第1話 悪意に満ちたこの世界で

 舗装をされていない荒道を南に向かい移動を続ける集団がいる、馬に跨がる騎士は旗を持ち【聖教騎士団】の旗標を掲げ、動向している数人の兵士の後ろから傭兵達が続く

【第十八方面調査隊】それがこの傭兵部隊の名前だ、任務は名前の通り管轄地方の調査で今は南の集落へ向かっている、数日前から数人単位で行方不明者が続出する事件が起きているらしく俺たちが派遣された

俺が誰だって?

自己紹介がまだだったか…

初めに言っておくが馬に乗ってる凛々しい騎士や旗を掲げる騎士じゃない、騎士の後ろで疲れた顔をしている兵士でもない、いや、そもそも兵士じゃないんだ

だが、安心してくれ呑んだくれの顔をした傭兵でも、むさ苦しい顔をしたオヤジでもない、屈強な傭兵達の後ろでレンガ色の軽装鎧を着た茶髪の若者

そうこれが俺、名前はラーサーだ

我流だが剣の腕ならそこら辺の兵士には敗けない自信がある、そして、傭兵部隊長のバーチスに今回の任務から第四班を任された、部隊員の紹介をしたいがやめておくよ、何故って?この僅か数時間後に第十八方面調査隊は俺を残して全滅するからさ…


 ―南の集落―

  

 夕方前には件の南の集落に着いた、昨日も行方不明者が出たらしく聖教騎士が村人から詳しい話を聞いている、村人は不安と恐怖からか顔色がかなり悪く暗がりでは死人の様にも見えてしまう


 「長旅で疲れているところ悪いが崖沿いの森に向かう準備をしてくれ」


 同行していた聖教騎士団の隊長らしき人物は歩き疲れクタクタになっている傭兵部隊に指示を出す、流石にこれにはバーチスも意見する


 「今からか?もうすぐ日が落ちる、森に入るなら朝まで待った方がいい」


 意見された聖教騎士の隊長は不機嫌そうに口をとがらせて言う


 「…勘違いをしているな?森へ入るのは調査隊の仕事だ我々は森の外で待つ、村の警備は任せておけ」


 闇に包まれた危険な森に入るよう指示をだされバーチスや傭兵達の顔は強張る


 「夜の森は危険だ!今すぐじゃなくても良いだろう?」


 身振りを交えて説得するバーチスは夜の森に侵入する危険性を熟知している、視界も悪く野生の獣や野党に狙われるリスクも高まるのだ


 「いやなら…今回の依頼は破棄だ、遠征費用は全額そっちに払ってもらうぜ?」


 足元を見た台詞を恥ずかしげもなく吐き捨てる


 「くっ…」


 バーチスは反論したそうに一歩踏み出したが、傭兵団の此処までの出費を考えれば断る事も出来ずバーチスは渋々了承する


 「分かった…準備をさせてくれ」


 握りしめた拳を振り上げたい気持ちを抑えながらバーチスは言った、去っていくバーチスに聖教騎士は更に悪態をつき


 「フン…急げよ」


 そう言い放つと仲間と座りワインを入れた樽を兵士に開けさせていた


 ―森の入口―

 

 森に到着すると各班を分散させて捜索を始める、バーチスは部隊員を連れ森へ入ろうとしているラーサーを呼び止めた


 「何かイヤな予感がする…ヤバそうなら無理せず逃げろよ」


 ラーサーは普段厳しい指示を出す事が多いバーチスから出た言葉にただならぬ不安を感じていた

闇深い森は湿度を感じる割には肌寒く葉が揺れる音だけが聴こえる

この生命感がない静けさが不気味な雰囲気を煽るのだ

微かな光を頼りに森を進んで行くと絶壁に口を開ける洞窟へとたどり着く、ラーサー達は洞窟の周囲を伺うが人の気配はない、辺りにはまだ他の傭兵達の姿は見えない、どうやらラーサー班の到着が一番手だったらしい


 「待機してても仕方ない侵入するぞ」


 班員に指示を出し洞窟の様子を探る、班員が慎重に内部を伺い安全を確認すると『侵入可能』の合図をラーサーに送る、残りの班員と共に入り口に近づき再度安全を確認する、やはり人の気配は感じない


