第68話 龍の心臓
「どうするも何も、救うに決まってるでしょ。世界とアイリン、どっちもね」
トランプをケースから二枚だし、一つを地面に、もう一つを龍の頭に向けて投げる。
(正攻法じゃどうにもならない。アイリンを信じて、口の中に入るしかないだろうな)
少し経ち、トランプが唇にヒットしたのを感じ取った私は深呼吸をする。
「凄いワガママで贅沢な決断だが、まあアンタなら出来るだろ。オレは龍の移動をあの手この手で阻害するから、アンタはやりたいようにやると良い」
「ありがとうタイガ、行ってくる」
指を鳴らして瞬間移動し、唇の上に立って口内を見据える。
「何が僕まるごと消えてやる、だ。そんな事絶対に許さないから」
私は口内に片足を踏み入れ、もう片方の足で歯を蹴って気道に入り込む。落下すること数十秒。突然頭から何かに衝突し、その何かが柔らかかったせいかさらにバウンドして背中から着地することになる。痛みは無かったが、服が粘液でベトベトになって気持ち悪い。
(ここは……胃の中か? 破龍族の常識に照らせばここには赤玉があるはずだけど――まさか彼女がその代わり?)
目の前には、私に背を向けて座る白髪の少女が居る。彼女はやがて立ち上がり、ゆっくりと振り返る。少女の目は赤く、服装もアイリンそのものだった。
「貴女は……アイリン、なの?」
「半分正解、半分外れって所かな。ワタシはアイリンの心臓。彼女が摂取した千百体の獣、その魔力の管理を任された存在さ」
「じゃあ貴女を倒したら――」
「ああ、アイリンは死ぬ。戦う前にこんな事を言うのはズルいだろうが、ワタシにも負けられない理由がある故に、こういう狡い手を使わせて貰った」
思わず険しい表情を浮かべる私に向け、少女は血で作った剣の刃先を向ける。
「ワタシは魔王。この体に埋まった千百人の破龍族、その全員がアイリンに望んだ理想像の体現だ。先に言っておくが……ワタシは強いぞ? 救おうなどと思わずに殺すつもりで来い」
「……いいえ、私は必ずアイリンを助ける。そして、平和な世界を彼女と共に過ごすんだ!」
「強情な奴だ、ならば死ね!」
次の瞬間、四方八方から血の槍が私に向かって高速で伸びてくる。私は咄嗟に気道にトランプを刺し、瞬間移動する事で無傷でそれを制する。それから彗星拳を地面に打ち、部屋中の槍を粉々に砕く。
(全身の関節に一定量の魔力を流し続ける! そうすることでいつでも一瞬で彗星拳を発動でき、同じ状況が二度起きた際に一瞬で対処が可能だ。とは言えこの状態を維持して戦えるのは三分が限度と言ったところか。それまでに決着を付けたい)
私は少女との距離を高速移動で詰め、近接戦闘を挑む。惜しみなく彗星拳を連打するも、全ての攻撃を少女は難なくいなしてしまう。攻撃のパターンやベクトルを頻繁に変えるなどの工夫を施してもまるで意味が無く、最終的に少女の殴打と蹴りを一発ずつ食らうことで後方へ大きく吹き飛び、壁に強く叩き付けられて気を失いかけてしまう。
顔を叩いて立ち上がり、今度は剣を抜く。しかしまた剣術においても圧倒されてしまうだろうと思い、すぐに襲いかかることはしなかった。
「さすがに学習したか。さあ、これからどうする!? 何もできぬと言うのならもう終わりにしてしまうぞ!」
血の槍を出して私に一歩ずつ近づいていく少女。私は居合いの体勢をとって少女を迎え撃つ。少女は一歩、二歩と踏み出したところで――突如、足を止めてしまう。
次の瞬間、少女は右手に小さな鉄の球体を出す。何が起きるか瞬時に悟った私は少女の背後に向けトランプを投げる。しかし少女は魔方陣を出してそのトランプを回収、不気味な笑みを浮かべながらそれを地面に捨てる。
「悪くなかった。しかし相手が悪すぎたのだ」
絶望の表情を浮かべる私に向け、少女は鉄球を構える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます