第67話 伝説の終わり
それから数時間が経過し、食事と風呂を終えた私はタイガに事情を話してその場所へ送って貰うことにした。
「ごめんねタイガ、忙しくて疲れてるのにこんな事頼んじゃって」
「いいさ、学びも仕事も一段落してきた頃合いだったからな。それよりアイリンの事だが、アイツは確かにああ言ったんだな?」
「うん、嘘偽りはない」
「だとしたら……いや、何も言うまい。アンタの心の強さを信じる」
私はタイガが何を言おうとしたのか分からなかった。それからしばらくすると見覚えのある廃村が現れる。私はタイガに遠くで待機して貰うように言ってから、廃村に向けて駆け出す。
廃村に入ると、すぐに食料品店の看板が見える。
(……懐かしいな。私の旅は、ここから始まったんだ)
店の中に入ると、数週間前に私が捨てたハムが目に入る。しかしそれは既に腐りきっており小バエが飛んでいる。私はハムを部屋の端に蹴飛ばして床に座り回想にふける。
(あの時は体力無くて、ここにバッグを敷いて寝転んだんだよな。目を閉じて、段々意識が薄れていく中――)
「誰か助けてー!」
(そうそう、こんな声が聞こえ……ん?)
目を開けると、店の入り口にアイリンが居た。立ち上がって彼女に歩み寄ろうとするが、ただならぬ異変を察知して歩みを止める。
「フフフ……あの時と同じ声、こんな風になっても出せるもんだね」
よく見ると、彼女の白目と黒目が逆転している。魔力も今までとは比較にならないほど増大しているし、何よりその質が、魔人状態のハモン以上に禍々しくなっている。
「アイリン、なんだよね。どうしたの、それ」
「どうしたのってそりゃあ、食ったんだよ。城下町にいる破龍族をここに集め、獣にしてね」
「!!」
その言葉で、私はこれから起ろうとしていることをようやく悟る。
「や、やめてよアイリン。そんなことしないで」
「僕にはもう時間が残されていないんだ、余計な茶々を入れず黙って聞いてくれ」
「アイリン……」
「僕はね、スイ。君が苦しむ姿はもう見たくないんだ。君が両腕を失ったあの日みた光景は、今でも悪夢として見る。僕らの存在は近い内に必ず君を苦しめることになる。なら、破龍族全員僕まるごと消し去ってやろうと思って――ッ!」
彼女は一瞬胸を押さえて苦しみ、直後背中から翼が二つ生えてきた。
「ここは僕ら二人だけが知っている場所。ここで何が起ろうと、真人間達がそれを知る術は全く無い。僕らは誰にも知られず……これ以上、誰にも滅びることを願われずに死ねるんだ」
そうこうしているうちに、彼女の全身はどんどん黒い鱗に覆われていく。
「嫌だ……嫌だよ。やっと、何も失わなくて済む所まで来られたと思ってたのに。私が一番失いたくない物を、私自身の手で壊せっていうのか!?」
「本当にごめん。でも、世界が本当の平和を取り戻すにはこうするしか――」
「平和じゃなくて良い!」
私のその叫びを聞き、アイリンは目を見開いて驚く。
「今更完璧な平和を手に入れたところで遅いよ。私はもう、心も体も戦士になってしまってるんだ。だから戦いのない退屈な場所では生きられない、辛いけどそれは事実なんだ」
「……」
「でも貴女と一緒なら大丈夫。平和だろうとそうで無かろうと、頑張って生きようと思えるんだ。だってアイリンは私の人生を彩ってくれた恩人だ、その人のためなら命だって賭けられる。そんな私の気も知らないで私のために死のうだなんて、迷惑極まりない!」
「……ああそんな、そうだったなんて。そんな君の気持ちも知らないで、僕は――」
次の瞬間、アイリンの胸が大きく跳ねて光を放つ。
「アイリン!?」
「心臓が、跳ねてしまったか。ああもう、何で僕はもっと早く君のその本心に気づけなかったんだろう!」
「心臓? アイリン、貴女に心臓はないはずじゃ……」
「スイ、僕が龍に変わったらすぐ口の中に飛び込むんだ。僕を信じて――」
瞬間、辺りを緑色の閃光が包む。その直後に一陣の突風が吹き、私は遠くの方へ吹き飛ばされてしまう。砂漠に放り出された私は八回ほど転がり、打撲の痛みに呻きながら立ち上がる。
目の前には四足歩行の巨大な龍がいて、龍は既に都市のある方向に歩き出している。太い胴体と長い首、そして太く長い四本の足。百メートルはあろうその大きな体は、都市に到達したらどうなるかを私に容易に想像させる。
その後、すぐにバイクに乗ったタイガが私の元に駆けつける。
「思ったよりも早く魔王討伐に向き合う羽目になっちまったな。さて、これからどうする」
「どうするも何も、救うに決まってるでしょ。世界とアイリン、どっちもね」
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