第2話 進むべき道に

 南の集落で起きた行方不明事件は集落1つが焼き討ちをうけて、住民全員死亡という最悪の形で幕が降りた、現地へ調査捜索部隊として派遣した傭兵部隊は全滅、同行した聖教騎士団も被害は大きく派兵した兵士と騎士の半数以上に死傷者がでた

この事件は後にこの地方の名前を取り【テペレナの惨劇】と呼ばれる全ての始まりとなる

アルバリア聖教会は後日この事件を傭兵部隊による内部犯行と決め聖都にある傭兵ギルド協会の幹部を捕らえた

そして、異例とも云える速度で裁かれると弁解を聞くこと無く数週間の内に幹部達は処刑される

当然だが彼らは無実だ

証拠や理由は無理やりこじつけされたモノばかりだった、アルバリア聖教会は事態の収集を急ぐあまり手段を選ばないやり方が仇となり、隠蔽工作と非難する声が各地で高まった

遂には傭兵ギルド協会に所属する各地の傭兵達が【独立傭兵同盟】を設立してアルバリア聖教会に対して反旗を翻した

これにアルバリア聖教会は聖教騎士団を派遣して武力による鎮圧を試みる、各地の武力衝突は日に日に拡大していき、教会傘下の聖教騎士団と傭兵同盟の対立は全面戦争を避けられないところまできていた


 ―聖都近郊の集会所―

 

 アルバリア聖教会の思惑とは裏腹に時間の経過と共に傭兵同盟に加わる者達は増え、教会や聖教騎士団に不満を持つ者の離反も増していった

これは件の【テペレナの惨劇】唯一の生存者となったラーサーがもたらした証言と情報を元に、事件の再調査が行われ聖教騎士団が関与したと思われる証拠が集まった事と、傭兵ギルド協会の幹部を処刑に追いやった証拠が捏造されたモノだったいう事実が公表された事による影響が大きかった


 「傭兵同盟に加盟して国を正そう!」


 集会所はシュプレヒコールが叫ばれ熱気に沸いていた


 「アルバリア聖教会に責任をとらせろ!聖教騎士団は殺戮者の集まりだ!」


 アルバリア教国の情勢はセルバンティス前教皇が崩御したあと悪化の一途を辿っている、聖人と称されていたオリアス新教皇は病に耽り枢機卿団の党首グローテス枢機卿が事実上摂政を握ってから国民生活は困窮しているのだ

熱く声をあげる民衆の前に筒状の物体が投げ込まれる、転がっていく筒に注目が集まるが所詮はゴミだと、民衆の意識が逸れた直後、ボンッという音と共に筒から煙が吹き出した


 「おい!なんだこれは!誰の悪戯だ!」


 集会所は混乱に包まれた、咳き込む者、逃げ出そうとする者、民衆は一瞬にして阿鼻叫喚の籠に閉じ込められた


 「誰かそれをどけて…」


 最後に叫ばれた悲痛な声は虚しく響いた、次々と民衆は地面に倒れ込んでいく、毒ガスを撒かれたのだ、数秒後には誰も息をしている者はいなかった

静まり返った集会所を覗き込む人影は生存者が居ないことを確認すると去っていった、聖都ではアルバリア聖教会を批判する者たちが何者かに殺害されるという事件が頻発していた

方法を問わない口封じを警戒した傭兵達は拠点を聖都から南に移し本格的に抵抗を開始する事とした

ラーサーも新しい拠点に合流すると【テペレナの惨劇】で惨敗を喫したラシッドという男について情報を集めたが、素行の悪い元・聖教騎士ということ以外は調べられなかった


 「おかしい…あの男に関する情報が少なすぎる、聖教騎士団を除籍になった人物が何故、聖教医師団の護衛に雇われたんだ…」


 調べれば調べるほどにラシッドの背後に権力者の影がみえる、悔しいが現時点ではコレ以上の情報は入手できなかった

そして、事件に関与していたラシッドと現場に居た聖教医師団の足取りは依然として掴めないまま数ヶ月の月日が経っていた、ラーサーにとって無駄に数ヶ月が過ぎた訳ではない、日々の鍛練と研鑽によって傭兵同盟の中核を担う実力者にまで成長していたのだ、そんなラーサーのもとにある報せが舞い込んでくる


