第61話 魔王と世界王
――恐る恐る左肩に目を向けると、左腕は既に消えていた。しかし痛みは無い。恐らく腕に通っている神経は、腕がなくなったときに痛覚を一時的に遮断する機能があるのだろう。
「大丈夫か! って、左腕が無くなってる!?」
「落ち着いてください、私は大丈夫です。それより、目の前に居るアレは……」
住宅街の広い通路の真ん中には禍々しいオーラの塊があり、そのオーラの中心には全身が真っ黒に染まった人の姿があった。
「な、なんだあれ……人か? それとも――」
「アレは魔人だよ」
そう言って私の前に出てきたのは、アイリンだった。
「破龍族の伝説にある存在さ。自意識が破壊される程強く怒った破龍族は、生きながら魔獣となるんだ。魔法が使えなくなる代わりに驚異的な再生能力、不老不死、そして高速移動を連発できるというとてつもないフィジカルを手に入れる」
「じゃあさっき顔を掻きむしっていたのは……」
「それくらい怒って初めてなれる存在って事。奴にはもう、人格も自我も存在しない」
魔人は遠吠えをした後、周囲を飛び回って建物を見境なく破壊し始める。もはや自分でも誰を狙っているのかわからないのだろう。
「左腕に関してはソウマの手が空いているから、彼に修復をお願いするよ」
突如背後からソウマさんが現れ、私を寝かせて左腕を作り始める。
「戦いはもう終わったんですか?」
「ああ。タイガも無事だ」
「今度はアイリンの代わりにオレが魔力の支援をするぜ。戦闘後だからちょっと足りないかもしれないが、まあその時はその時だ!」
「タイガ、ソウマ、スイの事よろしくね。この怪物は、僕がきっちりケリを付けてやる」
「待てい。この世紀の一戦において、この儂をのけ者にしようとは感心しないな」
私達の背後からクラウノス旧王が出てきて、アイリンの隣に立つ。
「魔王と世界王、二人の王がこうして並び立つ日が来ようとはな」
「戦闘に無理を感じたらすぐ離脱するんだよ。ちゃんと体を残して死なないと、弔うことすら出来ないからね」
「ふん、儂は戦士王だぞ。魔法はさっぱりだが、戦において儂が後れを取ることなどないわ」
「へぇ、言ってくれるね。じゃあ君が先にバテたら負け犬って思いっきり笑っちゃうから」
「ほう、では貴様がバテた時は貴様を腰抜けと呼んでやるわ」
直後、魔人は大きく咆哮して二人の目の前に瞬間移動する。しかし二人が驚くことはなく、魔人はクラウノス旧王が振るう覇王剣の薙ぎ攻撃を避けた直後大きく後ろに下がる。
「僕が高速移動を封じる結界をはる。君は思う存分魔人と直接やり合うが良い!」
「かたじけない。そろそろ次世代の若者達に、良いところを見せたいと思っていた所だ」
アイリンが空を飛んで魔方陣を展開すると、魔人はクラウノス旧王に向け突進する。しかし旧王はそれを難なく片手で受け止め、利き足で蹴飛ばした後に一太刀浴びせる。その一撃によって魔人の両腕はグチャグチャになったが、すぐに再生し再び襲いかかる。その襲撃に遭わせてアイリンが空から突撃し、振り下ろした拳で魔人を叩き潰す。
(凄い……初めて会うはずなのに、もう連携が取れている! お互いの攻撃を一切邪魔することなく、かつ相手に攻撃する隙を与えないよう絶え間なく攻撃を浴びせている。でも……)
とにかく魔人の再生力が驚異的だ。瞬きした次の瞬間にはもう傷も身体欠損も治っている。さらには魔人が放つパンチの威力は非常に高く、旧王が来ている鉄の鎧は一瞬で粉々に破壊されてしまう。
しかし鎧を砕かれても旧王はびくともしない。それどころか魔人との距離を詰めて頭を掴んで地面に叩き付け、うつ伏せになった魔人を剣で体を真っ二つに叩き斬る事までしてみせる。
「やはり再生能力があるのは厄介だな。よし、これから僕は再生能力を封じる結界を展開するから、僕が襲われないよう今度は君から攻めて!」
「了解した」
クラウノス旧王は雄叫びを上げながら剣を振り上げ、魔人に向けて駆け出す。魔人もまた旧王都の距離を詰め、旧王の体を片手で押さえつつもう片方の手でズタズタに切り裂く。旧王は思わず顔をしかめるも、体は微動だにしていない。
大剣は青い雷を纏い、そこから放たれる覇気によって一帯の建物が小刻みに震え出す。
「受け止めよ首相。我が命を掛けた、全身全霊、最後の一撃を!」
旧王は振り上げた大剣を、力強い雄叫びと共に地面に叩き付ける。
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