 「いくぞ離れるなよ」


 班員達に気を引き締める様に伝えると内部へ潜っていく

洞窟のなかは外よりかなり冷える、吐く息は白く灯りもない中を慎重に進んで行くと、下り坂になった場所の奥から人工的な灯りが見えてきた

壁沿いに様子を伺うと目の前に信じられない光景が飛び込んできた、拘束された男女に薬らしき物を投与する集団、その経過を記録する者、薬剤とみられる粉や液体を調合している者、奇妙な術式が書かれた上で呪文を唱えている者、そして一番奥には人間とも動物ともかけ離れた巨人の頭部が置かれ、両脇には醜い姿をした異形の生物が繋がれていた


 「何だ…これは…」


 異教徒という言葉が頭を過ったがその場に居る者達が身に付けていた紋章に見覚えがあった、知恵の実に芽吹く葉と聖書の標

これはアルバリア聖教会直属の医師団【聖教医師団】の紋章だ、しかし、目の前で起きている事は医師の治療とはかけ離れた内容だった

この事態をアルバリア聖教会は知っているのか、偽物の紋章を身に着けているのではないのか、様々な考えが交錯する、その時ラーサーは洞窟の入り口に気配を感じた


 「誰か来る!」


 味方が到着したのか医師団の者が現れたのか、緊張で汗をかく手を刀剣に置き備える

一歩づつ接近してくるのを感じながら息を潜める

騒がれると面倒だと判断して気絶を狙いラーサーは素早く踏み込んだが攻撃の手は寸前の所で止まった

向かって来ていたのは同じ傭兵仲間だったのだ


 「なかなか良い太刀筋だな…ラーサー」


 傭兵達はラーサーの刀剣を払い除けながら素直に良い踏み込みだと誉める、遅れて到着した仲間の傭兵達も実戦の経験値は挙って高く刀剣を向けたラーサーに対して、それぞれが剣を抜き即応していた

ラーサーは目で洞窟の奥を合図すると傭兵達も状況が呑み込めた様だ、傭兵が何かに気づいて指をさす

その先には繋がれた状態の村人がいる、自分の運命を悲観して皆がうつ向いている

『救出する』誰が言った訳でもなくその場に居た者には伝わっていた、白衣の医師団の数は10人以下いずれも戦闘に不馴れそうに見える、ギリギリまで接近するとベテランの傭兵が飛び出した


 「そこまでだ!この場は調査隊が制圧する!」


 注意を引きつつ他の傭兵が捕らわれていた村人を解放する


 「さぁ逃げろ!グズグズするな!」


 医師団の連中は慌てる様子を見せずしばし沈黙する


 「変な真似はするなよ?この洞窟は囲まれている」


 傭兵の言葉に医師団の連中は顔を見合わせると無謀にも襲ってきた、ラーサーの手前にいた二人は儀式用の剣と杖を持ち傭兵に向かって来る

しかし、経験豊富な傭兵達に敵う筈もなく一撃で切り伏せられる

すると医師団の連中は奥に繋がれていた醜い生物を放ち細い通路へ逃げようとする、薬品棚を倒した事で異臭を放つ煙や火の手が上がる、逃がすまいと追いかける傭兵を妨害する2体の異形の生物、近い距離で見ると醜さは更に際立つ


 「化け物め!」


 果敢に攻撃をするが傭兵達は怪物の腕の一振りで肉片と共に壁に吹き飛ばされる、鋭い爪は革製の鎧を軽々引き裂き傭兵たちの内臓を地面にぶちまけた


 「くそぅ!なんて化け物だ」


 総動員で鎮圧を試みるが圧倒的な怪力に怖じ気づく者が出始める


 「だ、ダメだ…まったく刃が立たない」


 弱音を吐く傭兵を他所にラーサーは攻撃をかい潜り化け物に接近すると足の腱を狙い切りつける

ドスンっと膝を着いた瞬間を見逃さず周囲の傭兵数人で首や胸や脇腹などを突き刺す、急所を突かれたその生物は動きを止め沈黙した、しかし、ラーサーの後方ではもう一匹が暴れている