 ―数ヶ月後の駐屯地―


 聖都から南西に離れた場所に傭兵同盟が設営した駐屯地がある

アルバリア聖教会が安易に傭兵ギルド協会の幹部を処刑してしまった事で聖教騎士団と傭兵ギルド協会の橋渡し役がいなくなり、傭兵ギルド協会は事実上消滅した、その後は【独立傭兵同盟】として人望の厚い傭兵カルロス・バウが各地の傭兵達をまとめ上げた

元傭兵ギルド協会の職員や協力者などの助力もあり、現在は小競り合いを繰り返しながら聖教騎士団と対峙している

アルバリア聖教会側としても膨れ上がる騎士団の運営コストを抑える為に、自団の兵力増強より傭兵の徴用をしてきた事で、正規の騎士や兵士数を上回る程に傭兵の数を増やしてしまった事が結果として自分の首を絞める事になっていた

しかし、持久戦になれば傭兵同盟の苦戦は濃厚であり、盟主カルロスの提案で兼ねてから親交のあった【南聖騎士団】を頼る事になった

そして、その特使にラーサーが選ばれる、件の生き証人であり名前の知れたラーサーは特使として適任であった、同行者には事務方として元ギルド協会職員のモラウと、道中の護衛を兼ねてラーサーと歳の近いランス・ロウ・ガブリエルが任命された、このランスは傭兵同盟でもラーサーに並ぶ実力と物怖じしない芯の強さを持っていた、傭兵として登録されたのは比較的最近だが若さに見合わぬ風格を見せる、何よりラーサーとは親友の様な付き合いで話が合う


 「準備は出来てるぜ」


 事前に知らされていたのだろう任務を受けたラーサーを待ち構えたかの様にランスは声をかける、肩に届きそうな黒髪の隙間から青色のピアスが顔を覗かせる、薄青色の軽装鎧に支給されている刀剣を下げて直ぐにでも出発できそうな姿だ

その傍にはメガネをかけた明らかに事務方とわかる格好のモラウもいる


 「よろしくお願いします、私は裏方専門ですので道中の露払いは御2人にお任せします」


 大事そうに書類を入れたバッグを肩から掛け行商人より頼り無さそうだが、交渉事においてはアルバリア教国広しとも右に出るものはいない、南の町まではさほど遠くはない距離であり護衛しながらでも馬で移動すれば3日もあれば着く、ラーサーもランスも馬で移動するものだと思い誰に言われるでもなく鞍や手綱準備をしようとする


 「あの…すいません、私は馬に乗れません、馬車の手配は…無理ですよね?」


 モラウの言葉にラーサーは絶句する、ランスは持ち上げた馬の装備を地面に落とす程に呆れている


 「これは長い旅になりそうだ」


 幸先不安な旅を案じてラーサーはそう呟いた、かくして一行は南聖騎士団のある南の町を目指して一歩づつ歩みを進めるのだった


 ―聖都ティラナ―


  聖都の大神殿には数百年前のアルバリア王国時代から存在する巨大な神像が祀られている、この神像の全高は20メートルはあろうかという大きさで、アルバリア聖教会によれば古の御神体という事らしい、そして、旧アルバリア城は教会本部としてオリアス新教皇や、枢機卿団の居住区となっている

城内ではその枢機卿団が激しい会議をしている最中だった、会議の席は円卓ではない、明らかに位の高いものが座るであろう装飾豊かな椅子に座すのはグローテス枢機卿だ、白髪交じりの長い銀髪を整え威圧するような眼光でじっと前を見据えている、その鋭い目付きと顔つきから枢機卿という役職に似合わない冷酷さを感じてしまう


 「グローテス枢機卿、この数週間オリアス教皇陛下の姿を誰も見ていない、使用人はおろか近衛兵ですら一度も姿を見ていないというのだ、いつ我々はお姿を拝見できるのだ?」


 息荒く机を強く叩きながら立ち上がる壮年の男性、グローテス枢機卿と同じ枢機卿の1人マーゼル枢機卿だ、枢機卿団はグローテスを筆頭にマーゼル、ロンダーク、エミリア、サルヌスの5人から成る組織で教皇の補佐を務める組織だ

その枢機卿達がオリアス教皇を数週間見ていないという、グローテス枢機卿によれば面会も出来ないという、その理由をマーゼル卿は激しく問いていた

マーゼル卿の後方には騎士の姿をした者が2人立っている、紋章や鎧の色形から聖教騎士団ではない事が伺える、彼らは聖都と神殿の守護と教皇の親衛隊を務める【神殿騎士団】だ

