第8話 殴られて…気持ちいいワケあるかアアア!

 俺は榊と別れ、自分の教室である二年三組の教室に戻った。


 音を立てずに戸を開けると、中は現代国語の授業中で、教卓に立つ先生は集中していて俺に気づいていないご様子。


「あぁー、先生」


 声をかけると、俺に気づいた先生はこちらをいつもの通りの悪鬼のような顔で凝視ぎょうししてくる。


 な、なんだ……? なんでこんなに見つめられてるんだ俺。


「東山、話は聞いたぞ」


「あっ、はい」


 右京が話を合わせてくれたはずだから、俺が矢沢に殴られたことは伏せてくれてる……よな?


「すまなかったな」


「えっ?!」


 どう言うことだ。矢沢に殴られたことはばれていなさそうだが、全く意味がつかめない、一体なんて説明したんだ右京のやつ……


 俺が心の中で焦っていると、先生は黒板の上を指差した。


 あれ? 確かあそこには「未来」ってデカデカと筆記体で書かれた紙の入った額縁あったような……


「金具がもろくなっていたなんてな……私のミスで東山に怪我を負わせた」


「あ――」


 なるほど。どうやって右京が説明したか想像がついたぞ。


「いやー、気にしないでください先生。僕の不注意でもありますから」


「本当にすまないな。まさか、額縁が落ちてくるなんて……」


「大丈夫です。頬にあたっただけなので。もう、全然痛くないですし」


「そうか。それは良かった」


 先生の慈愛に満ちた眼差しが俺に注がれる。


 悪いな先生。殴られたことを素直に言ってしまうと、先生はきっと上に報告してしまう。それはなんだ。


「……」


 でも、本気で反省してるんだよなこの先生、顔怖いのに。


 嘘をついたのは仕方ないこととはいえ、なんかすごい罪悪感が……


「――先生、早く授業の続きをしてください」


 すると、ある一人の男子で不快そうな声で、挙手した。


 交流は全くない生徒だが、彼の瞳には俺への嫌悪が混じっている。それは彼だけではなく、この教室のほぼ全員が彼と同じようなさげすんだ目で俺を見ていた。


 さっきまでの先生の目とは大違いの冷たい目だ。


 俺はそれに気づいた瞬間、体がびくりと跳ね上がる。


 大人数から嫌忌けんおの目線で睨まれる、わかりやすく悪感情を向けられるのはやはり怖い。大和川先生とは違うベクトルの怖さだ。


「あぁ。すまないな浜田。じゃあ、東山、席についてくれ。この話はまたでいいか?」


「いや、もう十分ですよ。こんな怪我すぐに治りますから。気にしないでください」


 俺は視線を受け流しながら、自席へと足を運んで座る。先生はそれを確認してか、授業を再開。


 黒板をこするチョークの音と先生の声が聞こえてきた。


「ふぅ」


 俺は席に座ると、体の力を肺から空気と共に吐き出した。


 俺はヒリヒリと痛む頬をさすりながら、色々ありすぎて流石に疲れたな、と心の中で疲労を感じていると、


「ニート……」


 すると、ウミウシが心配そうな表情でこちらをのぞいていた。


 いつもとウミウシとは違う、柔らかい声だったので俺は一瞬空耳かと勘繰かんぐったが、間違いなく隣からの声だった。


 ……ウミウシががらにもなく、俺を心配してくれている。


 俺がそう感慨にふけっていると、ウミウシは急に吹き出した。


「ぷふっ……顔、面白っ」


「は?」


 ウミウシはそう言って、俺の顔を見ないように後ろを振り返って声を抑えて笑い始めた。


 どうやら、殴られて腫れた俺の顔を見て笑っているらしい。……いや、は?


