第57話 『死を知らぬ戦士王』

 俺はお前が城を出た直後、俺はクラウノスが居る療養室の前に案内された。


「ダンテ王の命により、我らはここで待機しています。我らのことは気にせず、存分に旧王様と会話していただきたく存じます」

「おう、そうするわ」


 俺は扉をノックし、部屋の中に入る。その部屋の中には、長い年月を経てすっかり変わり果てたクラウノスの姿があった。すっかり老化しきっていた友の姿に、俺は驚いて言葉も出なかった。


「そ、そうだよな。お前、俺と違って不老の薬を飲んでないもんな。そんで三百年も生きてれば、当然そうなるよな」

「ああ……」


 クラウノスは突然うめきだした。俺は何かを悟り、彼の口元へ耳を近づける。


「何だ? 何か、俺に伝えたいことがあるのか?」

「す……す……」

「す?」

「すまぬな」


 その瞬間、俺の腹部に拳銃の銃口が当てられる。気づいたときはもう遅く、俺は至近距離で銃撃を浴びてしまった。その銃声を聞き、鎧を着た臣下達が二人部屋の中へ入って来る。


「やったか!?」


 しかし部屋に入った瞬間、二人同時に額を液体金属で貫かれる。さらに、クラウノスに打たれた部位は液体金属で包まれており、弾はそれにあたって地面に落ちていた。


「あ……ああ……」


 すっかり怯えきった表情を浮かべるクラウノス。俺はその老人に対し哀れみの目を向ける。


「……なにかあるなとは思っていたんだよ。お前は純度百パーセントの真人間だ。それが三百年も生きるなんて、長寿の域を超えている。だがその何かっていうのがまさか、破龍族と手を組む事だったとはな!」


 俺はクラウノスの顔を思いっきり殴った。余りの痛みに咳き込み、白目をむきながら怯えるクラウノス。しかし俺の怒りはまだ収まらない。俺はクラウノスの胸ぐらにつかみかかり、その体を持ち上げる。


「お前三百年前になんて呼ばれていたか覚えてるか!? 『死を知らぬ戦士王』、傷つくことも厭わない豪快な戦い方をするからそう呼ばれた! お前を尊敬していた騎士団の皆から付けられた称号だぞ! そんなお前が、死に怯えて破龍族に魂を売るとか何考えてんだよ!」

「だ、黙れ……黙れ黙れ黙れ!! 元はと言えば貴様のせいだろうが!」


 クラウノスは俺の手首を強く握る。


「儂が手に入れた権力は、国中の人間を思うがままに動かすことが出来る。だから儂から権力を奪わんとする何人もの不届き者に、儂は何度も暗殺されかけたのだ。この権力を誰にも渡すわけには行かない、第一死にたくない。そんな思いと責任が、儂をこの姿に変えたのだ」

「…………」

「ソウマよ。せめて貴様が一緒におれば、気の迷いで破龍族の誘いに乗り権力を利用される事もなかったのだ。共に後継者を一緒に見つけ、破龍族を政府から追放し……そして、天寿を全うし貴様の腕の中で死にたかった」

「……本当に、申し訳ない」

「奴らのせいで今の世界は滅茶苦茶だ。元はと言えば三百年前、奴の力を借りて王になったのが間違いだったのだ――」

「誰の存在が間違いですって? 旧世界王様」


 後ろを振り返ると、そこには白髪赤目の男が立っていた。俺は咄嗟に液体金属を槍状して男に飛ばすも、見えない壁に阻まれて届かなかった。


(音速を超える金属の槍を防御しただと!? これが魔王の側近、ハモンの実力か!)


「ハモン、貴様がここに居ることが間違いだ! 儂は一人でも国王になれたはずなのだ。なのに貴様が勝手にそういう工作を行ったせいで、儂は貴様を首相にせざるを得なくなったんだ」

「でもそのおかげで優秀な官僚が集まったではありませんか。貴方や、貴方の息子さんが上手く政治を執り行えたのは我々破龍族のお陰だという事をお忘れ無く。もし次あのような無礼なことを申したなら……」


 ハモンが指を鳴らすと、クラウノスは胸を押えて苦しみだす。俺が咄嗟にクラウノスの元に駆け寄ると、ハモンはもう一度指を鳴らしクラウノスを苦しみから解放した。


「王位の継承が行われた以上、貴方は我々にとってはもう必要の無い存在。貴方が生きているのは私の気まぐれなので、私の機嫌を損ねれば貴方はたちまち死に至る。次はありませんので、言葉には気をつけてくださいね」

「うっ……」


 クラウノスは胸を押さえて泣き出してしまう。俺はクラウノスをそっと寝かせた後、ハモンをキッと睨み付ける。


「ハモンとか言ったな。勇者宣言と法律の全撤廃はお前の指示によるものか?」

「ええそうです。我々の目的は世界を滅ぼすこと、そのために無秩序状態を意図的に作ったのです。とはいえ、予想以上に生き延びてしまいましたがね」

「よくもそんな事を!」

「ですがこの世界がこんな風になってしまったのは、概ね貴方のせいではありませんか? 貴方がもしクラウノス殿の傍にいれば、私は彼に近づけなかったでしょう。この惨状は、獣への復讐に心を捕らわれた貴方の無能さも成立の一助になっているでしょうね」

「っ……」

「しかし、我々はそんな貴方を許しましょう。貴方の頭脳は我々の欲するところ、故にこれから私が言うことをすれば、貴方を我々の幹部として迎え入れましょう」


 そういって、男は俺に一本の注射器を押しつける。注射器に入った薬液は真っ赤に染まっており、一目見ただけではその効果を察することは出来ない様になっている。


「その薬には私が作った血界の術式が仕込まれています。注射すればたちまち全身から槍が生えて死に至る、これをダンテ殿に注入なさい。」

「……なんだってそんな事を」

「ダンテ殿が死ねば、跡継ぎは首相たる私になります。そして国の制度を破龍族のための物に変え、真人間は極東の街に押し込めて死滅させる。こうして世界は滅亡し、我々のための世界に生まれ変わる。これが私の狙いなのですよソウマ殿!」

「…………」


 俯いて悩む俺に向けて、ハモンはため息をつく。


「一応言っておきますけど、さっき言った状況はもう今日にも成立しますよ」

「なんだって?」

「部下に指示してダンテ殿とタイガ殿の身柄を確保させました。後は貴方がお二方に薬を注入するだけ。ああ、もちろんそうなった暁には我々も対価を支払いますよ。一族全員に貴方への忠誠を誓わせ、未来永劫華々しい生活を送れるよう手配致します。いい話でしょう?」

「……スイはどうするんだ。数時間後に戻ってくるぞ」

「心配要りません。奴が行った先で相手にするのは偽勇者ではなく、フラウという破龍族最強の戦士です。魔王様と私に並ぶ強者ですので、勝てる要素は何一つ無いでしょう」

「そんな訳あるか。スイは今日までの修行で劇的な成長を遂げた、必ず勝つさ」

「ではその目で彼女の容態を見てきては如何でしょう。これ、城の地下にしまってあったバイクの鍵です。位置情報は魔法で共有しますので、そこに行けば彼女の死体と会えますよ。帰ってきたら返事、聞かせてくださいね」


 ハモンは俺の目の前に一本の鍵を投げる。俺はその鍵を持って車庫に行き、バイクに乗ってエンジンを掛ける……。

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