温厚そうに見えるが厳しい眼光をした初老の男性はバラン騎士団長だ、20年程前の聖都大暴動を鎮圧した頃から騎士団長に着く教国で指折りの聖騎士である、そして、その横に立つ端麗な顔立ちをした青年は当代最強と名高い若き聖騎士ラディナス・ファルローガだ、若いながら『銀聖騎士(シルバーナイツ)』の称号を持つ


 「落ち着けマーゼル」


 立ち上がったマーゼル卿を嗜めるのはロンダーク卿だ、周囲からはグローテス派などと揶揄される程にグローテス枢機卿寄りの発言と『ごますり』をする嫌われ者である


 「誰のご機嫌を伺っているロンダーク、お前は枢機卿としての務めを果たさずにその席に座るというのか?」


 厳しい言葉をもらいロンダーク卿はハゲ頭を撫でながら姿勢を直す、エミリア卿は2人の掛け合いに呆れたように視線を下げながらため息を吐き


 「また始まったか…」


 と言うのだ


 「マーゼル、お前の説法を聞くために集まった訳ではない」


 サルヌス卿は苛立った様な態度で身振りを大きくそう言うとグローテス枢機卿に対して問う


 「グローテス…黙ってないで何か言ったらどうだ?教皇陛下はどこにいる?」


 オリアス教皇の所在について唯一知っているのはグローテス枢機卿しかおらず、その本人が答えなければ話しは少しも先に進まない


 「教皇陛下は他人に感染させる恐れがある病を患い療養中だ、治療には聖教医師団が当たり、聖教騎士団が警護をしている」


 それは理屈としては通っている説明だった


 「容態は?」


 すかさずマーゼル卿が問う


 「安定している」


 即答だった


 「教皇陛下の警護は神殿騎士団が請け負う決まりだ」


 納得いかない顔でマーゼル卿は更に問う


 「教皇陛下のご意志だ」


 煩わしい、と言いたそうな顔でため息混じりに、そう答えると背もたれに大きく体重を乗せるのだ


 「…納得しろと?」


 少し沈黙があった、何か考えた後マーゼル卿はそう言った


 「……」


 黙って見据えるグローテス枢機卿の目は鋭さを更に増し、その奥に秘める言い表し様のない『何か』をその場の者達は感じていた


 「とりあえず事情はわかった、今日の会議はこれで終わりだな」


 危うさを感じる雰囲気をロンダーク卿が察して会議を切り上げる、サルヌス卿もエミリア卿もこれ以上は必要ないとばかりに席を立ち上がる、遅れてグローテス枢機卿も立ち上がり退室際にマーゼル卿にこう言うのだ


 「マーゼル、貴公は働き詰めで余裕が無くなっている少し休みを取ったらどうだ?」


 答えを聞くことなくグローテス枢機卿は会議室を後にする、確かに一理はある傭兵と教会とのいざこざを解決する為に、様々な相手と会い対話による和平を模索している、しかし、教会としては傭兵に屈する事をよしとせず、傭兵側の交渉相手と接触を試みるマーゼル卿に対して敵意を持つ者もいる、自分達が軽率に処刑を決行した結果が今の状況だというのに


 「すまんなバラン団長…」


 マーゼル卿は後方で立ち留まるバランに声をかけた、本来は枢機卿の会議に神殿騎士団が同席することはない、今回はマーゼル卿の口利きによって行方がわからないオリアス教皇の所在を知るために許可されていた


 「いえ、オリアス教皇陛下がご存命と知れただけでも朗報です」


 バランは険しい顔を崩さずにそう言った、納得など出来るはずもないだろう、親衛隊にも知らせずに別の場所で匿っている事と管轄を越えて聖教騎士団に警備させている事、そのどちらも問題であり本来なら此処で正されるべきなのだ


 「これが今の枢機卿団の現状だ、グローテスに尻尾を振る者とご機嫌を伺う者しかおらん…」


 嘆くマーゼル卿の心中を察してバランは何も言わなかった


 「教皇陛下が静養中は最高位の枢機卿が呼び掛けない限り、次の会議はひと月は先だろう…」


 最高位の枢機卿とは現在はグローテス枢機卿を指す、グローテス枢機卿には支持者や協力者が多く現状一強状態だ


 「マーゼル卿はどうされるのですか?」


 口を開いたのは銀聖騎士ラディナスだ、彼も聖都では顔の広い人物だ、前教皇セルバンティスが『アルバリア教国の歴史に名を残す逸材』と讃えた程の騎士だ、事実彼の戦い方は独特で右手に槍と左手に騎士剣を持って戦う豪腕なのだ、その異種二刀流を持って誉れ高き神殿騎士団最強を手にしている


