第60話 ハモン再び
「スイ、ハモンとの戦いは僕が引き受ける。だから君はダンテ君の身柄をすぐに確保して欲しい。彼が殺されたら、皆が必死に戦った意味も無くなっちゃうから」
「わかった。必ず守る」
間もなく正面に見えたドアを蹴破り、私達はバルコニーへ突入する。クラウノス旧王の言うとおり、そこにはハモンと十字架に括り付けられたダンテの姿があった。
「……奴を倒してきたか、スイ・トニック。ご苦労な事だ、まだ私がいるというのに」
「消耗したままここに来てると思ってる? だとしたら残念、ソウマさんが私を回復してくれたから体調は万全。道中で謀反も抑えて来ちゃったし、もう諦めたら?」
「何を仰るかと思えば。まだ謀反は失敗していませんよ? 私が彼の身柄を確保している限りはね」
ダンテ王は口をモゴモゴと絶えず動かしているが、全く声が出ていない。
「気をつけて。ダンテ君のいる周囲からは嫌な魔力があふれ出ている。きっとハモンが何か仕掛けを施したんだ」
「罠だとしても打ち破ってやる。だから気にしないで」
そして、アイリンがハモンへ襲いかかると同時に私はアイリンの頭を飛び越えてダンテの元へ飛び込む。
「ああ我が魔王、それは余りにも愚策にございます。あそこに仕掛けた罠は――」
十字架の目の前に立った瞬間、十本の注射器が空中で実体化して私に向けて飛んでくる。瞬時に身を躱すも、最後に飛んできた一本が胸の中心に命中してしまう。
「その注射器の中に入っているのは、薬物死刑に使われる薬です。それを薄めて十本に増やし、罠として設置致しました。しかし侮るなかれ、薄めたとはいえ一本撃たれるだけでも心臓の動きを弱らせ、強烈な倦怠感を当人にもたらす効果を持っています」
「スイ!」
ハモンの言うとおり、心臓の鼓動がどんどん遅くなっている気がする。顔が冷や汗でずぶ濡れになるし、一歩動くのにもとんでもない労力を要するようになった。
「き、気にしないでアイリン。多分だけど、死ぬほどじゃない。今この状態でも、彼を十字架から降ろす事ぐらいは出来るし」
十字架の足元を殴打で破壊し、地面に倒して彼の拘束を解こうとする。しかし指に力が入らないせいで上手く動かない。
「させるか! 少しでも弱っているのなら私が負ける道理はない!」
アイリンを殴り倒し、私に向かって駆け出すハモン。しかしその瞬間、黒い稲妻が彼の腹部を貫き、大きな穴を開ける。男が後ろを振り向くと、雷を纏った右手を突き出すアイリンの姿があった。
「背を向けたら死ぬと思え。お前は僕だけ見て、僕に恨み辛みをぶつければ良い」
「魔王様……いや、アイリン! 私が貴様を王にするために、どれほどの苦労を掛けたと思っている! それをことごとく仇で返しおって! 許さん、許さんぞおおおおおお!」
ハモンは鋭く長い爪を展開し、顔を激しく掻きむしる。顔から出た血は辺り一面に飛び散り、やがて床全体に侵食して一帯をどす黒い泥沼に変える。
(まずい! 早く屋上を脱しないと、この泥沼に私たちも巻き込まれる……ええい、こうなったらダンテごとここから飛び降りてやる!)
最後の力を振り絞り、十字架をダンテの体ごと持ち上げる。絶叫する彼の事など気にも留めず地面に向かってそれを投げ、私も飛び降りる。地面に着地する瞬間、私は彗星拳を地面に撃つ事で衝撃を相殺。地面に刺さったダンテ共々無事に着地する事が出来た。
「……はは。やっぱり滅茶苦茶だな、彼女ってば」
屋上から、そうつぶやく声が聞こえた気がした。
それから私は、ブラウスの上から注射針が刺さった部分をナイフで抉って針を体外に排出する。切り口からは止めどなく血が溢れてくるが、毒を抜くためだと気をしっかり保つ。
毒が抜け、気力が元通りに戻ったのを確認した私は魔法で止血を済ませ、ダンテの手足の拘束を解いて地面に降ろす。
「た、助かったぞスイ。我の首が繋がっているのはお前のお陰だ」
「もっと感謝してください。貴方を助けるために私、二度死にかけましたからね」
「すまなかった。まさか城内の人間が全員破龍族で、我を騙すために芝居を打っていたとは夢にも思わなかったんだ」
「謝罪は結構。とにかく今は生き残る事だけを考えてください」
「生き残る、か。なら、ひとまずここを出て城下町の喧噪に紛れ込もう。スイ、お前は他の仲間と連絡は取れるか?」
「アイリンとはテレパシーが通じるから彼女に状況を聞こうと思う」
「よし、それじゃ早速出発し――」
その瞬間、何かが私の横を高速で通る。何が起こったかしばらく解らなかったが、ふと左肩が異様に軽くなった事に気づく。恐る恐る左肩に目を向けると、左腕は既に消えていた。
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