第23話 天才の後継者

 それからタイガは立ち上がり、部屋の奥にある本棚の前に立つ。彼が三段目の真ん中にある本を引き出すと、本棚が真っ二つになって左右に開き、そこに洞窟が姿を現す。


「この先にあるのは族長室だ。そこへ向かいがてら、オレ達が抱えてる難儀な事情を話そう」


 洞窟に入るタイガについていく私。洞窟内に入ると同時に、本棚は勢いよく閉じる。


 私達は薄暗い洞窟をまっすぐ進む。しかし一向に奥へ到達する気配が無い事に、私は一抹の不安を抱く。


「お袋の名前が必要な理由はな、手続きに必要な遺書を探す為なんだよ」

「遺書って、そんなのまるで――」

「その通り。お袋は十七年前、オレを産んで数日後に死んだよ」

「……え?」

「だからオレはお袋の名前はおろか顔さえも知らない。物心ついた頃には既に秘書達から次期族長として祭り上げられ、民家の地下室に閉じ込められ一日十六時間の勉強を強いられた」

「ひどい、小さい頃からそんな目に遭うなんて」

「だからオレはお袋を憎んでる。本来ならそんな奴の権力を継承するのはイヤなんだが、オレが族長を継がなきゃ村が滅びてしまうっていうんだから仕方ない」

「強いなあ。私がそんな生まれ方したら、心バキバキに壊れてたかも」

「オレだってアンタみたいな経験したら壊れてたさ。村を偽勇者に襲われて天涯孤独の身になるなんて、考えられない」

「お互い結構苦労してきた人生を歩んで来たんだね、仲良くやれるかも?」

「かもな。それで遺書が必要な理由についてだが、族長には前任が遺書で指名した人間しかなれないという面倒くさいしきたりがある。とはいえ後任は身内の中から選ぶという暗黙の了解があるから、本当は遺書なんか見なくても良いはずなんだがな」

「でも、書かれているという事実の確認は必要だって事?」

「そんなとこだろう。そんな古い伝統なんか無視すりゃいいのに、遺書が見つからないせいでお袋は今も村民の中では生きたままになってる。死んだことが外にバレれば数日以内に継承の儀式をしなきゃいけなくなるから、外でこの事を言えなかったんだよ」

「……なるほどね。でもちょっと待って、族長の下の名前は分かってるんでしょ? なら遺書なんか簡単に探せない?」

「オレもそう思ったんだがな、どうやら同じロゴス姓を持つ人間が十数人居るらしいんだ。遺書を開封して良いのは身内の人間だけだから、情報が確定するまでは適当に開けて確認することさえままならない。そんなの気にしなくて良いのに――」


 次の瞬間、彼は目の前に現れた何かに頭からぶつかって尻餅をつく。私は何とか踏みとどまり、目の前にある物が木のドアである事を確認する。しかしそれに気づいた瞬間、凄まじい悪臭が鼻を突く。


「く、臭い……! なんだこの臭い! 鼻が、取れる!!」

「死臭は初めてか? なら嗅覚を遮断する魔法を掛けてやる。ただ、この扉の先に広がる光景はどうすることも出来ん。頼むから、気合いで耐えて欲しい」

「わ、わかった。頑張る」


 タイガは私に魔法を掛けた後、ドアを開けて中に入る。ドアの向こうには――真っ黒に変色したベッドと、その上に寝ている何かがあった。

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