 「ラーサー!ここは俺たちに任せろ!お前達は逃げた奴等を追え!」


 遅れて到着したバーチスがもう一匹の注意を引き付けている間にラーサーと班員は通路を進み医師団を追いかける


 ―洞窟裏の脱出路―

   

 狭い通路は一本道であった、進むほどに外から流込んでくる風を感じる、待ち伏せがないことは幸いだった、こんな狭い場所では戦い方は限られ苦戦は必至だ

通路を進むと森の反対側と思われる崖に出た、既に医師団達は崖を下り始めていてかなりの距離が開いている、すぐに追撃をしようとしたがラーサーは殺気を感じ足を止める


 「気づいたか…雑魚じゃ無いようだな」


 木の陰から1人の男が姿を表す、先ほどの集団にもいた騎士風の人物だった、男は医師には見えず剣を抜くと行く手に立ちはだかる


 「その構え…聖教騎士か?」


 見覚えのある構え、聖教騎士が用いる凡庸的な構えだ、しかし、この男からは隙が伺えない相当な手練れのようだ、額には三日月型の傷、特徴的なその傷のせいか眼光は鋭くみえる


 「この男…できるな」


 この男は一対多数ながら引く気はなく囲もうとする班員を睨み付ける


 「…なんだ…お前ら……ビビってるのかよ?」


 ラーサーを注視しながらもこの男の方から他の班員に斬りかかる、バキィィン!剣と刀剣とが激しくぶつかり金属音をあげる


 「てやゃゃぁぁ!」


 すぐに他の班員が援護の攻撃を仕掛ける

男はその攻撃を剣で受けると蹴りを入れ距離を離す

蹴られた班員は大きく転び体勢を崩している

ラーサーも攻撃を仕掛けるがそれを剣で受けると男は斬り返してきた


 「くっ!コイツ…早い」


 今度はラーサーが劣勢に立たされる

剣捌きだけでなく蹴りや打撃など騎士らしい戦法を好まない特徴的な戦い方だった

そして、戦い慣れをしているこの男はただ純粋に強かった

班員達がラーサーを援護するが一般騎士の基本戦術には無い蹴りや打撃に対応出来ずラーサー達は斬り結ぶことも出来ない、剣術の腕前も並の騎士より遥かに達者で、それゆえに普通に戦っていては勝機は見出だせない相手だった


 「どうした?そんなものか!」


 ラーサーの攻撃を軽くいなしながら男は言う、数人相手に余裕を見せつける態度にラーサーは苛立ちを隠せない


 「よく喋る奴だ!捕らえて全て吐かせてやる!」


 ラーサーも負けじと口で応酬する、しかし、戦況は変わらず不利なままだ、この男の不規則な戦法に攻め手を欠き、逆に良いように術中にハマってしまっている


 「ハッ!言うじゃないか」


 男は覗き込む様な姿勢で更に挑発をする


 「隙あり!」


 戦闘中に構えを解いた男に班員の1人が好機とばかりに飛び込んだ、完全に相手の背後からの攻撃だ『絶対に当たる!』誰もがそう思った

しかし、この男は奇襲を仕掛けられると読んでいたのだろう、手首を返し逆手に剣を持ち変えると飛び込んできた班員を一突きにした


 「素人が…殺気くらい消せよ」


 そう吐き捨てるともう一度深く剣を押し込み一気に引き抜いた


 「かっハッ…」


 班員の胸からは大量の血液が飛び散る、一瞬ラーサーはその班員と目が合った様に感じたが直ぐに白目を向きその場に崩れ落ちた、これに浮き足立った他の班員が不用意に切りかかってしまう


 「この野郎!」


更にこれに釣られもう1人も切り込む


 「よくもぉッ!」


明らかに動揺をしていた、混乱に駆られた悪手である

 

 「よせ!」


 ラーサーだけはこの攻撃が悪手であると気づいていた、男は流れるように無駄がなく即座に班員2人を仕止める


 「なんだ…この程度か、情けない連中だ」


 剣に着いた血を払いながら男は言った

残ったのはラーサーと班員がもう1人だけ

静かに構え直すと経験したことのない緊張感に襲われる、自分の息づかいが煩く感じるほどの静寂の中、崖の下から僅かに聴こえてくる激しい水の音に紛れる様に乱した呼吸を整える

