦いぶりや風貌から彼が何者なのかすぐに推測がついたらしい


 「……貴方はもしや、枢機卿団の…」


 ヨシュアにとってもマーゼル卿は有名な人物だ、直ぐに分かったようだ


 「いかにも、マーゼルだ」


 マーゼル卿はフードを外し自分の顔をあらわにする


 「こちらこそお会いできて光栄です」


 自己紹介を交わし3人は互いの行き先が同じだったこともあり一緒にコルチアを目指すことにした、ラーサーにとっても初めての土地でマーゼル卿の護衛をするには最低でも2人は必要だと考えていたのだ、斯くしてランスと別れたラーサーは新たにヨシュアという頼もしい仲間を得たのだった

 

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