第6話 酷いことされるぅー!

「ギャアアアアアアアア! イテェエエエエエエ――ッ! 誰か、いや大和川先生――ッ。この人、この人に殴られましたアアアアアア」


 ――床にぶっ倒れ、大声で助けを呼んだ。


「お、おい。何してんだよお前!」


 矢沢唯一の弱点、それは大和川先生。あの先生はヤンキーじみた矢沢でも怖いらしい。まぁ、当然だろう。


 あの人は何かの間違いで教師という職についてしまっているが、明らかに職選択をミスっている。


 彼の職選択の正解は検察官か拷問官だ。


 彼の姿を一目見ただけでそれが彼の天職であることが誰でも察せられると思う。


 大和川先生が無言で犯人を見つめるだけで犯人は勝手に自白していき、再犯率が下がり、犯罪率が下がる。


 もし検察官になっていれば、いるだけで街の平和が守られる現代のオール●イト的存在になっていることに疑う余地はない。


 拷問官も似たような理由で天職間違いない無し。

 

 初回ページに出てくる雑魚ヴィランやざわにオール●イトが負けるだろうか、いいや。そのヴィランは二コマでぶっ飛ばされだろう。


 腐ったみかんやざわをオール●イトはそのまま放置するだろうか。いいや、握りつぶし搾りたてジュースに一瞬にして変えて、フードロスをできるだけ無くしているに違いない。


 ならば、初回ページのヴィランであり、腐ったみかんでもある矢沢は恐怖で立ち尽くすのも無理はない。


 今頃、矢沢の脳内では、二コマでぶっ飛ばされ、その上に握りつぶされて百パーオレンジジュースになる様子が逡巡しゅんじゅんしていることだろう。


「やめろっ! お前、何してんだっ」


 矢沢は鬼の如く険しい顔で俺を睨み、服を掴んでくる。


 怖い顔をして誤魔化してはいるが、表情がいつもよりも強張こわばっている。先生への恐怖が隠しきれていない……ぷぷっ。


「ガチでやめろ! てめぇ! 東山ァ!」


 先程までの余裕綽々よゆうしゃくしゃくの表情は何処へやら、俺に大声で怒鳴り散らす今の矢沢の姿はひどく滑稽だ。


 うーん。なるほど、なるほど。矢沢君は僕に大声を出すことをやめてほしいらしい。


 そっかぁ……


「助けてぇーっ! 酷いことされるぅー!!」


 じゃあ、もっと大声で呼ぼうかな!


「――っ」


 矢沢の顔が恐怖に占領せんりょうされていく。怒りの感情が表情から抜け落ちていくのが目に見えるようだ。


 そうだよなぁ。お前、俺をいじめる時、いつも狙ったかのように大和川先生がいなくなったタイミングで始めるもんなぁ。


 あの、モテて水絵部のエースで傲慢な矢沢君が、先生の目を気にしている。


 さぞ怖いんだろう。大和川先生が。


 だったら、俺が呼んであげるよ、その先生を。


 先生が一番ブチぎれるような、人を殴った状況を見せつけてやろうぜ、矢沢くん。


「殴られた場所が痛いぃ!血が止まらない、こ、、怖いよォ!タスケテェ!せんせえ!!」


「お前が勝手に割り込んできたんだろっ! 何被害者ヅラしてやがる!」


「被害者ヅラってひ、酷い。こんなに痛いのに……殴ったのは矢沢くんじゃないかっ」

 

 矢沢の口角がピクリと上がった。


「俺が殴ろうとしたのはお前じゃねぇ! あい……つ」


「ほう。我が主を殴ろうとしていたのか貴様」


 怒り浸透しんとうの低い声が右京の言葉を止めた。


 あっ、この声は……


 声の主に心当たりがあった俺は顔を声の聞こえた方向に向ける。 

 

 すると、そこには矢沢と右京との間に割って入っている一人の男。


 矢沢が右京を指そうとした人差し指は、残念ながら彼を指すことはできてはおらず、


 代わりにそのもう一人の男。


 ――サングラスをつけた巨体のイカツイ男に向けてその指は指されていた。


 




 その男はいつ間にか、右京の前に現れていた。


 おっと、大和川先生ではなくが先に来たか。


「ほう。我が主を殴ろうとしていたのか貴様」


 矢沢の前に突如とつじょ現れたそのヤクザ然とした男は、地が唸る低い声を出して問いかける。


 その声の威圧に俺はたまらず、口を閉じてしまう。


 矢沢も一瞬怯むが、その男の姿をしっかり確認すると普段通りのムカつく余裕表情に変わって言葉を発した。


玄武げんぶ、何しに来やがった。テメェのクラスはここじゃねぇだろ」


「主に危険が在れば、いつ何時も駆けつけるのが臣たる者の役目だ」


 すると、玄武と呼ばれたその男はポケットから取り出したスマホを叩いて言う。どうやら、右京が連絡を入れて危険を教えたらしい。


「口調に似わず、ハイテクなもん持ってんじゃねーか」


「ハイテク? これは随分と前に買った古い機種だが」


 矢沢の顔が一瞬くもるが、すぐに言い返してくる。

 

「そうじゃねぇ。右京がスマホでいつでもお守りさんにかけられるようにしてるなんて思わなかったって言ってんだよ」


「……なにが言いたい」


 矢沢がそう馬鹿にした顔で言葉を発した途端、榊の返答には苛立ちが混じったように感じられた。


 嫌な予感がする……


「お前の主はすぐに仲間を呼ぶような腰抜けなんだな、玄武」


 矢沢は、はんっと鼻を鳴らしてそう侮蔑ぶべつの言葉を吐いた。


 「……」


 その時、玄武の顔が怒りに歪む。


 誰でも見たらわかるほど、榊はガチでキレており、額には青筋が浮き始めている。


「――主救った恩人の手前、手荒な真似はしたくなかったが、言葉を間違えたな。矢沢」


 玄武は矢沢の元へと一歩一歩近づいていく。


 それを見た矢沢は嬉しそうに口元を吊り上げて、ファイティングポーズに構える。


「お、おい榊! やめろ!」


 俺の静止も聞く耳を持たず、玄武の手は強く握られており、口喧嘩の続きをするとは思えない雰囲気漂い始める。


 ――まさに一触即発。その時、


「ゲン、やめろ」


「――――」


 右京の清流のせせらぎのような声が、教室全員の動きを止めた。


 彼の声は教室の喧騒をものともせず、俺たちの耳に届き、勿論のことその声は彼にも届いていて。


 ――一触即発であった右京の従者である玄武の動きがぴたりと止まる。


 まるで石にされたかのように一ミリも動かずに、右京の言葉を待っていた。


「俺がお前をここに呼んだのは喧嘩をしてもらいに来たわけじゃない。殴られた彼の応急処置を頼むためだ。怒りで仕事を間違えるな」


「……申し訳ありません」


 右京に怒られた玄武はしゅんとして、凹んでいた。


 ガタイのいい強面こわもての男が、細身イケメンに怒られてしょげている場面ってなかなか面白いな。王子様が専属護衛を叱っているみたいな様子に似ている気がする。


 俺がそんなことを思っていると、俺の前にいつのまにか片膝をついた玄武がいた。


「失礼」


「うわっ、……え?」


 玄武がそう言った瞬間、俺の視線が急に上へと引き上がる。


「えっ、ちょ」


 俺は玄武におんぶされていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんか、新キャラで出てきた……何故?


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