終章:新時代の勇者と破壊龍

第64話 思い人にしたっていい

 城内に戻った私は、応接間でソウマさんから明日以降一週間の行動の指示を受ける。その後すぐ、ダンテ王の勧めで私は浴場に行く事になった。


 城の風呂場は兵士が全員一斉に入って汗を流す事を想定に作られており、故にそのスケールは想像を絶する大きさを誇っている。


「本来ここは混浴なんだが、それは嫌だろう? 一時的に浴場周辺を通行止めにしておくから、のびのびと湯浴みをしてほしい」

「お構いなく。みんなも疲れているでしょうし、こんなに広いんですから各々自由に入りましょうよ」

「各々自分の仕事で忙しい。どっちにしろしばらく誰もここへは来れんだろう」

「……そうですか。わかりました」


 ダンテが更衣室を出たのを見て、私は服を脱いで風呂場に入る。中の作りはとても簡素で、百数台並んだシャワーと、大きな浴槽があるだけだ。私は入念にシャワーを浴びて血と汗を流し、浴槽にゆっくりと入る。


(湯加減最高……溜まりに溜まった疲労感が、全身の皮膚から溶け出していくようだ)


 目を閉じて全身の力を抜くと、これまでしてきた旅の経験が走馬灯の様に脳内を駆け巡る。様々な苦労と挫折も、今となっては全て良い経験だ。


(なんだかんだ、楽しかったな。これから先、もっと良い経験が出来るといいな)


 その時、浴場のドアが開く音がした。音のした方向を向くと、下半身にタオルを巻いたタイガの姿があった。私と目があったタイガは体を大きく震わせてドアノブに手を掛ける。


「す、すまん! まさかアンタが入っているとは――」

「いいよ、おいで」

「……え?」

「一人じゃ寂しかったんだ。でもちゃんと体を洗ってから来るんだよ」

「わ、わかった」


 余程緊張しているのか、髪や体を洗うタイガの手は非常に震えている。そんなタイガの姿を、私は笑顔で遠くから見ている。


「な、何見てんだよ! 見せ物じゃねぇぞ!」

「いやあ、やっぱりタイガ君って年相応に可愛いなって思ってさ」

「お前がそれを言うか! ったく、大人ぶりやがって……」


 タイガは拗ねたように顔をそらしてしまった。それからまもなく、全身を洗い終えたタイガは浴槽の中に入る。しかし、タイガは露骨に私と距離を取ろうとする。


(このわからず屋。これじゃ、一緒に入っているとは言えないじゃないか)


 タイガの傍に行こうとすると、タイガは距離を取ろうと立って歩き出してしまう。


「なんで離れようとするのさ! 私は貴方と近くで話がしたいだけなの!」

「なんでって、本当はこんな状況が成り立っている事すらおかしいんだぞ? 十四の女子と十六の男子が一緒に入浴するって……い、いかがわしいだろ」

「何が? ただ一緒に汗を流しているだけじゃん。貴方は何を想像してるの?」

「……わからんな。からかってるんだか、本当に知らないのか」


 タイガは諦めたようにその場に座り込む。私はすかさずタイガの隣に歩み寄って座る。


「ねぇタイガ。私ね、旧王様の葬式が終わったらタイガに付いていこうと思うんだ」

「いいのか? 王様はアンタが魔王を倒したって事にして、懸賞金を全額支払うって話してたじゃないか。村に行くのは、今までしたくても出来なかった贅沢をしてからでも良い」

「人を何人も殺して得た金で贅沢なんて出来ないよ。でもせっかく貰えるんだから、そのお金は全額村に寄付しようと思う。君ら蛇華族は世界最後の少数民族だ。ちゃんと復興して、それどころか真人間がいる街以上に発展して欲しいと思ってる」

「……そうか。もう一人以上同族がいるのは俺達だけなのか」

「それに、世界中に潜む蛇華族の末裔を集める為には広告を打つ必要があるでしょ?」

「そうだ! 末裔を集めて村に連れてこなきゃ行けないんだった! すっかり忘れてた」

「政府の機能が復活したらまずそれをやらないとね。これから忙しくなる貴方の代わりに、私がちゃんと覚えておいてあげる!」

「頼もしいぜ。この一週間でしっかりソウマから為政者としての極意を学んで、帰ってきたら村を思いっきりでっかくしてやらないとな」

「一緒に頑張ろうね! これからもずっと、傍で応援しているから!」


 私がそう言うと、彼は突然固まってしまった。肩を叩いて反応を確認しても、まるで反応が帰ってこない。口元に耳を近づけると、彼はこんな事を言っていた。


「他意は無い……無いよな? だって、彼女はオレの事が好きだと一言も言ってないし……」


 その反応で、私が言った言葉の別の意味を理解した。小っ恥ずかしくなって少し顔が赤くなってしまったから、それをごまかすように彼の耳元でこう囁いた。


「別に私、貴方を思い人にしたって良いんだよ? 貴方にはもう、こうして私の全てを曝け出してしまっている訳だし」

「!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る