先ほどの動きを警戒して距離を詰める事を躊躇う気持ちもある


 「来ないのなら此方から行くぞ!」


 見透かされた様な言葉と同時に男の方から切り込んできた、狙われているのはラーサーだ、直ぐに迎撃の姿勢に入る

だが、間合いの一歩外で急停止すると靴先に砂を乗せ目潰しの蹴りを放つ、咄嗟に後ろに飛び退き距離を取るが砂を顔面に受けたラーサーは左目の視界を奪われた


 「くっ!」


 実戦経験の差と機転、そしてこの男は効果的な戦法を心得ていた、狼狽えたラーサーを尻目に男は隙をついて標的をもう1人の班員に変える


 「卑怯な奴め!」


 班員は虚をつかれ防御が崩れるが下がりながら何とかギリギリで太刀打ちできている状態だ


 「どうした!どうした?」


 男はその斬り合いさえ楽しむ、男は必死に攻撃をしのいでいる班員の腕を掴むと力任せに地面へ投げ飛ばす


 「グぅッ!」


 ただ投げるのではなく地面に仰向けに転がる班員の右腕を踏みつけ剣を落とさせると、班員の首に切っ先を向けるのだ

ラーサーは目潰しの砂を払いながら涙で霞む目を開ける、班員は今まさに命を絶たれようとしている


 「ハッ…!やめろ!」


 叫ぶと同時に男の剣が無情にも班員の首に突き刺さる、空気が漏れ生々しい音と潰された声が聴こえる

即死ではないのだろう苦痛を与えて殺そうという悪意を感じる

苦しむ班員の喉元をグリグリと剣でなぶりながら差し込んでいく、班員の絶叫も掠れて声にならない音にかわるだけだ

そして、身体は雷に撃たれたかのように痙攣をし続けやがて止まった


 「はぁぁ…」


 余韻を愉しむように深く息を吐き男は髪を掻き上げる

額に痛々しい三日月形の傷痕がハッキリと姿を表す、月明かりが差し込み狂気を孕んだ瞳に光を写す、眼光は鋭くもねっとりとした嫌な笑みで口元は歪んでいた

ラーサーはこうした目をした人間を数回見た事がある、人を殺す事に快感を覚えた者の目だ


 「名をおしえろ……お前の名前を言ってみろ!」


 激昂したラーサーの目には大粒の涙が流れる、こめかみには血管が浮き出ていて激しい怒りを感じ取れる、この姿をみた男はニタリと笑い


 「…ラシッドだ、あぁ…別に憶えなくてもいいぞ、どうせ、お前もここで死ぬ」


 男は自らをラシッドと呼ぶと飽きた様な態度で構えを取り直す、それでも隙はなくラーサーとの実力差は明白だ


 「うぉぁぁぁッ!」


 無謀だと分かっていながらも全力を持って立ち向かうラーサー、一撃一撃に力が入り先ほどよりも強烈な攻めを展開する、技の繋ぎも早く切り返す間を与えない


 『動け!動け!止まれば奴に翻弄される!付き合うな!もっと先を想像して動け!』


 ラーサーは動きを止める事なく連続攻撃を続ける、息を切らしながらも崖側へラシッドを追い詰めていく、ラシッドも『得意』の間合いと状況では無いらしく防御に徹している、これだけの猛攻を防ぎきる技術も大したものである、その中でラーサーの大振りの一撃を見逃さず一気に間合いを詰め顔を鷲掴みにする


 「油断したな?」


 髪ごと掴まれたラーサーは足をかけられ倒されながら位置を入れ替えられた


 「ちぃッ!」


 掴まれながらも必死に抵抗した事で無防備な状態で切りつけられる事はなかったのは幸いだった、それでも状況は一変してラーサーが窮地に立たされる、背負うのは崖、勝負はラシッドに更に大きく傾きかけた

その時だった、ラーサーの足場が突如崩れる


 「なにッ?」


 ラーサーは立ち上がる前の姿勢だった離脱するには踏ん張りが効かず、そのまま背中を下にして落下をしていく

落ちながら見えた景色は月の明かりで青と藍色の境界が混沌とした夜空と、闇に染まる中で僅かに輝く星、崩れた崖からラシッドが覗き込む様なところで冷たく、荒々しい水の中に放り込まれた


