最終話 新時代の勇者
絶望の表情を浮かべる私に向け、少女は鉄球を構える。しかしその刹那、空間全体が大きく揺れて少女は姿勢を崩す。その影響で鉄球は狙いを大きく逸れ、鉄球は私の頭上を通り抜ける。鉄球が当たったところは大きな穴が開いており、そこからは満天の夜空が覗おいていた。
空を見た少女は固まって動けなくなる。その隙を見た私は剣を手に取り、肩・肘関節・手首の魔力を解放して少女を袈裟斬りにする。すると少女はおびただしい量の血を出して倒れ、それを見た私は驚いて腰を抜かしてしまう。
壁に開いた穴が塞がると、少女は再び立ち上がる。その少女の表情には憎悪が満ちており、その気迫に思わず後ずさりしてしまう。
(……勝てない! 私の魔力は間もなく底をつく、なのにあの子はまだまだ本気の一割も出していないように見える! 恐らくこれから私は彼女の全力をぶつけられるだろう。そうなったらいよいよお終いだ!)
いくら考えても彼女を倒せる策が浮かばない。息は荒くなり、心の底からせり上がる恐怖で手足が動かなくなる。もはやここまでかと思われた、その時だった。
「!!」
私の中に天啓が降りる。その内容は、さっき少女が空を見て動けなくなった理由に対する答えだった。私はゆっくり立ち上がり、体内に残った全ての魔力を右腕に集中させる。
「何か思いついたようだがもう遅い。お前はこれから、細胞一つ残らずこの世から駆逐されるのだ」
「……いいや、間に合ったんだよ」
私は壁に拳を思いっきり叩き付け、大きな穴を開ける。それから急いで少女の胸ぐらを掴み、トランプを使って外へテレポートを行う。私は少女の体に馬乗りになり、両手を押さえ付ける。しかし少女は負けじとにらみ返してくる。
「貴女は所詮心臓だ。体の中では自由に動けても、体外に取り出されれば機能できなくなる。空を見て動きが止まったのは、一瞬ここが外だと錯覚したからでしょ?」
「……しくじった。自分の攻撃で開けた穴が、まさかワタシを倒す決め手になるとはな」
諦めたように真顔になり、全身の力を抜く少女。私は立ち上がり、アイリンを助ける方法を考え出す。
「どうした、さっさと殺せ。その龍は私が死なない限り動きを止めない」
「黙って」
「ワタシが体外に排出された今でも、ワタシと龍はつながりを維持している。どれだけ離れようと、そのつながりが途切れることはない」
「うるさい」
「いつまでそうして現実から逃げているつもりだ! 世界が滅んでもいいのか!?」
「静かにしろ!!」
少女とそんな応酬を繰り広げる最中も、体中から発する痛みを堪えながら何とか思考を続ける。しかし、タイガが私の肩に手を置くことで思考は中断されてしまう。
「もうだめだ、スイ。彼女を殺すしか道はない」
「貴方までそんな事を! もういい、私は誰の指図も受けない。結論が出るまでこうして考え続け――」
次の瞬間、私はタイガに頬を強くぶたれる。あまりにも衝撃的すぎて、私はそのまま地面に倒れてしまう。
「アンタは十分頑張った。アイツも、それだけ思われて死ねるなら本望だろ」
「……っ」
その言葉で、私は冷静になってしまう。もうどうしようも無いんだと、これ以上悩むのは無意味だと、そう言う結論を心が出してしまったんだ。私は地面に落ちた剣を拾い上げ、倒れている少女に向かって振りかぶる。
「うぅ……ああああああああああ!!」
私は雄叫びを上げ、剣を振り下ろす。血しぶきと共に少女の頭が地面に転がり落ち、液状化して砂中に消える。私はそれを見届けた後に膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って号泣する。
「巨竜の消滅を確認。やはり、こうなってしまったか。さっきはああ言った物の、アイリンを救いたかった気持ちはオレも同じだ。助けられなかったことが、無念で仕方がない」