 「南聖騎士団から相談事を受けていてね…南の町ヴロラへ行ってみようと思う」


 渦中の南地方を守護する南聖騎士団からマーゼル卿は相談を受けているという、マーゼル卿自身問題が山積する傭兵同盟と聖教騎士団の対立を何とかしたいという思いがあった、今回まとまった時間が取れた事で情報収集や現地調査など、限られた時間を有効に使いたいと思ったのだ


 「そういえばマーゼル卿は南部出身でしたね?」


 ラディナスはマーゼル枢機卿だけでなく国の舵取りを担う人物について情報を把握していた


 「あぁ、それ故に田舎者と言われ風当たりが強くてかなわんよ」


 笑いながら答えるマーゼル卿の目尻には年相応のシワが寄っており苦労と年期が感じ取れた、そんな世間話をしながらバラン達と別れると、自室の前でマーゼル卿に声をかけてくる青年がいた


 「マーゼル卿、もう会議は終わったのですか?」


 彼の名はクライン・ヴァングラム、数ヶ月前までアルバリア聖教会の神官だった人物だ、教会の下位職である神官とは思えない程の働き者で、有能な働き振りとは違い出世や昇進話しとは無縁な生活を送っていた、その優秀な才能を腐らせるには勿体ないとマーゼル卿が枢機卿補佐官に指名したのだ、マーゼル卿の目に止まるだけの才能に疑いの余地はなく、先見の明を持ち分析力と判断能力にはマーゼル卿をも唸らせるものがある


 「特に進展もなく打ち切られてしまったよ、同じ枢機卿として正直に悔しいと感じている」


 マーゼル卿は悔しくとも及ばない力を素直に悔やんでいた


 「そうですか…」


 クラインの様子から予想していた範囲の出来事だという反応だ、自室に入りながらマーゼル卿は南の町へ情報収集に行こうと考えている旨をクラインに話した、驚いたのはその反応だ、『いつでも準備は出来ている』とマーゼル卿の旅支度などは済ませていた


 「あとは馬車の手配だけです」


 流石である、完璧な洞察力と対応だマーゼル卿も感服するしかなかった


 「馬車では公費が嵩むな、馬は乗れるか?」


 窓の外を覗いてからマーゼル卿はクラインに聞く


 「勿論です、心得があります」


 クラインは即答した


 「では馬の手配を頼む」


 この男に苦手なモノはあるのだろうかと万能すぎるクラインに、マーゼル卿は末恐ろしい逸材だと思い椅子に腰を下ろした


 「かしこまりました」


 こうしてマーゼル枢機卿は補佐官のクラインを連れて、南の町を目指すのだった、運命は巡りラーサーと交差する時は近い

 

 ―聖都 別所―

 

 グローテス枢機卿は自室の椅子に身体を預け『面倒だ』とばかりに深い息を吐き、更に身体を深く椅子に沈めるのだ、そして天井を見る目を少し閉じて口をひらく


 「マーゼルには早めに手を打ったほうがいいな…奴だけは障害になる」


 グローテス枢機卿はゆっくりと目を開ける、その視線の先には1人の若い男が立っていた、長身で落ち着いた雰囲気を漂わせ、端正な顔立ちで何処か底の知れない瞳をしていた

この男の名前はジュリアス、教会の副司祭でグローテス枢機卿の腹心だ、最も半年ほど前までは神官職であったがマーゼル卿がクラインを補佐官に任命したのと時を同じくして、グローテス枢機卿もジュリアスを副司祭へ推薦し自分の補佐としたのだ


 「では、すぐに…」


 この男もまた優秀なのだグローテス枢機卿の邪魔をする者を排除する役目を顔色ひとつ変えず即断実行するのだ、返事を終えるとジュリアスは部屋から退室する、出ていった扉を見続けたままグローテス枢機卿はしばし考えている


 「あれは危険な男だ…」


 そう呟き窓の外に目をやる、聖都は穏やかな空気に包まれている、遠くでは訓練している兵士の声が聞こえてくる、この日は陽気も良く空は晴れ鳥がつがいで飛んでいる、視界の端には古い塔が見える旧アルバリア王国時代から聳え立つ誰も寄り付かない場所だ、グローテス枢機卿は景色を眺めながら紅茶を愉しむのだった

 

 数多の運命の糸は複雑に絡み合い、それぞれの未来と交差する、これはアルバリア教国の歴史上大きな分岐点となった戦いの話しだ

 

 

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