第10話 昼でも学校で一人きりのトイレは怖い

「はぁ。投げたのはあいつなのに、なんで俺が洗いに行かないといけないんだ」


 俺は今、フォークを片手にトイレの洗面台へと向かっている。ウミウシに頼まれた……というより、脅迫されたのだ。


 ―――――――――――――――――――――――


『そこのフォーク、ニートのせいで投げることになったから、洗ってきて』


『えぇ……、投げたのはウミウシなんだから、自分で洗ってこいよ』


『洗いに行くのめんどくさいから行ってきて』


『おい、それが本音か』


『行ってきて』


『今の聞いて、行くわけないだろ。なに言われても絶対に行かない。自分で行け』


『……』


 ウミウシは無言で懐から一枚の小さな紙切れを取り出し、俺に見せてきた。


 な、なんだと。なんでこいつがこれを持ってる……


 ウミウシの持つ写真には俺が榊によっておんぶされ、男として無様な姿が映し出されている写真。


 そして何故か俺の顔は喜色満面きしょくまんめんの笑みに、逆に榊の顔は心底嫌そうな顔に変わっていた。


『な、なんだこれ』


 俺が恐怖に打ち震えていると、その俺の様子をみたウミウシはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


『「この子は嫌がる男に自分を持ち上げさせて、興奮する趣味がある変態です」って転校生ちゃんにこの写真を見せ――』


『――フォーク、洗いに行かせていただきます』


―――――――――――――――――――――――


 全く、あの時のシャッター音の犯人がやつだったなんて……よりにもよって……一番、犯人であって欲しくなかったやつが……


「しかも、なんだあの写真。地獄すぎるだろ」


 顔が赤く染まり笑顔を浮かべる俺と顔が真っ青になって泣きじゃくる榊。どう考えても、俺が……


 俺は頭を左右に振り、悪い想像を頭の中から除去する。


 やめよう。考えただけで、吐き気がする。


 俺はノーマルだ。ノーマルであり、公衆の面前で特殊プレイにきょうじる変態ではない!

 

 初対面の女子にあんなもの見せてみろ。確実に一歩引かれる。いや、女子じゃなくても引く。初対面で見せていいものじゃない。


「はぁ、なんなんだよあの謎の編集技術。俺をおどすためだけに使うなよ」

 

 俺は愚痴を心の中でこぼしながら、廊下を歩いていく。


 (それにしても……広いな。トイレまで遠い)


 この明智原高校は設備が充実してることでも有名で、図書館や音楽室はもちろん、本格的なカフェテリアまである。


 そんな綺麗な教室がこの明智原には約七十部屋存在しており、必然的に学校も広くなってしまうのだ。


 入学当初は広すぎて、一人だけで自分の教室まで行くことができないってのは明智原あるあるだな。


 俺の今いる、別棟でさえこの広さなのだから、本館にある教室に入学して間もない一年が辿り着けないのも仕方のないことではある。


 俺はようやっとトイレに到着すると、洗面台の蛇口を捻り、ドボドボと出てくる水でフォークを洗う。


「…………」


 ……学校のトイレってなんでこんなに怖く感じるんだろう。別棟の辺境地だからか誰もいなくて、俺一人だから余計に怖い……


 いや、やめよう。考えるのやめよう。考え出したら怖さが増す。


「………………」


 ……なんか前にある鏡とか見たら、やばい気がする。白い衣服をまとった長髪の女の人がこっち見てる気が――おいやめろ俺! 思考を放棄するんだ!


 さっさと終わらせて、帰るぞ!


 ――ピチャ


「ヒッ!」


 俺は物音に振り返ると、そこには誰もおらず、ただ雨音のような音が聞こえるだけだった。


 ……トイレだもんな。そりゃするよな水の音ぐらい。良かったぁ……今の誰にも見られなくて、もし見られてたら恥ずかしさで死ぬところだった。


 よし。フォーク洗いの続きを――


 ――キィ


「ッ?!!」


 俺は再度振り返ると、先程まで閉まっていた個室のドアが開いていた。どうやら、ドアが開ききしむ音が鳴っていただけらしい。


 なんだ。扉が開いた音か……風で押されたんだな。


 ん? でも待てよ。このトイレ風が入る窓なんてあったっけ……?


 ………………


「あのー、だれかいますか?」


 返事はない。誰もいないようだ。


「ははっ。こんなところにいるやつなんて俺ぐらいなもんだよな。人なんていないいない。何馬鹿なことやってんだろ俺」


 俺はつとめて明るい口調にして自分に聞かせるために声を出す。


「こんなところに……人はいない。人いない?」


 人はいない。でも、ならばいるのでは?


 そんな考えが脳を通り過ぎると、一気に俺の恐怖心が湯水のように溢れ出した。


 かもしれない。


「らららら〜♪ おばけなんて嘘さ。おばけなんていないさ。おばけなんてっ!」


 俺は歌を歌うことで、打ち消そうと試みる。俺は大声で歌うことで周りの環境音を全てシャットアウト。


 おばけすら耳を塞ぐ轟音ごうおんを響かせる。


「――今だ!」


 お化けが怯んだ(想定)を狙い、俺は颯爽さっそうとフォークを洗い、出口への扉に手をかけて飛び出す。


 ――ガチャリ


 やった! 脱出できた!


「あっ、東山くん」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 俺の叫び声が廊下に響き渡った。

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