 『くそッ…俺は死ぬのか』


 もがきながら水面から顔を出そうとするも、激しい濁流は天地の感覚を狂わせラーサーを飲み込む、崖上から様子を伺っていたラシッドは姿を見せないラーサーを視野が確保できる範囲で探したが見つけることが出来なかった


 「運の良い奴だ…」


 仕止められなかった悔しさと生き証人を残した危惧を抱きながらラシッドはその場を離れた、遺体を4つ置き去りにして


 ―洞窟内の祭壇―

   

 一方、洞窟内ではバーチスを初めとした傭兵団が怪物を相手に奮闘していた、集団戦闘は訓練され尽くした実力者揃いで、この手の乱戦はむしろ傭兵達の得意な戦場だ、この異形な怪物も巧みな連係攻撃にようやく沈み動きを止めた


 「やっと、くたばったか」


 激闘を制して傭兵達も一息つく、多くの仲間が犠牲になっていた、仲間の遺体を運び出す準備を始める傭兵にバーチスは声をかける


 「ラーサー達が逃げた連中を追ったまま戻っていない、何人か手を貸してくれ」


 疲れ果てている傭兵達も、ラーサーの為にもう一踏ん張りしようと支度を始める、その時だった、倒した怪物の身体が赤く発光を始め膨れていく、危機感を持った者なら気づいただろう


 「まずい!にげ…」


 バーチスが最後まで叫び切る前に怪物は激しい爆発をした、この爆発は既に死体となっていたもう一体を誘爆させ猛烈な爆風が出口を求めて洞窟を一気に飛び出した、洞窟の入り口から爆風と粉塵が空気の炸裂する音と共に衝撃波となる、それは離れた南の集落にも聞こえる程の爆音を届けた


 ―南の集落―


 集落に残っていた兵士や騎士は地鳴りと共に押し寄せた空震に驚き森の方角を揃って見つめていた、僅かに残った村人も心配そうに伺う、その兵士達のもとに聖教騎士団の旗標を掲げ一団が現れた、旗標は聖都にある本部の『12本の剣型の十字架』が描かれたものだった


 「なんだ?本部から応援か?」


 そこへ部下を伴って現れたのは聖教騎士団本部所属の騎士ザンサスだった


 「そこのお前達、所属はどこだ?」


 馬から降りずに近くにいた騎士を呼ぶ、明らかに高圧的な態度と圧力を効かせた様な目付きをしている


 「ハッ!南方部所属…」


 呼ばれた騎士はザンサスの近くまで駆け寄り所属を答え始めるが、『南方部』と聞こえた時点でザンサスは手で遮り要件を小さな声で伝えた


 「本部からの命令だ……火を放ち、目撃者を1人残らず殺せ」


 この予想を裏切る言葉に南方部の騎士は少し間を空け


 「は…?」


 と、何とも間抜けな顔と返事をするのだ、そしてザンサスの付き添いの騎士から松明と抽出油の入った革袋を受け渡された、さすがに一度は拒んだが再度『命令だ』と念を圧されて観念する、振り替える南方部騎士の視線の先には怯えた村人がいた


 ―数時間後…―

   

 どれくらい時間が経っただろうか南の集落の住人は1人も生き残ってはいなかった、連れ去られた家族の帰りを待ちながら身を寄せ合い堪え忍んでいた哀れな村人は、魂の抜けた肉の塊となり地面に転がっている、辺りには鉄の様な血の生臭い匂いが立ち込める、この凄惨な行いに手を貸した南方部の騎士や兵士の顔は言い表し様のない程に放心状態で辛そうである、最後の1人を始末した後、再びザンサスに呼ばれ彼のもとへ歩いていく