タイガは私の背中を擦りながら、悲しげな声でそう零す。私はそのまましばらく泣きじゃくっていたが……ある時、突然目の前で足音がした。音のする方向を向くと、そこには――
「――やばっ、バレちゃった。みんながもう少し落ち着いてから話しかけようかなって思ってたんだけど」
「「アイリン!?」」
そこには素っ裸になっているアイリンがいた。タイガは驚いた直後に腕で目を覆い、アイリンに向けて魔法で出した大きめの布を投げる。アイリンはそれを身に纏い、私に駆け寄る。
「な、なんで……? 心臓が消えたら、貴女も死ぬんじゃ……」
「それは事実だ。ただそれは、心臓が僕が生まれ持った赤玉を抱えていればの話さ」
「……違うの?」
「僕はね、スイ。龍になる直前までは心臓にも僕の赤玉を託していたんだ。死ぬつもりだったからね。けど君の本心を聞いて気が変わった。だから僕はこっそり自分の赤玉を右腕に移動させ、心臓が倒されてもなんとか生きていられるように細工を施したんだよ」
「……もう、邪龍にはならない?」
「うん、獣の魔力は心臓と共に捨ててきたからね。本当にありがとう、スイ」
「!!」
高まる気持ちを抑えきれず、私はアイリンに抱きついて再び泣き出す。そんな私の頭をアイリンは優しく撫でる。
「何度でも言うよ、本当にありがとうスイ。僕が死なずに済んだのは……生きたいと思えたのは、君が僕の命を諦めずにいてくれたお陰だ。大丈夫、もう僕はどこへも行かないから……」
心なしか、そう言う彼女の声は震えていたように思える。結局私達は、抱きしめ合ったまま夜明けを迎えるのだった。
そして翌朝、私は城のバルコニーで勇者の就任式を迎える。住宅街と都市を隔てる門は開放されているようで、門から城の入り口までの長い通路は民衆でごった返している。皆が皆、国が選んだ勇者とは何者かを見たがっているのだ。
ダンテの指名を受け、私は椅子から立ち上がって民衆の前に姿を現す。民衆は一瞬どよめくも、すぐに静かになる。私はそんな民衆に一礼し、ベルトから剣を鞘ごと取って掲げる。
(父さん、母さん、見てるかい? あなた達の子供は無事、立派な勇者に育ったよ!)
私の後ろでタイガとアイリン、ソウマさんとダンテが拍手を送る。誰も失わずにここまで来られたことを喜びながら、私は民衆に背を向けて椅子に戻るのだった。
式の直後、私はタイガの手を借りて藍の墓場に来ていた。現地に到着した私は鞘から剣を抜き、それを拳で砕き始める。
「な、何してんだ?」
「彗星族の教義において、魂の成仏は遺灰をここに撒いて初めて成立するんだ。この剣は遺灰で出来た物。勇者になるところ見て貰ったし、もう楽にしてあげようかなと思って」
「そうか、孝行者だな」
「そうかな? 二人の人生は五年前とっくに終わっていた。それを一ヶ月弱も無理矢理連れ回したのは、孝行と言えるのかな」
「親として、立派な子供の姿を見せて貰えるのはそれ以上の孝行はないと思うぞ」
「そっか、ならよかった」
粉々に砕いた剣の破片を墓場に撒く。その破片は月明かりを反射し、綺麗な光を放つ。柄を地面に置き、その場を離れようとしたその時――
『『おめでとう、スイ』』
そういう両親の声が聞こえた気がして振り返る。
「どうした?」
「……いや、なんでもない! さーて、明日から何をしようかな!」
未来を選べる素晴らしさを全身で感じ、私の気分は際限なく爽快になる。その気持ちを抑えきれずに私は走り出し、必死に後を追うタイガの事など気にせず、どこまでもどこまでも走り続けるのだった。
新世代の勇者は絶滅危惧種 ~勇者を騙る悪党に一族を滅ぼされたので壮大な仕返しをしてやります~ 熟々蒼依 @tukudukuA01
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