第7話 わかってるよ
俺は玄武におんぶされていた。
「道具の手持ちがない、それに
「こ、この状態で? この体勢でいた方がよっぽど落ち着かないんだけど。降ろしてくんない?」
背中広っ。高っ。同じ男の背中か? これ。うちのベットと同じくらい広いんだが。
……てか、それよりもなによりも――この状態、クソ恥ずかしい。おんぶなんて高校二年生でやることではない。
――パシャ
俺が
ん? 何だ今の音。シャッター音?
「東山君、後のことは任せて。先生にもうまいこと言っておくから。保健室で休んでて」
「――あ、あぁ。わかった。ありがとな、右京」
俺が礼言うと、右京はにっこりと笑って応えた。女子の黄色い歓声はもはやパッシブ。
「……」
シャッター音……は、まぁ良いか。今はそれどころじゃねぇ。
「おい、榊。降ろ――」
「では我が主、後ほど」
玄武はそれだけ言い残すと、勢いよく戸が開けられ、俺をおんぶしたまま全速力で走り出した。
「えっええ! ちょっと降ろしてほしいんですけどおおおおおおーッ」
俺の声は玄武の足の速さに追いつかことができなかったのかはたまた、ただ無視されただけなのか。
終始、俺の声は玄武の耳に入ることはなかった。
――――――――――――――――――――――
保健室に到着した俺たちは、先生不在のため、戸棚から医療キットを持ち出し、勝手に使わせてもらうことにした。
自分でやると言ったが玄武が「やらせてほしい」と引かなかったため、俺はしょうがなく右京に任せることに。
俺はベットに腰掛け、右京は俺の前に膝をついた。
「東山殿、貴殿が主を
すると、玄武は急に俺に向かって頭を下げてきた。
俺は驚いて一瞬硬直したが、すぐに言葉を返した。
「あ、あぁ。いいよ、俺も何度か助けられてるしな。
ちなみに言い忘れていたが、こいつのフルネームは
良いよなー、俺も
「私は……いや、まずは手当を」
俺が名前について考えてるうちに、救急キットを手に持っていた玄武はテキパキと処置を
「少し染みるぞ」
「おう」
何だろうこの感じ。……憧れる。
俺は頬に消毒の痛みを感じながら、ぼうっとそんなことを考えていた。
俺もこういうイカつくて……いや、イケメンで真面目な男の側近ができたらなぁ。
もし俺がピンチになったりしたら……
『このお方は私の主。あなた方に指一本たりとも触れさせはしない』
って、本気で怒ってくれて『どういうこと? イケメンが付き従うあの男って一体……?』
周りが驚き、俺に興味を持つ……そして、最終的には俺の魅力に気づいた女の子たちで俺の周りは埋め尽くされて……
「ふへへへへ」
「ひ、東山殿、大丈夫か?
玄武は心配そうな目で俺を見上げていた。
「あ、ああ! 大丈夫だ。どこも痛くない」
俺は自分の
いかんいかん、こんなところでにやけるなんて。榊に心配をかけてしまった。
電車の中、ラブコメの甘ーいイチャイチャシーンを口角を動かさずに見て、表情筋は鍛えられてるはずなんだが……
やっぱり油断は禁物だな。
「そう、か。……だが、あの東山殿が声を荒げて泣くほどの怪我だ。遠慮して我慢しているのであれば、その必要はないぞ」
「ん?」
その榊の言葉に俺は
こいつ俺が痛みで泣いていた……と思ってるのか?
いや確かに痛かったがそれがきっかけに泣いたわけじゃない。あの涙は演技であって、ガチ泣きではない!
「榊、待て。あれは痛くて泣いてわけじゃないぞ。泣いたのは戦略的なアレだか――」
「分かっている。涙の
「いや、だから……はぁ、まぁいいか」
これ以上何言っても無駄な気がするし、ほっぺが痛いから弁解するのやめよう……
俺が口を閉じると、榊は黙々と俺の頬にアルコールをかけて、と処置を施していく。
「……」
「……」
……なんか気まずい、な。まず、同級生に手当てされてる状況が気まずいのに、相手が友達とはいえないラインの知り合いだからな。
何か話題を……
「……すまなかった」
「え」
俺の脳内が話題作りに
「なんで謝るんだ。俺は別にお前に謝られるようなことされてないぞ」
「いや、した。主に止められなければ、俺は東山殿の努力をもう少しで水の泡にしてしまっていた」
「それは……」
「東山殿、貴殿は主を庇うことで争いを起こすことを防いだのだろう?」
「……」
俺は榊にじっと見られて、つい黙ってしまった。
そうだ。本当は危なかった。あの時、榊が矢沢を殴ってしまっていたならば……俺は、この学校に居られなかったかもしれないから。
右京を筆頭とした平等主義と矢沢の
今は三大王子でもある右京がいるおかげで、俺たちに対しての突っかかりも我慢できる程度になっているし、平穏な学園生活を送れている。
しかし、それは右京がいるからこその偽りの平和だ。右京や榊と違って、周りの奴らは俺に好意は一ミリも抱いていない。むしろ、早く出て行けとすら願っているだろう。
俺が矢沢に「学校やめろ」と脅されていても、見て見ぬ振りどころか、笑って楽しそうに見ていたのが良い証拠だ。
クラスの大半は俺が明智原に在籍していることが気に入っていないのだ。
あの場で榊が矢沢を殴っていたならば、きっと矢沢のグループは難癖をつけて、平等主義との争いを始めていたに違いない。
そうなれば、俺は終わりだ。
いつも庇ってくれる右京も俺を庇うどころではなくなるだろうし、たぶん、庇っても効果がなくなる。
それは右京が殴られても同じこと。
俺は自分の平穏を守るために、争いを起こさないために右京を庇ったのだ。
榊が殴れば、いや、榊が殴ってしまえば、右京が殴られた時以上の争いが始まっていたかもしれなかった。
「俺の軽率な行動が東山殿の安全を
「……別に良いよ。結果的には何も起こらなかったんだし。それに、榊が本気で反省してるのはよく伝わったから」
そう言うと、榊はぱちくりと目を見開いた。
「本気で反省している……なんて」
「榊、さっきから自分のこと俺って言ってる」
「――――」
榊の肩がピクリと震える。
「榊が素の一人称を使うところ初めて見た。それぐらい焦ってたんだろう? 嘘の言葉じゃないことはよくわかったよ」
「……」
肌につけられたガーゼに手で触れて、俺は出血が
「終わりか? それなら、はやく授業に戻ろうぜ。十五分遅れたら欠席扱いになっちまうし」
俺は座っていたベットからひょいと立ち上がり、からりと戸を開けた。
しかし、榊は
「? どうした榊。はやく行くぞ」
榊は
「……東山殿は優しいな。もし、主人に出会う前に、出会っていたならば、私は東山殿について行っていたかもしれない」
榊の思わぬ褒め言葉に俺はポリポリと頭をかく。
「優しくねぇよ。榊の言う通り。俺は自分のために右京を庇っただけだ。自己保身ために頑張っただけ」
俺が否定すると、榊は、
「いや……優しい男だ」
そう、もう一度言った。
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