第63話 『鉄星群』

 血の銃弾の速度は、彗星拳による迎撃は間に合わないだろうと思うほどに早い。ここまでかと思われたその時……既に私の目の前には、砂の壁が立ちはだかっていた。


「何っ!? 馬鹿な、魔法で血界は防御できないはずだ!」

「魔法じゃない、コイツは今もお前が踏みしめている地面の構成物だぜ。魔法で出来た物体でない砂でなら血界を防御できる。ソウマのいう奇跡って言うのは、このオレがいることさ!」

「……思い出したぞ。貴様のその顔、極東に居た頃に出会った女に似ている! 奴も砂を使って血界を防いでいた。思い出すのが少し遅れたばっかりに――っ!」


 ハモンが少し目を離した隙に、ソウマさんの手の平にはとてつもない量の魔力が凝縮されている球体が出ていた。


「そのままその壁出してろよタイガ。万が一と言うことが起きない保証はないからな……」

「……なんだそれは」

「俺の体内にある全ての魔力がここに集まっている。重量にして、一トン分の鉄がな」

「そんなわけあるか。一トンの鉄はもっと大きいはずだ」

「圧縮してんだよ、常軌を逸した力でな。この球体が俺の手から離れてお前の体に触れた瞬間、コイツは元通りの形を思い出し膨張、爆発する」


 ハモンは一気に青ざめ、ソウマさんに背を向けて駆け出す。


「もう遅い! 一瞬でもタイガに目を向けた時点で、お前の負けは決まっていたのさ」


 ソウマさんは鉄球をハモンに向けて打ち出す。その速度はハモンが逃げる速度より遙かに速く、間もなくそれはハモンの体に触れて大爆発を起こす。鉄片は辺り一帯に拡散し、城壁や寮を貫通して穴を開ける。それだけでなく、その大爆発に伴って起きた強風が私達を襲う。砂の壁が強風によって剥がされると、アイリンは私の前に立って両手を広げ盾になろうとする。しかし鉄片がこちらに来ることはなく、やがて強風も収まる。


 風によって閉じていた目を開けると、ソウマさんの手には赤い玉が握られていた。彼はそれを握り潰し、空を見上げる。


「終わったぞ、クラウノス。お前が繋いだバトンはきっちり、俺がゴールまで運んでやった」

「ソウマさん……」

「獣への復讐はこれで終わった。始祖の物語もこれにてお終い。俺はようやく隠居でき、壁外で散った仲間達の弔いに集中できる。だがその前に――」


 ソウマさんが振り返って目線を送る先にはダンテがいた。


「……ソウマ殿、一体何が起きていたんです。まさか、ハモンは生きていたのですか?」

「ああ。だが覇王剣のお陰で、奴は魔人から通常体に戻っていた。そのお陰で何とか勝てた」

「そうですか、よかった……」

「ダンテ。聞きたいんだが、城の従業員は本当に全員破龍族だったのか?」

「今獣狩りに繰り出している憲兵団以外は、そうですね。政府官僚、及び雑用係たるスタッフも今は誰もいない状態です」

「やはりか。さすがにその状態じゃ国の運営もクソもないだろう、お前さえ良ければ俺が新体制の構築を手伝ってやろうと思うが、どうだ?」

「いいのですか!? 是非お願いします!」

「よし。とりあえず一週間以内に、スイの勇者就任式とクラウノスの葬式を行える程度の人材をかき集めるぞ。印刷機は動くか?」

「はい、動きます」


 ダンテとソウマさんはそんな会話を交わしながら城の中へ向けて歩き出す。ソウマさんの手招きを受け、タイガもまた二人に続いて城の中に入っていった。


「二人っきりになっちゃったね。どうしようか、私たち」


 アイリンの返答はない。彼女は気難しい顔で何かを考えているようだ。


「どうしたの? 何かまだ問題でもあったりする?」

「……確かに城内の破龍族は全員死んだ。獣もつつがなく憲兵達が倒してくれるだろう。でも僕、ハモンから聞き捨てならない事を聞いたんだ」

「それは?」

「――破龍族は全員、最果ての地から城下町への移住を終えているって事さ」

「え!? じゃあ町の中にも破龍族は居るって事!?」

「もしあそこにいた人口全てが移住を終えているならばその数は千三百人。城内にいた従業員の数は七百人だから……」

「つまりまだ六百人ほど、町中に破龍族が居るって事?」

「そう! 城内の騒ぎは必ず明日にも世界中に知れ渡る。その時彼らが何を思うかが問題だ。もし復讐を決意し、奴らが真人間達を虐殺しだしたら大惨事だ」

「ヤバいじゃんそれ……どうしよう?」

「どうしようかだって? 決まってる。僕らは街の様子を観察するんだ。城内の破龍族が全滅した結果街はどんな風に変化するのか! 場合によっては、僕も覚悟を決めなければ――」

「え?」

「……なんでも無い。とにかく今日は休もう、さすがに今日は眠れるよね」

「さすがに眠れると思う……多分、きっと」


 一抹の不安を抱えつつ、私は彼女と楽しげに会話をしながら城の中へ戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る