第3話 転校生イベント
やっとの思いで二階の教室に着き、戸を開けるとそこでは先生がショートホームルームを始めていた。
俺が入った瞬間、クラスメートの嫌悪の視線が俺に集まる。いつものこととはいえ、これが慣れることはないだろうな。
そしてそんな中、俺が教室に入っても顔色ひとつ変えなかった一人の人間。筋骨
しかし実はこの先生、学校随一の優しい先生なのだ。だがそれを大幅に覆すほど容姿が怖いせいで、誰からも慕われていない。
悲しきモンスター教師である。
俺はその
「東山」
地響きのような低い声で俺の名前を口に出した。まだ名前を言われただけだというのに、体がびくりと震える。本能ってやつだろう。
「……先生。怒ってますか?」
あまりのおっかなさに俺の口は勝手にそう問いかけていた。
いや、俺は知っている。この先生はこの程度で怒らないし、この人は本当に優しい先生……
すると、先生は俺に近づいてきて、血走った目で俺を直視しながら言った。
「怒ってない」
ブチギレですやん。
これは完全にダメなやつだ。優しいとか全部ウソだったんだ。
俺はこの先生の本質を理解する。
きっと、これまでは全部演技で油断したところを食い殺す気だったんだ。
そんでもって、先生の主食はきっと生徒の魂。ムカついた生徒の魂を片っ端から喰らうのだ。次に食べられるのは――俺。
「東山、怒っていないから早く席に座りなさい。大事な話ある」
「……わかりました」
お前をどうやって料理して喰うか大事な話があるからなァ……、ってことですよね。痛いのだけは勘弁してください。食うなら一思いに丸呑みで……
「それと東山……」
俺が自分の席に向かうため足をすすめると、後ろから明らかに不機嫌な声がかけられた。
俺は何か
俺は悟った。確実に粗相をしでかしたこと、今日が俺の命日だったってことに。
――俺の人生おわた。
「小さい子を車から守ったんだってな。良くやった……」
「え……?」
思いがけない言葉が、邪悪な笑みをいまだに浮かべ続けるモンスターの口から放たれた。
死を覚悟していた俺は、状況をうまく飲み込めていなかったが、徐々にモンスターいや、大和川先生の言葉の意味がわかってくる。
「先生…っ」
すると、先生は邪悪な笑みを消して、慈しむような表情で俺を見ると言った。
「助けたのは偉い。でもな、お前はもっと自分の身を大切にしろよ。先生は東山が心配だ」
「せ、先生……っ!」
なんだ、めちゃくちゃいい先生じゃないか!
俺は過去の自分の考えを改め、そして悔やんだ。こんな生徒思いの先生が人を殺すわけないじゃないか! 何を言っているんだ俺は!
この人は残虐なモンスターではなく、人の心を持った優しいモンスターなのだ。
俺は死を免れ、先生の本質に気づくと一つの疑問が湧き上がってくる。
『俺を殺すことではないのだとしたら、大事な話とは一体なんなのだろうか?』
俺は疑問を抱きつつも、自分の席である、一番後ろの席しかも端っこというラブコメ主人公ポジ椅子に座りにいく。
この椅子に座ると、自分がまるでラブコメの主人公になったようで気持ちがいい。座るだけでドーパミンが出る椅子というコスパ最高の椅子だ。
くじ引きという運ゲーで、奇跡的に引けた時はもはや運命を感じたというもの。
自分の席に座ると、俺は隣の席である野蛮系メガネ女子のウミウシと挨拶を交わそうとしたが、やめた。
ウミウシは遅刻しないために全速力で走っていたのか、疲れて机に顔を突っ伏して寝ていたのだ。これは今日の仕返しをしてやるチャンス!
俺はウミウシを起こさないよう、ゆっくりと席に座る。
すーすー、と規則正しい寝息が聞こえる。なんというか、無防備な姿であった。だが、その姿を今の俺に見せたのは間違いだったなぁ……ウミウシィ……
俺はやつの不用心に空いた脇腹を人差し指で――グサリッ!!
「きゃあ!」
すると、ウミウシは奇声を上げながら立ち上がった。
この俺がお前に気を遣って起こさないように座ったとでも? 俺はそんなに優しくはないぜ。
ウミウシの声にクラス中の視線がウミウシに注がれ、先生も目を開き驚いていた。
「どうした?」
「……なんでもありません」
ウミウシは普段の声と違うか細い声でぼやく。
「そうか。じゃあとりあえず……座れ」
先生はなんとも言えない表情でウミウシに座ることを
俺は笑いを堪えるので必死だった。
ウミウシはそれに
「…………シネ!」
ウミウシは捨て台詞を吐くと俺とは顔を反対側に向け、勢いよく机に突っ伏し
髪から少し見える耳は朱色に染まっている。
わはは! 人の
俺が気持ち良くなっていると、先生は威圧感のある声で話し始める。
「……話の続きだが、みんなに大事な話がある」
そうそう、大事な話。俺を殺すことではなかったし、文化祭とかはまだ先、それ以外で先生が話す
「明日、『転校生』が来るので席を――」
俺はその単語を聞いた瞬間、一瞬で手を上げた。先生が言葉の全容を明かさずとも、俺は全てがわかってしまったのだ。
これは『転校生テンプレ』! 転校生が来た時、先生がどの席を転校生が使うか決めるイベント。ここで、手を挙げるかどうかで――『ラブコメのような恋』ができるか決まるといっても過言ではない!
しかし、俺がこんなところでミスをするわけがない。いくら油断していようと、これだけは間違えない。もしも、競合相手がいても今の俺の速さにはついてこれなかっただろう。
だから、もちろん先生は俺を指名し――
「おっ、
何――――――ッ?!
俺は隣に視線を移すと、そこにはウミウシがまるで大木のように堂々と手を上げていた。
「先生、転校生の席なら私の"左"隣を使ってください。ちょうど机一つなら入るスペース作れますから」
左隣といえば、ちょうど俺が転校生の隣にはなれない場所……
「そ、そうか。じゃあ席は大海原の隣にしようか。ちょうど今、席について話そうとしていたんだ。良くわかったな」
「えぇ。……まぁ、友達に嫌と言うほど『転校生テンプレ』とやらを聞かされてますから?」
ウミウシは俺を睨みながら、俺にだけ聞こえるよう小さい声で皮肉を言ってきた。
こ、こいつゥ――――ッ! クソ、楽しいから喋り続けていたのが仇になってしまった! 絶対、俺に嫌がらせするためだけに手を上げただろ、こいつ!
俺は目で不満を訴えかけると、ウミウシは口角を吊り上げ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
俺は唇を噛み締め、悔しさに耐える。
「覚えておけよ。ウミウシ……」
俺が恨み言を口に出すと、ウミウシは席に座りながら小馬鹿にした表情で応じてきた。
「え、ナンノコトカナ?」
ウミウシはそれだけいうと、また鼻歌を口ずさみながら気分良く眠り始めた。
法律を破ることができたなら、俺はまずこいつを殺ろう―――俺はそう、心に誓った。
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