 怪我をした俺を心配してくれた先生とは違い、怪我をした俺を見て心配どころか笑い始めるウミウシ。


 俺は何故、こんなゲス野郎が俺を心配してくれているなんて一瞬でも感じていたのだろう。神様、どうか一分前の俺と目の前のゲス野郎をぶん殴ってください。


 しばらくすると、ウミウシは落ち着き、笑いすぎて涙目になった顔を俺に向け、サムズアップして言ってきた。


「ま、良かったじゃん。殴られて前よりもイケメンになってるよ」


 俺の口角がピクピクと痙攣けいれんする。


「お前には心配するとかそういうのないのか?」


「ない」


 即答。俺は顔を歪め、不満を視線で伝えようとするが、ウミウシはそれをそよ風の如く受け流し、授業を聞く体勢になっていた。


 俺は不満を視線で送り続けていると、ウミウシが黒板を見ながら小声で話しかけてきた。


「それに殴られたのはニートが割り込んだからで、自業自得でしょ? っていうか自分から殴られに行くって何? マゾ?」


「違う!……あのまま右京が殴られてたら、めんどくさいことが起こっただろ。だから、庇っただけ。俺に殴られて喜ぶ趣味はない」


 不本意すぎる勘違いを起こしている……俺はひそひそ声の最大音量で否定した。


 俺はマゾなどではない。少なくとも男に殴られて喜ぶ趣味などない。ちゃんとした理由があって、あえて殴られたのだ。


「右京が殴られたら、その取り巻きたちが黙ってない。しかも殴った相手が敵対視してる矢沢となったら、あっという間に派閥同士の潰し合いが始まる」


 いくら穏健な平等派とはいえ、そのリーダーである右京を殴られれば黙ってはいないだろう。


 矢沢グループが謝罪すれば落ち着くかもしれないが、右京を消そうと戦うのを望んでいるような連中だ。それは絶対にない。


 それに彼らは生徒会選挙で、どちらが生徒会長になるかと争っている最中という、火をつけるのに十分いや、十分すぎる油の量だろう。


 戦いが始まってしまっては最後、俺らも巻き込まれて冷遇対象の扱いが更に悪くなるのは目に見えてる。


 そう、冷遇対象のにとって、これは最悪の展開。


 俺は榊にも言ったような説明をウミウシに細かく説明する気だったが、俺はウミウシの顔を見て途中で話すのを中断した。


 こいつ……


「……お前そうなることわかってただろ」


「うん」


 ウミウシはさも当然のように、頷く。


「結果的にニートに助けられて、腹が立ってたから」


 要するに俺がマゾだとかそういうことはからかいの発言だったというわけで……なんだこいつ、心配するどころかちょっかい出してきやがった。


「なんでだよ、ありがたく助けてくれてありがとうって言ったらどうだー?」


「それはムカつく」


 捻くれたやつだ。全く。俺はため息をつきながら既に並べてあった筆箱から赤ペン、シャーペン、消しゴムと取り出していき、机に並べる。


 それにしても、普段のウミウシよりもいじりがキツかった気がするが……何か俺やったっけな。


「ねぇ、ニート」


 俺がそんなことを考えながら、黒板の内容をノートに書き写していると、ウミウシがまた隣から話しかけてきた。


 ウミウシにしては、話しかけてくるな。いつもなら、俺が話しかけすぎて怒られるんだが、どうしたんだろう。


「なんだよ。そんなに俺と喋りた――」


「私を一人にするのはやめてね」


 ウミウシはいつも通りの声質で、黒板を見つめてそう言い放った。


 様子から見れば、なんてことはないものだったが、そこに秘められた悲しさや本当の心配に俺は気づいてしまった。


「……もしかして、結構怒ってたか?」


 俺がそう尋ねるが、ウミウシからの返事はなく、どうやら会話はこれで打ち切りらしい。


 だが、今ので俺はウミウシが割と怒っていたことを察した。


 きっとウミウシが怒っているのは、俺が矢沢に殴られた時、泣きながらことだろう。 


 先生を呼んで、もし俺が殴られた現場を先生が見てしまえば、俺は最悪、退になっていただろうから。


 もちろん、大和川先生は矢沢をちゃんと怒るだろうし、俺を退学におとしめるような人ではない。


 大和川先生なら、矢沢をしっかりと怒り、俺へのケア、上に報告までしてくれるに違いない。顔は怖いが。


 だが問題は、大和川先生が報告する、その上の職に立っている先生だ。


 彼らは昔からの明智原を大事にしている実力至上主義が大半。


 彼らが俺のような冷遇対象か、矢沢のような明智原の代名詞みたいな存在のどちらを庇うかなんて、火を見るより明らかだ。


 矢沢の罪は握りつぶされ、矢沢を危険な目に合わせた俺をここから追い出すに決まっている。


 大和川先生は明智腹に来て日も浅く、それを理解せずに、きっと上に報告してしまう。


 だが、俺はそれをわかっていて、先生や大声で呼んだ。なぜなら――矢沢の情けない顔が見たかったから。 


 俺はどうしても矢沢のあの余裕そうな表情を崩したかった。


 自分で言ってて、本当に滑稽こっけいな理由で、どうしようもなくメリットとデメリットが釣り合っていない。


 もし見つかって、俺が退学なんてなったら、ウミウシを一人にさせ、たがえるところだった。


 我ながら、馬鹿なことをしたな。


「悪かったよ…ウミウシ。俺たちはだもんな」


「……」


 懺悔ざんげをしても、変わらずウミウシは無言で授業に集中していた。


 ま、こいつはそういうやつだよな。


 俺は返事を待つことはせず、視線をウミウシから黒板に移した瞬間。


だよ」


 俺は驚いて、つい視線を再びウミウシに移すと、ウミウシの頬が若干赤くなっているような気がした。


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 最新話まで読んでくださりありがとうございます!


 超スローペースですが、ついてきてくれるとありがたいです。投稿頻度…早くしたい!


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