その足取りは鉛が仕込まれた靴でも履いているように重い


 「よくやった…お前達の仕事振りは本部にしっかりと報告しておこう」


 そう言うと優しく南方部の騎士の肩を叩き、隠し持っていた短剣で鎧の隙間から内臓目掛けて笑顔のまま突き刺すのだ

ザンサスは卑劣な所業を何とも思わなず笑顔で行う男なのだ

刺された騎士は自らの哀れさと痛みが混在する苦痛の表情を浮かべながらひざまずく、膝をつき一瞬止まったところをザンサスは短剣で首に突き刺した

そして、隣に居た部下の騎士に短剣を渡してこう言った


 「記念にとっておけ」


 何が『記念』だというのか確かに高価そうではあるが、血塗れの短剣をそのまま渡したのだ、ザンサスがどういった人物なのかは言うまでもないが控えめに言って【クズ野郎】だ

ザンサスの部下達は残りの南方部の兵士達を始末すると火をつけ証拠を隠滅する、文字通り『目撃者は全て消えた』のだった


 ―濁流の中― 


 既に体力が尽き抵抗の様子も見せずに流されていくラーサーは走馬灯とも云える過去を思い出していた、それは傭兵となるよりも昔の景色だった

ラーサーが傭兵の道に進むきっかけとなったのは少年期の両親との死別だった、ラーサーの両親は南町で小さな診療所を営んでいた、優しく人望の厚い両親に育てられたラーサーも将来は両親の様な医者になりたいと思い描いていたのだ

だが、ラーサーの両親が聖教医師団へ推薦された頃から環境が変わっていく、アルバリア教国内でも功績や評価が高い医師は組織に入る事を教会から求められるのだ、両親は当初加入を断ったが資金提供や治療を必要とする多くの人を救う為に苦悩の末承諾したのだ、これが結果として両親が盗賊から狙われる原因となってしまう、両親はアルバリア聖教会に恨みを持つ盗賊に診療の帰りに襲われたのだ

以前から身の回りに不穏な雰囲気を感じていた両親は聖教騎士団に護衛を依頼していたが騎士達が到着したのは亡くなってから数日が経ってからだった

身寄りが無くなったラーサーを教会が引き取ろうとしたがラーサーは【傭兵ギルド協会】で面倒を見てもらう事にした、理由は役に立たなかった聖教騎士団は教会の傘下の組織で頼りたくなかった事と、仇である盗賊を討伐してくれたのは近くを巡回していた傭兵部隊だったからだ

当時からラーサーの面倒を見てくれていたバーチスとは以降長い付き合いとなったのだ、薄れる意識と途切れ途切れの記憶の中、ラーサーは流れが緩やかになっている川岸に流れ着いていた、生きて濁流を抜けれただけでも奇跡なのだが、彼の運命を変える更なる奇跡が起きる


 「……人間よ何を望む」


 意識を失い倒れたままのラーサーに語りかける存在がいた


 「…誰だ!」


 呼び声に反応して目を醒ますと、ラーサーは七色に輝く空間に裸のまま浮いていた、辺りを見渡しその場所が現実ではない世界にいる事だけは本能的に頭のどこかで理解できていた


 「…ここは?」


 更に呼び声が問う


 「人間よ何を望む」


 この問いに素直にラーサーは答える


 「…力が欲しい…誰にも負けない力が…自分の力で誰かを救える力が欲しい!」


 ラーサーは拳を強く握りそう叫んだ


 「……」


 何者かの声はしばらく考えている様で間があった


 「もうわたしに残された時間は少ない…お前が世界にとって救いの導き手になるか見させてもらおう」


 周囲が眩く光る


 「救いの導き手…?どういう意味だ?」


 ラーサーの問いに答えはなく現実世界で目を醒ます


 「……夢…か?」


 目覚めたラーサーは辺りを見回して状況を把握する

あの濁流にのまれても生きている自分のしぶとさに安堵と呆れた様な息が漏れた

濡れて重くなった革鎧を脱ぎ非常用の着火金属を使い暖をとる、すぐに火を起こせたのは運が良い刀剣も川底に沈んで武器がない

こんな状況で熊にでも出くわしたらひとたまりもないのだ、疲れているが眠くはない、ただ、目を閉じると仲間の班員達が死んでいく姿が甦る

無力さを痛感した瞬間が永遠に記憶として繰り返されるのだ

涙も渇れ空腹も忘れて炎を見続けるラーサーの頭上には数えきれないほどの星が遥か昔の光を伝えている

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る