第65話 本心か悪戯か

「別に私、貴方を思い人にしたって良いんだよ? 貴方にはもう、こうして私の全てを曝け出してしまっている訳だし」

「!?」


 彼は激しく体を一回震わせて驚く。そして私の顔をジッと見つめる。


「ま、また悪戯心が働いたか? さすがに洒落にならんぞそれは」

「わからない。この言葉が本気か冗談か、これから確かめていくつもり」


 不思議だ。なぜか心臓の鼓動が早くなっていて、顔の赤らみがどんどん強くなっている。それは彼も同じらしく、顔と耳を真っ赤にして私を見つめてくる。これは……


「絶対のぼせてる!!」

「へ?」

「ごめんタイガ君! 私先に出るね! 貴方ものぼせないように早めに出るんだよ!」


 二十分も浸かっていて良い湯の温度じゃ無い事を思い出した。会話に夢中にだったとはいえ、もう少しで倒れる寸前まで来ていたことに気づかないとは。急いで更衣室に駆け込み、扇風機の前に立って全身を冷やし始める。


 発火しそうなほど火照った体に当たる扇風機の風は、とても気持ちよく感じられる。おかげで意識の混濁は解けたが、顔の赤みとドキドキだけは収まらなかった。


(やっぱり、あの言葉は……)


 思えば、彼と一緒に居た時間は長かった。テントの中で話し合ったり、魔法の習得を何度も成功させて喜び合ったり。なのに、自分の感情の把握が不得意過ぎて彼を自分がどう思っているのかに長らく気づけなかったんだ。


(思いに気づいた頃には彼はもういない、って未来も下手したらあり得たというのに。本当鈍くてどうしようもないな、私)


 体が程よく冷えたと感じた私は扇風機のスイッチを切り、かごに入った服を着始める。しかし服にこびり付いた酷い悪臭が鼻を突く。まだ服は着れないな、と思った私は部屋の奥にある洗濯機に服を突っ込み、洗濯が終わるのを体育座りをして待つのだった。


 それから時が経ち、世界は城内の謀反発生から六日後を迎えた。政府の機能はソウマさんの手腕によって八割ほど復活し、これを受けソウマさんは法整備を開始する。ソウマさんは集まった閣僚達と共に、五十年前と同じ法制度を復活させるべく日々努力している。


 しかしソウマさんの耳に憲兵団玉砕の情報が入ると、彼は休む間もなく憲兵団の募集も行った。これによりソウマさんは法整備、兵士やスタッフの選別、ダンテとタイガへの帝王学教育の三つを同時に行わなければならなくなった。


 この二つを見事やり遂げた彼だったが、休む事なく旧王の葬式の準備に取りかかっている。タイガも勉強がてら軽く彼のアシスタントをしているらしく、補助役である彼ですら強まで一睡も出来なかったと語っている。


 その間私たちが何をしていたのかというと、アイリンの提案通り街に住む破龍族の様子を見ていた。ただ、彼らは特に何か問題を起こすことも無くのびのびと暮らしている。


 やがて私と彼女の間であの心配が杞憂だったかも知れないと言う話が持ち上がり、今日の調査で以上がなければ観察作業を打ち切ろうという結論に至る。そして現在時刻は午後四時。今日も彼らの動きに異常は無かった。


「やっぱり、杞憂だったのかな」

「かもね。やっぱり、ハモンの意見は間違っていたんだ。皆が皆世界が滅びるのを望んで居るんじゃない、少なくともここにいる人達は共生の未知を」

「……そうだった場合真人間側の反応が気になるけど、それとこれとは別件だ。約束通り、調査は打ち切りにしよう――」


 突然、背後から男の叫び声が聞こえた。

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